第六章 虹の向こうへ

第41話 魔界破滅の前兆

 遺跡の奥の間に、黒の防具を身にまとい黒の魔法剣を持った女性が現れた。


「“虹の勇者”、そなた“虹の剣”をどこまで使いこなせているのだ?」

 その声は今まで遺跡の中で聞こえていたものと同じだった。


 ラナが魔法剣に手をかけたが、バートランドが制する。

「まだまだ使いこなせていません。今はまだ黒の魔力を蓄えることができた程度です」

「まあ黒の魔法は魔族の特権だからな。並みの人間に操れるものではない」

「バートは黒の魔法を使ってみせたじゃない」

 スキルトの言い分もわかるが、あくまでも“虹の剣”の力によるところが大きい。


「すまぬが“虹の剣”に触らせてほしい。負けた側が言うのもなんだがな」

「奪い取ろうとしているんじゃないですよね?」

 警戒を解かないタリッサだった。

 しかしもしこの場で戦うことになったら、青は黒に剋されるので不利は免れない。白のクラウフォーゼが間に入ってくれれば逆に助力に変えられる。そのことわりを判断して、クラウフォーゼがタリッサと“魔王”アルスターの間に入ってくれている。


 バートランドは“魔王”を名乗るアルスターの目をじっと見据えた。

「渡すのは他のメンバーの手前できないけど、触れるだけならかまわないよ」

「バートランド様、危険ですわ!」

「ラナも僕もいるから、なにかあったら緑で剋せばいいしね。まあ魔界へ持ち帰られないともかぎらないけど」


「われは“魔王”だ。一度交わした約束は必ず守る」

 アルスターの言葉にバートランドは頷き、ラナに攻撃の準備をさせておいて、手で握っている“虹の剣”を差し出した。

「かたじけない」


 紋章を確認して古代文字を読み、自らの黒の魔力を注ぎ込んで反応を確かめているようだ。そしてバートランドの腕に触った。

「なるほどな。どうやら“虹の勇者”でなければただ魔力を吸い取られるだけか。まあ少しこちらの魔力も底上げされているようではあるが」

「ここにいる四人も同じ印象だったから、おそらく正しい反応だろうね」


「これでは“虹の剣”を持ち逃げしても、扱える者はいないだろう」

「持ち逃げするつもりだったの!?」

 軽く苛立ちの声をスキルトがあげた。


「まあな。すでに魔界に“終末の日”の徴候が現れているのだ。いつ本格的に崩されるかわかったものではない」

「魔界に“終末の日”の兆候が……。バートランド様、あまり猶予がないのかもしれませんわ」


 クラウフォーゼの言葉を無視して、アルスターが続けた。

「“虹の剣”の使い方をひとつ教えてやろう。多色の魔力をイメージして魔法を発動させれば、用いる色の術者から魔力を吸収して現出する。近くに術師がいなければ、“虹の勇者”が自らの魔力を“虹の剣”に注ぎ込んで同じことができるようになる」


「へえ。魔力をかすめとれるのか。そういえばさっきの戦いでも、影の魔物から黒の魔力を蓄えられたけど、そういう性能だったということか」

「無意識であるにしろ、“虹の剣”の正しい使い方のひとつではあるな」

「僕は戦いながら“虹の剣”が蓄えてくれた黒の魔力を感じ取って黒の魔法〈修復〉を試したけど、それも性能のひとつなのかな?」

 “魔王”はひとつ肯いた。


「“虹の剣”は“虹の勇者”を鍛える力があるという。おそらく貴様に足りなかった黒の魔力に目覚めるよう、促したとみるのが妥当だな」

「単独行で長期戦を覚悟して白の魔法使いを演じていたんだけど、黒の魔力は白を生むから、黒の魔力が認識できるようになって折れた魔法剣の代わりのイメージが浮かんだんだよな」

「それが“虹の勇者”を鍛えていた証だ。つまり正真正銘これが伝説の“虹の剣”であること疑う余地もない。それに導かれる貴様も“虹の勇者”なのだと確信した」


 アルスターは真剣な眼差しでバートランドを見据えた。

「貴様、たしかバートランドと言ったな。“虹の剣”の導きがあればいずれ到達できるだろうが、世界の崩壊を食い止めるには、五色混合の魔力の発動が必要となる」


「五色混合、ですって! バートランド様はまだ三色混合ができるだけで四色混合にもたどり着いておりませんのに」

 “聖女”の問いに“魔王”が答える。

「だいじょうぶだ。すべて“虹の剣”が導いてくれる。そもそも“虹の魔力”持ちであれば、今まで使えなかっただけの黒の魔力にもすぐに慣れるはずだ。今は難しいかもしれないが、四色混合もすぐにできるようになる。あとは黒を磨いて出力を合わせればよい」


「でも“終末の日”までに間に合うでしょうか?」

「責任は持てないな。どのくらいでものになるのかは、実際にやってみなければわからない。われとしては魔界が崩壊する前に間に合ってもらいたいものだが」


 バートランドとしてはいつ自分のものにできるかどうか。誰かに保証してもらいたいところだが、あいにくとそこまでの事情通はこの世に存在しなかった。


「われら魔族は“終末の日”の兆候を感じてから、人間界にある“虹の勇者”関連の遺跡をくまなく捜索していたのだ。この遺跡もそのひとつ。ただ、どのような役割を持った施設なのかまでは伝わっていない。ただ紋章にヒントがあると見ている」

「ヒント?」

 スキルトの疑問にアルスターが応じた。


「“虹の勇者”関連の遺跡はすべて五芒星の部屋割になっていることに気づいたか?」

「わたくしたちはまだふたつめですが、ふたつとも同じ五芒星の配置ですわね」

「そういうことだ。もしかしたら遺跡の形と紋章とが同じ配置なのにもそれなりの理由があるだろう」


 そういえば、遺跡の奥の間に掲げられていた紋章と、学園長からもらった紋章の絵が同じで、それぞれ五芒星の先に色が配置されていた。

 遺跡がもしなにかの儀式を行なう祭壇だったのだとすれば、同じ部屋の配置にしろ、“虹の剣”が隠されていたことにしろ、すべて説明がつくのだ。


 すべては“虹の勇者”につながっている。先遣隊でも見つからなかったものが、“虹の勇者”には見つけられた。それもバートランドが“虹の勇者”だからではないか。

 とても考えつかないような場所にスイッチが隠されており、それに気づいたのも“虹の勇者”が導かれた結果なのだとすれば納得がいくのだ。


 五色混合魔法が人類と世界が“終末の日”を回避する唯一の手段なのだとしたら、バートランドは是が非でもものにしなければならない。

 このままでは魔界で観測された兆候が一気に噴出して人間界もただでは済まないだろう。

 魔界が崩壊したらそのまま人間界まで混沌に飲み込まれかねない。


 残り何日かはわからないが、確実に“終末の日”が近づいてきていた。



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