第5節:伝説の乙女と不思議な力

 

 やがて喉を潤して満足した男の子は、満面の笑みを浮かべて私を見つめてくる。


「ありがとう、お姉ちゃんっ! 僕はコナといいます」


「はうぅっ! 可愛いっ! 私ッ、萌え死んじゃいそうッ!」


「……はい?」


「あっ、ううんっ! なんでもないのっ! 私は久下軽羽」


「やっぱり伝説は本当だったんだ。信じて待っていて良かった……」


 コナは手の甲で目を擦り、軽くしゃくり上げた。でもすぐに顔を上げ、私に向かって笑顔を見せ続ける。


 その小さな強さも私にとっては高ポイント。本当にコナは可愛い。


「ところで、その『伝説』って何? 何かの下で片想いの相手に愛を告白すると、永遠に結ばれるみたいなやつ?」


「ち、違いますよ。不思議な力を持つ乙女が異界の地より現れ、村を救う――それがこの地に伝わる伝説です」


「ふーん、それが私ってわけ? どうしてそう思うの?」


「お姉ちゃんは僕に水を飲ませてくれました。この地でそれが出来ることこそ、なによりの証拠なのです。僕たちは自分の力で水を飲むことが出来ません。この世界に住む者同士で飲ませ合うことも不可能です。なぜなら飲もうとすると水は消え失せてしまうからです」


 そう言うと、コナは釣瓶を井戸に落として水を汲んだ。そこに自分の両手を入れてすくい、水を飲もうとする。でも手を口に近付けた途端、水は光の粒となって空中に霧散してしまう。手に付いた一滴の雫さえも。


 私は目をパチクリさせたり指で擦ったりして何度も確認してみたけど、それに間違いはない。頬を軽くつねってみるというお約束の行動をしても、しっかりと痛みを感じるので現実に起きたことだと思う。


 まぁ、私の暮らしていた世界ではありえないような常識外れの出来事がすでに色々と起きているわけだし、何があっても不思議じゃないか……。


 それを素直に受け入れてしまっている私もなんだかなぁって感じだけど。


「どうですか? これでお分かりでしょう? 口に入れようと意識すると、なぜか消えてしまうのです。水だけではありません。食べ物も滅多に口に出来ません。ここはそういう世界なのです。でもお姉ちゃんは自分で水を飲むことも、僕に水を飲ませることも出来ました」


「なるほど……。その視点で考えると、確かに私は不思議な力を持つ乙女かもね」


 色々と納得して、私は大きく頷く。


 そういえば椎谷さんは『私に力を与える』って言っていたけど、この『施す力』がそうなのかもしれない。だとすると、彼にもらった杖や珠にも何かの力が宿っている可能性がある。


 ただ、現時点では宝の持ち腐れということになるんだろうなぁ。どんなに便利な道具でも、使い方が分からなければ無用の長物だもん。訊ねたら答えてくれるAI搭載の機械でもあればいいのに。


「あのっ、お姉ちゃん! ここにみんなを呼んできてもいいですか? みんなも喉が渇いているはずなので、水を飲ませてあげてほしいんです」


「えっ? ほかにも誰かいるの?」


「はい、この村ではたくさんの子どもが暮らしているんです」


「たくさんの子どもっ? そうなのっ!? うん、いいよっ! ぜひ連れてらっしゃいっ!」


 私の返事を聞くと、コナは嬉しそうに村にある家へと駆けていった。やっぱり男の子はあれくらい元気じゃないとね。最初に見た時はぐったりしていて心配だったけど、あの感じならもう安心かなっ。


 それにしても、コナのほかにも子どもがたくさんいるなんて夢みたい。興奮しすぎて鼻血が出ちゃうかも。あぁ、ここは私にとっての理想郷だよぉ。


 もちろん、おかしなところもたくさんあるけど、子どもがいるだけで私は幸せ。だから色々と難しいことを気にするの、や~めたっ!



(つづく……)

 

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