第44話 卒業式

 学園に戻ってきた一行は、アルスターを学園長と四人の導師へ紹介していた。

「あなたが“魔王”なのですか?」

「われを侮るとは笑止。ひとつここで悪魔でも召喚してやろうか?」


「アルスター、そういう煽りはしないようにしてください。緑の導師も控えてください。彼女は正真正銘、“魔王”アルスターその人です。その実力は最上の魔法使いである皆様にも伝わっているはずです」


「では“魔王”を捕縛してきた、というわけですか?」

「いえ、仲間として連れてまいりました」

 導師たちは顔を見合わせている。

「“魔王”が仲間、とは?」

 バートランドは真顔を保ったままだ。


「彼女には“虹の勇者”パーティーに不可欠な黒の従者を務めていただく予定です」

「黒の従者か……。確かに伝説では黒の従者がいたことになっているが……。それを“魔王”にやらせようというのか?」

「今はそれ以外にないと考えております」


 学園長が口を挟んだ。

「であればいっそ黒の導師になってもらえないだろうか。数こそ少ないが人間にも黒の魔力を持つ者はおる。その者たちを導いてもらいたいのだが。都合のよいことに、現在黒の導師は不在なのだ。だから後進を指導していただけたら、“魔王”自ら先頭に立つ必要もありますまい」


「貴様らはなにもわかっておらんな。“魔王”が“虹の勇者”のパーティーに入りたいということは、世界はすでに“終末の日”へ向けて動き出しているということ。今から後進を指導したところで間に合うはずもない。われはバートランドの従者としてなら働いてもかまわないと思っておる。ただの一般人と“虹の勇者”。比べるべくもない」


「わかりました、“魔王”アルスター。貴方様を“虹の勇者”の黒の従者として認めます」

「学園長、よろしいのですか?」

「“魔王”が自らの意志で世界のために働こうというのだ。それを阻止できる人間はおるまいて」


 こうして“魔王”アルスターは“虹の勇者”を支える黒の従者として正式にパーティーに組み込まれた。それとともにバートランドへ黒の魔法を伝授する役割も与えられた。

 これにより百年以上前に活躍した伝説の“虹の勇者”パーティーと同様、六人組となった。




 単独行を成功させたバートランドは、仲間のタリッサ、スキルト、ラナ、クラウフォーゼと“魔王”アルスターとともに卒業式に出席した。単独行に先駆けてすでに卒業は決まっていたものの、後輩たちへのけじめとして盛大な祝いの場が用意されたのだ。


 壇上にはパーティーの五人とともに、晴れの日には不似合いな黒の衣装を身にまとったアルスターが座っていた。


「バートランドくんにはこれから“虹の勇者”の自覚を持って、世界の危機を救うことに邁進するよう願います。そして青の従者タリッサ、赤の従者スキルト、緑の従者ラナ、白の従者クラウフォーゼ、そして黒の従者としてアルスターさんに彼をバックアップしていただきます」

 アルスターは黒の従者として紹介されると、表情も変えずに立って一礼。愛嬌を振りまくでもなく、実に淡々とした態度で着席した。


 卒業式が終わって一同は学園長室へ案内された。

「バートランドくん、君たちには遺跡探索者パーティーとして正式に専用の館をひとつ提供しよう。以前のパーティーが使っていたものだが、改装は済んでおる。個室は六つあるので、アルスターさんも気兼ねなく住めると思うが、どうかね?」


「僕たちは遺跡のひとつを拠点にしようと思っていたのですが」

「だが遺跡暮らしでは生活も大変だろうからな。下働きや侍女も付けるし、日数を経て不要だと思えば後日返還してくれてもかまわない。まあ遺跡では食事も洗濯もままならんだろう。黒の修行が終わったら“終末の日”までは館で過ごすといい」


 “終末の日”まで館で過ごす。バートランドたちの想定は異なっていた。

「それなのですが、僕の修行が終わり次第すぐに旅立つつもりでおります。“終末の日”に対応するのではなく、“終末の日”を迎えないように先手先手を打っていこうと話し合っておりますので。アルスターともそういう約束です。だから従者についてもらいました」


 どういうことかと学園長と四人の導師は頭をひねっている。


「つまり“終末の日”で世界が崩壊するのを阻止するのではなく、危なそうなところを先に補修してまわろうと思っております。そのほうが世界は安定を維持できますから」


「なるほど、補修か。それは今まで考えたこともなかったな。これまでの“虹の勇者”は“終末の日”で世界が崩壊を始めたら、命を投げ出して全力で崩壊を阻止する役割だった。だから“終末の日”を越えて生き残った“虹の勇者”はおらんのだ」

「われがバートランドを殺させはせん。“虹の勇者”はまだ知られていない点が多いのも事実だ。だからこそ、今までの“虹の勇者”とは別のやり方をさせるだけだ」

「それが補修というわけですか」


「バートランドはすでに黒の〈修復〉が使えるからな。すべてが混沌に返っても、〈修復〉が使えればまた具現化できる。あとは魔力次第だが、われが従者となる以上、黒の魔力が不足することはありえない。われは“魔王”だからな」


 学園長は四人の導師と向き合った。

「これからのことは“虹の勇者”であるバートランドくんの思うように動いてもらえばよかろう。“終末の日”に挑めるのは“虹の勇者”だけなのだからな。他のパーティーは“終末の日”へ対応するだけの力はない。私たちはバートランドくんの意志を尊重するまでだな」


 その言葉を聞いていたバートランドは、ひとつの提案を口にしてみた。

「できれば、でかまわないのですが、各地に残る“虹の神殿”に遺跡探索者を常駐していただきたいのですが」

「どういうことだい、バートランドくん?」

「アルスターによると、“虹の紋章”が掲げられている遺跡は“虹の神殿”と呼ばれる特別な場所なんだそうです。今はアルスターが魔物を配置して盗賊や無法者などから“虹の神殿”を守ってもらっています。それがかえって地域に不安をもたらす原因にもなっているのです。まずは“虹の神殿”を確保するためにも、遺跡探索者を常駐していただけたらと」


「遺跡探索者だけでは足りんだろう。学園の者も何組かは配置する必要があるな」

「アルスターに魔物を配置し直してもらえば、それほど怖いトラップもありませんからね。学園の成績上位パーティーでも配置できれば、当面の監視にもなるので“終末の日”まではなんとかなるかもしれません」

「なによりもそれが“虹の勇者”の意志なのであれば、私たちが逆らう理由はない。学園は“虹の勇者”のために存在するのだからな」


 バートランドは学園長と四人の導師に感謝を告げると、さっそく下賜された館の下見へと向かうことにした。


「それなら案内人を付けよう。設備の説明も必要だろうし、下働きや侍女なども呼ばねばならんしな」

「学園長、ありがとうございます」



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