第43話 凱旋

 遺跡の単独行でさらに力を磨いたバートランドは、サンダーボルト号がひく馬車に乗って帰途についた。

 行きはひとり旅だったので少し寂しい思いもしたが、帰りはタリッサ、スキルト、ラナ、クラウフォーゼの四名と案内人、在校生パーティー三組。馬車を五台連ねた賑やかなものとなった。

 しかも魔王アルスターを伴っての帰還である。

 五台も泊められるほど大きな宿屋はないので、各々別の宿をとった。バートランドは四人とアルスターとともに同じ宿屋を利用している。

 男性のバートランドは個室に引きこもって熟睡している頃だろう。三日ぶりの睡眠だから無理もない。


「それにしてもこれからどうするの? バートランドが黒の魔力と魔法を磨くにしても、なにか施設があるわけでもないし。学園の設備が使えたらいいんだろうけど……」

 タリッサが疑問を抱いた。確かに卒業してしまえば鍛えあげるだけの設備は使えなくなる。


「街道沿いに“虹の神殿”があるのでそこを拠点にすればよかろう」

「もちろん魔物に守らせているんだよね?」

 スキルトはアルスターに毒づいた。

「ああ、わが下僕が管理しておる。おかげで遺跡探索者以外は寄り付かん。しかもすでに調べ済みだから、奪われるような宝もないしな」


「バートランド様が黒の魔力を扱えるようになるのにどのくらいかかるとお考えですか?」

 “魔王”を相手にしている緊張感が欠けているように思われたが、クラウフォーゼはごく普通の対応をした。今は悪意を感じないし、緑のラナがいれば制圧するのも簡単だ。

「われらとの戦いの中で黒の魔力を把握し、〈修復〉ひとつだけとはいえ魔法も使えるようになった。集中してみっちり特訓できれば、一週間も経たずにものにできるはずだ。あとは本人の努力と感性次第だな」

「バート次第か。まあ集中できる環境にいれば、確かにバートならなんとかしてしまうと思うけど」

 スキルトの思いが口をついて出た。


 アルスターからの聴取をさらに進める。

「それより交代で番をするぞ。アルスターも“魔王”というからには、いつ私たちの寝首をかくとも限らんからな」

「なに、われはバートランドの従者になるつもりだ。彼奴きゃつは“虹の勇者”なのに黒の従者がおらんではないか。黒の魔力を身につけるにしても教師が必要だろうからな」

「いいのか、それで。お前もいちおうは“魔王”なのだろう?」

 さりげなくラナが言い返した。


「今、魔界を救うには彼奴の力が不可欠だ。そのためにはせいぜいこき使ってやるつもりだ」

「なるほど。魔界のためひいては魔物のためにバートランドを働かせるつもりか」

「悪い話じゃないと思うんだがな。魔界が保たれれば人間界に魔物を寄越す意味がなくなる。つまり魔物と人間がきちんと棲み分けられる。快適な生活が約束されるんだぞ。魔物が人間界で悪さをするのなら、われが説得してやってもよい」


「どうも、そこまでバートランドを買う理由が見当たらないのだがな」

 ラナは探りを入れてみた。

「なに、われは彼奴を配偶者にしたいだけだ。人間でいえば『好きになった』ということだな」

「な、なんですって!」

「そんなに驚くことか? 貴様らも彼奴を好いておるのだろう?」


「“虹の勇者”として頼りにはなるからな。好きか嫌いかでいえば確かに好きだが、結婚したいとはまで思っていない。第一私と結婚したら人々を治めなければならんからな」

「わたくしは神のお導きで従者を務めているだけですわ。“虹の勇者”をお支えするのはわたくしたち神官の義務ですから」

「では緑と白の従者は結婚するつもりはない、と。赤と青はどうだ?」


「なんで“魔王”にそこまで言わなきゃいけないのよ!」

「乙女心をこういう形で台無しにしてほしくないわ!」

 スキルトとタリッサは血相を変えている。

「貴様らは好いておるのか。なら恋敵というところだな」

 小悪魔的な笑みを湛えるアルスターはずいぶんと納得したようだ。


「まあ今夜は長いし、魔法学園までもあと二回宿屋に泊まらなければならん。交代で起きているときに恋愛話で盛り上がるのも、女同士なら問題なかろう。バートランドが別室なのはありがたい状況だな」

 ラナが苦々しげな顔をしていた。




 それから三日後、魔法学園にバートランドが戻ってきた。

 そのあとにラナの騎馬と、タリッサ、スキルト、クラウフォーゼと案内人が乗る馬車、在校生パーティー三組も付いてくる。計五台の馬車が列をなしていた。


 学園の門の前で馬車を停めたバートランドは、知らせを受けていた青の導師と数多くの在校生に出迎えられた。

 危険な遺跡探索をひとりで成し遂げた彼は、実力と胆力を高く評価されることとなる。しかも白の魔法使いとして立ち回っていたことを知ったら、どういう反応が来るのか。さらに“魔王”を賓客として連れ帰ることにも成功し、彼女に好奇の目が向けられもした。


 バートランドは個人の装備を荷台から下ろすと、馬車を返しに馬屋へと急いだ。

 駿馬を格安で借りられたとはいえ、馬車のレンタルはひじょうに高額だ。

 まだ卒業していないのだから、資金を稼ぐ手段がないのだ。


 颯爽と凱旋した姿を見た馬屋は、サンダーボルト号の馬体や荷台の状態を確認した。

「どうやらたいせつに乗ってくれたみたいだな。サンダーボルトも荷台も傷ひとつない」

「サンダーボルトには〈回復〉と〈治癒〉を、荷台には〈修復〉の魔法をかけておきました。これで借りたときと同じくらいの状態にはなっていますよ」


「〈回復〉と〈治癒〉は白の魔法だろう? 〈修復〉って何色の魔法だい?」

「黒ですね」

「黒ってことは、あんたとうとう黒の魔法も使えるようになったのか! これで完全に“虹の勇者”じゃないか」

「いえ、まだ黒の魔法はそれしか使えなくて。“虹の勇者”はすべての魔法を使いこなさなければなりません。まだまだ修行の身ですよ」


「いやいや、五色の魔法を使えるようになったんだ。これからの頑張り次第で世界は救われるな」

 馬屋の興奮は止まらない。

「それでな、バートランド。サンダーボルトもあんたに懐いているようだし、正式に買い取ってくれないか? なんなら馬車も付けていいぞ」


「でも買い取るとなれば、貸与代で汲々としていた身としては、とてもじゃないですが代金は支払えませんよ」


「格安にしといてやるよ。なにせ懐いたのが前の乗り手だった騎士と馬屋の俺、そして“虹の勇者”のあんたしかいない。他人に貸し出せない馬を維持するだけでも金額が馬鹿にならんからな」



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