第42話 虹の勇者の夢の中

 “虹の剣”について魔王アルスターの講釈が始まった。


「“虹の紋章”が描かれた遺跡は“虹の勇者”のために建てられた神殿であり、“虹の剣”も本来はこの神殿の最奥部に安置されているはずだったとされている」


 ということはここはバートランドが出向かなければならなかった遺跡だったのだろう。ここで“虹の剣”を見つけて、“虹の勇者”としての目覚めを促されたに違いない。


「魔界を脅かす“終末の日”を乗り切るために、われは“虹の勇者”の伝説に触れて“虹の剣”の存在に知ったのだ」

 そして方々に魔物を飛ばした結果、“虹の紋章”が描かれている遺跡を数多く発見したようだ。

「しかしいずれからも“虹の剣”は見つからなかった。今いるこの遺跡が本来“虹の剣”が収められている神殿なのだ。それを狙ってここに侵入したものの、どこを探しても発見できなかった。だから横取りされないよう強力な魔物を召喚してこの遺跡の守りを固めたのだ」


 それをひとりで倒して奥の間までたどり着いたバートランドがいかに破格かわかろうというもの。実際魔王であるアルスターが度肝を抜かれたのは確かだ。

「よほど強い緑の魔法使いの仕業かと思ったが、ここまでやってきたのはひとりの白の魔法使いだった」

 まあ“虹の勇者”であるバートランドが装っていただけだが。白の魔法縛りで奥の間までたどり着いたのだから、白の魔法使いとしての実力も魔王の折り紙付きといえるだろう。


「そこまでして“虹の剣”を奪い取りたかったのか?」

「われは魔界の王である。魔界に危機が迫れば対応するのが役割なのでな」

 本来この遺跡にあるはずの“虹の剣”がなぜか他の遺跡から発見され、“虹の魔法”使いバートランドの手に渡っている。

 もしかするとバートランドに引き寄せられて先の遺跡に転送されたのかもしれなかった。


「“虹の剣”は空間を越える力があるとでもいうのか?」

 ラナが疑問に思った。もしそうだとしたら、“虹の剣”はそれ単体で意志を持つひとつの生命といっても過言ではないだろう。


「空間どころではない。次元を越えるし時間も越える。所持する資格を持った者へ自然と渡るようにできているのかもしれないな」

「それは本当に人間の仕業なのか? どのような魔法でも時空間や次元を越えることなんてできはしない。つまり人間には作れない代物ということだ」


 アルスターが話を継いだ。

「伝説では“虹の勇者”がこしらえたと言われておるな。“虹の勇者”は創造主の力を体現している存在ということになっている。つまりこの世界を作った者の後継なのだ。時空間も次元も超越する力がなければ、“終末の日”に崩壊する世界を再生させられない」


「世界を再生?」

 その言葉に皆が戸惑いを覚えた。


「そうだ。貴様らがどう教わったか知らんが、“終末の日”でいったん世界は終わるのだ。終わったところを“虹の勇者”が新しく描き起こして再生していく。今までの“虹の勇者”は皆そうやって文明を維持してきたわけだ」

「そういえば“虹の勇者”が現れるまで、何度文明が滅んだか。魔法学園でそういう教育をされているな」


 ラナの言葉にアルスターが答えた。

「おそらく前回の“虹の勇者”の後に作られた組織だからだろうな。再生されたのが今の世界だとは教えられないのだろう。再生後の世界を生きているのだしな」


「“終末思想家”の皆様がこれを聞いたら大喜びしそうですわね。世界は“神の意志”に従って滅びるべきだ、という言葉どおりなのですから」

 クラウフォーゼは思わず天井を仰いだ。


「いや、それは前回までの“虹の勇者”がそうだった、というだけで、バートランドがどうかとは直接関係ないだろう」

「つまり?」

 身を乗り出してスキルトが話を急かした。

「バートランド次第だが、世界が崩壊する前に手を打てるかもしれない。“虹の剣”が神の代弁者たる“虹の勇者”からの贈り物なのだとすれば、“終末の日”の前に世界の補修ができる可能性も否定できないからな」


「補修?」

 バートランドたちは声を合わせた。


「壊れたものを作り直すことができるのなら、壊れる前に補修することだって不可能ではあるまい」

「犬小屋じゃないんだから。壊れたから直すのではなく、壊れる前に補修するなんて。本当にそんなことができるとでも思っているの?」

「当の“虹の勇者”次第だな。バートランドがこの世界を作り変えたいのではなく、補修したいと思っていれば、そういうこともできるはずだ」


「どういうこと?」

「この世界は“虹の勇者”の夢の中かもしれないのだ。つまり夢を見ている“虹の勇者”が世界をどうしたいのか。決める権利があるといってもよいだろう」

「“虹の勇者”の……バートランドの夢の中……?」

 タリッサが戸惑いの声をあげる。


「まあ“終末の日”は確実に近づいているのだし、今はバートランドが黒の魔力と魔法を修得するのが先だろう。だが急ぐに越したことはないはずだ」

「崩壊した世界を再生するためではなく、今の世界を補修するために……か」

 バートランドは“虹の勇者の夢世界”を補修するために、これから“終末の日”へ立ち向かわなければならないと気を引き締めた。




 遺跡を後にして、日が暮れる前に馬車の停まっている野営地まで一同は戻ってきた。

 サンダーボルト号はおとなしく待っていたが、他の四台の馬車はなにか落ちつかない様子だ。バートランドはサンダーボルト号を川まで連れ出し、荷台から飼葉を出してねぎらった。


 案内人の教員が場を仕切りだした。

「今日はここで野営しましょう。アルスターさん、もしおかしな行動をとったら容赦なく倒しますので。こちらには緑の魔法使いが四人いますからね。では今日の活躍を考慮して、第二組と第三組に最初の見張りをお願いします。それほど神経も使っていないでしょうし。途中でラナ様方と第一組が見張りに立ちます。バートランドくん……は川か」

 案内人がバートランドのいる川辺に降りてきた。


「バートランドくん、昨夜は徹夜でしょう? 今日はしっかり眠っていいからね。私たちが交代で番をしますから」

「ありがとうございます。ですがいちおう単独行の考査ですから、僕は今晩も徹夜しますよ。その代わり宿屋に泊まったらぐっすり眠らせてもらいます」


「さすがに在校生三組もあなたの力量を感じ取れたはずだから、かまわず眠ったらいいのに。まあそのあたりの融通が利かないところもバートランドくんって感じなんだけど」


 笑顔を見せたバートランドは一礼してサンダーボルト号の手入れを始めた。



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