第4節:荒廃した村

 

 村は静まり返っていた。聞こえてくるのは、砂混じりの熱風が吹き抜ける音だけ。あまり雨が降っていないのか、地面は乾燥してひび割れが入っている。


 さっきまでいた丘の上は緑が豊かで風も心地良かったのに、ここまで環境が異なるなんてどういうことなんだろう? そんなに距離が離れていないのに、気候も植生も全く違う。まるでどこかの地点を境目として、別の世界にでもなっているかのような。


 いずれにしても、私が今まで暮らしていた世界の常識は通じない場所なんだろうなという気はする。


「人の気配が感じられないな……」


 この村の中央にはサッカー場くらいの広さの空き地。その周りには土や石、レンガなどで出来たオンボロの家が何軒か建っている。


 そして隅には一応、畑らしきものの痕跡もある。踏み荒らされ、くたびれた雑草がところどころに生えているだけだけど。でも雑草ですらその状態ということは、それだけここの土地は植物の生育に適していないんだと思う。


「随分と荒れ果てた村ね。パッと見た感じ、まともな生活なんて出来てなさそう」


 とりあえず私は周囲を見回しながら村の中を歩いていった。


 するとしばらくして村の外れで井戸を見つけ、その横にへたり込んでいる子どもの姿が目に留まる。その子はグッタリとしていてほとんど動かない。


 駆け寄ってじっくり見てみてると、そこにいたのは砂と埃にまみれた男の子だった。ただ、服は汚れているだけで、生地などが傷んでいるというわけではなさそうだ。


 また、頭は金髪を刈り上げていて、顔立ちは美しい。お風呂で洗ってあげたら、西洋貴族のような気品が漂ってきそうな雰囲気がある。年齢は8歳くらいかな?


 私は男の子の横にしゃがみ、優しく声をかけてみる。


「こんにちは。ボク、大丈夫?」


「……み、みず……を……飲ませ……て……」


「ミミズが飲みたいの? 困ったなぁ。ちょっと待ってね。シャベルを探してくるから」


「ミミズじゃないです……。水……です……」


 男の子は顔を上げ、私の方を向いてしっかりと受け答えをした。ツッコミが入れられるくらいだもん、まだ大丈夫。それに今の感じだと真面目で賢そうな性格かも。


「待ってて。水を汲んであげるから」


 私は井戸の中に釣瓶を落としてみた。すると程なくそれが水に落ちた音が聞こえてくる。


 周りの環境が厳しいから、もしかしたら水が涸れているのかなとも思ったんだけど、そうじゃなくて安心した。それどころか、今の音の感じだと豊富に湧き出ているような感じがする。


「んしょ……んしょ……」


 私は釣瓶のロープを引っ張り、水を汲み上げた。そこに入っていた水は淀みが全くなく、しかもすごく冷たい。


 喉が渇いていた私は思わずそれを手ですくって一口。


「あぁっ、冷たくておいしいっ!」


 喉を通る清涼感、そしてほのかな甘さ。水ってこんなに美味しいものだったのかと認識を改めさせられるほどの味だ。全身が内側からリフレッシュしていく感じがする。


 ――うんっ、私の個人的な名水100選に認定っ! ちなみに残り99選はまだ未定っ!!


「僕にも水を飲ませて……お姉ちゃんの手で……」


「えっ? もぅ、甘えん坊さんなんだからっ♪ でもそこが可愛いのよねぇ。うん、ちょっと待っててっ!」


 私は釣瓶に入った水を両手ですくい、男の子の口に流し込んであげた。むせないように少しずつゆっくりと。


 当然、そんなに容積のない手のひらの水はあっという間に男の子の体へと吸い込まれていく。


「ぷはぁっ、おいしいっ! おいしいよっ! こんなにたくさん水が飲めるなんて夢みたいだ! お姉ちゃん、もっと飲ませてっ! もっと!」


「あ……うん……」


 私は男の子が急に元気になったことに対して少し呆気にとられながらも、水を飲ませてあげた。


 彼はむさぼるように私の手から水を飲み、なくなっては水をねだる。それを繰り返しているうちに釣瓶の水は全てなくなってしまう。よっぽど喉が渇いていたんだろうなぁ……。


 でもそんなに水が飲みたかったのなら、自分で汲めばいいのにとも思う。釣瓶が重たくて持ち上がらなかったのだろうか。


 ……そうだよね、こんなに幼い子なら筋力だってそんなにないだろうし。



(つづく……)

 

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