第47話 虹を描く

「“終末の日”が魔界から起こるってありうるの?」

 スキルトの素朴な疑問だった。


「もちろん人間界のほうが広いから、そちらで先に現れる確率は高い。でも今回は魔界で兆候が強まりだしている。どうせ修行するなら、実地で行なうことを提案するが、どうする。“虹の勇者”バートランド」

「行きましょう。魔界へ」

 バートランドは即答した。


「どうせいつかは“終末の日”と戦わなければなりません。まだ兆候のうちに挑めればコツが掴めるかもしれませんし」

「それではこの“虹の神殿”に魔物を配置しておくぞ。これからわれらが魔界へ戻れば、ここは守るものがいなくなってしまうからな」

「それはかまわんが、人間はどうやって魔界へ行くのだ? 死ななければならないというのなら抵抗があるのだが」

 訝しむようにラナが問うた。


「いや、単にゲートを開いてそこを行き来するだけだ。死ぬ必要もないし、魔物に取り込まれることもない」

「今すぐ向かうから装備は整えておくんだな。われがゲートを開けないかぎりこちらには帰ってこれんのでな。では行くぞ」

 アルスターがゲートを開いてそこに足を踏み込んでいく。


 道中は暗くて方向が掴めない。〈たいまつ〉と〈昼白光〉を発動してもまだ暗い。

「〈太陽光〉に変えましょう。スキルト、《たいまつ》を浮かせてください。そこに〈昼白光〉を固定しますから」

 魔界の闇を〈太陽光〉が照らしてバートランドたちはしっかりと周りを見渡せるようになった。


「ほう、人間にしては強力な光だな。闇を切り裂けるほどとは」

「それで“終末の日”が迫っている場所はどこなんだ?」

「ここであり、ここでなし、だな」

「どういうこと?」

 スキルトの純粋な疑問だった。


「すでにここは“終末の日”の兆候がある場所だが、ここで“虹の剣”を発動しても意味がないのだ。“虹の剣”はある場所でなければ真価を発揮しないのでな」

「もしかして、それが“虹の神殿”ということ?」

「タリッサはものわかりがよいな。そのとおり。今目の前にある施設が魔界にある“虹の神殿”だ」

「ここが……。では早くいろいろ試してみよう。兆候があるというだけでは力を発揮できないかもしれないけど」




 “虹の神殿”に入ったバートランドたちは、五芒星の頂点の間に五人の従者が陣形どおりに収まった。そして五色の魔力を部屋に満たす。

 神殿の真ん中の空間が消えてなくなった。そこにバートランドが入り、“虹の剣”を掲げて魔力を注ぎ込む。

 するとそれぞれの間にいた五人の従者が、中心にいるバートランドへと引き寄せられていく。

「これ、どうなってるの!? 体が止まらないんだけど!」


「スキルト、黙って体に起こっている変化を受け入れろ。ここからは体内の魔力をしっかりと調整できるかどうかが鍵を握っているからな」


 バートランドを中心として五人が手を結んで円形を描くと“虹の剣”に注がれる魔力が一気に膨らんだ。さらに五人の従者は大きく一歩前進して結んだ両手をバートランドの体にくっつけた。すると何倍もの魔力が湧き上がり、“虹の剣”は天を貫くほどにまで切っ先を伸ばす。


「バートランド、前もって言ったように斬るのでなく、“絵を描く”ように意識しろ。今ここに広がる魔界はじょじょに崩れ始めているが、ひび割れているところを“虹の剣”の魔力で撫でるようにするんだ」


「こ、こうか?」


 バートランドは虹色に輝く“虹の剣”の刀身を巨大な絵筆に見立てて、ひび割れた世界へ奔流となった“虹の魔力”を撫でつけていく。


「そうだ、まずはそのままひび割れを埋めていく。そのあとに世界全体へ魔力を塗りたくるのだ。ムラなくまんべんなくな」


 魔界全体を塗りたくるのに必要となる魔力は途方もないはずだが、“虹の神殿”にいるといくらでも魔力が湧いて出る。まさに無尽蔵な五色の魔力をひとつの“虹の魔力”とすることで、魔界は彩り豊かな世界へと塗り替えられていく。

 まさに「絵を描く」ように真っ暗だった魔界が様変わりしていくのだ。


「絵描きであるバートランドがムラなくまんべんなく塗れたと思ったらそこで終わればよい。多少ムラができても、後日また塗り直しにくればよいだけだからな」


 そういうものなのか。


 “虹の勇者”は命を懸けて、“終末の日”に訪れる世界の崩壊を食い止めなければならない、と魔法学園では習った。

 過去の“虹の勇者”は皆そうだったのだ。

 しかしアルスターが研究していたかぎりでは、命を張る必要などなかった。


 美術品が壊れてから修復をするとしたら、いったんその周りを崩して継ぎ目がわからなくなるように作り直す以外にないが、ひび割れたくらいならば埋める手段はいくらでもある。

 “終末の日”とは詰まるところ、世界という作品が壊れる日ということであるにすぎない。もちろんそこに生きる人間や動物、植物などはただでは済まないが、世界の成り立ちからすればしょせんはそういうものなのだ。

 だから作品が壊れるまで待ってから修復するより、壊れそうなところを見つけ出して先まわりで修復していけば、世界が壊れることなくひとつの作品として長く保たれるのである。


「よし、これくらいでいいかな」

 バートランドは掲げていた“虹の剣”を腹のあたりまで下ろして魔力の供給を停止した。


 五色の従者であるタリッサ、スキルト、ラナ、クラウフォーゼそしてアルスターとともに神殿の外へ出て、驚くべき変化を見せた魔界を歩いた。


 訪れたばかりのときはあまりの暗さに〈太陽光〉の魔法を必要とした闇の世界が、今は太陽さえ昇っていて隅々まで明るく、遠くまで見渡せ、またさまざまに彩られた花や緑も見てとれる。

 まさに“終末の日”は回避され、新たな世界が生み出されたのである。


「〈遠見〉の魔法で魔界をくまなく確認するとよい。これが貴様の作った魔界なのだからな」

 青の魔法である〈遠見〉で魔界を覗いてみると、闇は消えて花が咲き誇り、まるで桃源郷のような状況になっていた。


「私たちは魔法学園で、“終末の日”は“神の意志”だ、と聞かされていたのだが……。真相はまったく違ったわけか」

「時間経過による風化が“神の意志”だというのなら、取り立てて間違いというほどのことではない。ただ、人々が抗えないわけではないのだ。神は自らが生み出した“世界”という作品を“虹の勇者”に管理させようとしたのだ」


 そういうわけか。

 これで“終末の日”も、“神の意志”も、“虹の勇者”の真相もすべての謎が解けた。

 そして“虹の剣”が持つ真の力にも気づかされた。



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