第40話 勝利者【第五章完】

 折れた魔法剣で戦い続けるか、黒の〈修復〉で直すか、使い方が不明な“虹の剣”を試すか。


 三択を迫られたバートランドは、とりあえず折れた白の魔法剣を使うことにした。

 今黒の魔法を使うと手のうちがバレてしまうし、“虹の剣”は魔族を刺激する可能性がある。

 必要以上に警戒させないためにも、ここは折れた魔法剣を使い続けるほかない。


「ふっ、折れた剣でどこまで戦えるのかな? 仲間が到着するまで持ちこたえるつもりのようだが。いくら白とはいえ、わが黒の戦士に勝てると思うか?」

 〈修復〉と“虹の剣”というふたつの切り札を内に秘め、仲間が駆けつけてくるまでしのぎ切る。その意気込みで影の魔物を睨んだ。




「よし、四つ目の部屋へ急ぐぞ!」

 ラナは最後の小鬼を倒すと、床を這っている金属糸を頼りに次の部屋へと向かっていった。他のメンバーは後れないように付いていく。

「あの女の声、気にならない?」

 スキルトが走りながら隣を走るタリッサへ話しかけた。

「折れた剣って言っていたね。二本目の剣を持って歩くとは思えないし、危機的な状況であるのは間違いないのかも」

「だからこそ、一刻も早く到着しないといけないのですわ」

 〈回復〉をかけながらクラウフォーゼが冷静に情勢を分析している。


 もしバートランドが倒されたら、奥の間で強敵が待ち構えているだろう。“虹の勇者”が敗れるほどの敵とこの仲間で戦って勝てるのかどうか。

 四人はバートランドが生き残ると信じていた。信じたかったのだ。


 まさかバートランドが「白の魔法使い」のまま戦っているとは思いもよらなかった。

 だからこその苦戦なのだが。四人が駆けつけたとき、まだバートランドが戦っている可能性もある。今は次の部屋を突破することに集中しなければならない。


「四つ目の部屋だ。ここから敵が急に強くなるかもしれない。全員準備はいいな。ではいくぞ!」

 ラナが扉を蹴破って中に躍り出ると、影の魔物が一体控えていた。


「ようこそ、第四の間へ。今、白の魔法使いが苦戦している者たちのひとりだ。いくら貴様らが強かろうと、ここで全滅してもらおうか」


 生意気そうな女の声を耳にして、ラナは瞬時に〈茨の檻〉を発動した。

 影の魔物が黒の魔力で生み出されているのなら、黒を剋す緑がその力を遺憾なく発揮する。

「笑止!」


 ひと言で切り伏せると、クラウフォーゼが〈吸収〉で黒の魔物から力を奪い取っていく。

 じゅうぶん小さくなったところで〈茨の檻〉が一気に収縮して影の魔物を細切れにした。


「これは想定外な人たちね。奥の間にいる彼のことがそんなにたいせつなのかしら。ただの白の魔法使いごとき、代わりなどいくらでもいるでしょうに」

「バートランドの代わりなんて誰にもできないわ! すぐに追いついてあなたたちを倒します!」

 気丈にタリッサが声をあげると、女の声がせいぜい頑張るのねと場を冷やした。




 折れた魔法剣を眺めて、あることを思いついた。そんなことができるかどうかわからないが、試せそうなことはすべて試してみるつもりでここまで来たのだ。

 白以外の魔法に頼らず、黒の魔力を操れるようになり、そしてこの思いつき。成功すれば大きな力となるに違いない。


 意識を集中させて折れた白の魔法剣に白の魔力を注ぎ込む。無駄に浪費しないよう、放出された魔力を取り込んで循環させるのだ。そうして魔力を循環させてから、折れた魔法剣の先に白の魔力の流れを集中させる。


「ふっ、バートランドとやら。動かないところを見ると覚悟を決めたか。もはやお前に勝てる見込みはなくなったのだからな。では、死ぬがいい!」


 大きな影の魔物によって振り下ろされる大剣の太刀筋を見切って、紙一重でかわすとともに折れた魔法剣を大剣に向けて振り抜いた。


 キン! という鋭い音が聞こえると、大剣は真っ二つに折れた。

 刃のない魔法剣で大剣を斬ってみせたのだ。


「バートランド、無事か!」

 そこへラナたちが到着した。

「な、なんだと……。白の魔力だけで斬ったのか? 刃もなしに……」

 その声を聞いた四人は、バートランドの持つ剣を見た。

 純白の魔法剣は折れ、彼の隣に大剣の刃が突き刺さっている。


「皆、追いつくのが遅かったね」

「軽口を叩けるくらいに余裕があったわけか」

 振り返ることもなく話し始めたバートランドに、ラナは嫌味を放った。


 しかし、女の声が言うとおりなら、彼は白の魔法のみでここまで到達したことになる。

 白は黒より生み出すものだから、相性としては悪くない。だが緑の魔法のほうが戦いやすかったのは確かだろう。


「で、なぜ白の魔法使いを装っているのか。理由を知りたいのだがな」

「装う……だと? どういうことだ?」

 折れた魔法剣の切っ先を拾い上げたバートランドは、〈修復〉の魔法で剣を再生してみせた。


「そ、それは……〈修復〉ではないか。貴様、本当は黒の魔法使いだったのか!?」

「いや、ただの“虹の魔法”使いだよ」

 白の魔法剣を横薙ぎすると、二体の影の魔物を〈茨の檻〉に囚え、〈吸収〉で魔力を漏らして弱ったところから〈茨の檻〉を収縮させ、細切れにして消滅させた。


 しばし無音が続いたが、女が絞り出すように声を出す。

「き、貴様が、伝説の“虹の勇者”だというのか?」

「まだ完璧ではないけどね」


 バートランドは懐から“虹の剣”を取り出した。

「それは“虹の剣”じゃないか。なぜお前がそれを持っている? “虹の勇者”関連の遺跡はくまなく探索したはずだが……」

「まあ隠されていたってことだよね。ご丁寧に」


「それにしても、なぜ黒の魔法が使えるんだ? 貴様は魔族ではあるまいに」

「ここで戦ってきて、黒の魔力を見極めていたんですよ。魔力さえ掴めれば、魔法についてはなんとかなるかな、と。少なくとも〈修復〉は見せていただけたので、それを試させてもらいました」


 また無音が続く。

「魔力を感じて、見ただけの魔法を使いこなせる……。まさに“虹の勇者”に違いあるまい」

「光栄です」

「世界の危機はもう近くまで迫っている。だから私は“虹の勇者”たろうと方々を捜索させたというのに」

 バートランドはその言葉にひっかかりを覚えた。


「危機が迫っている? どういうことですか?」

「魔界に崩壊の兆候が現れているのだ。じきにこの人間界にも現れるだろう。そして世界は崩壊する。すべてが混沌に立ち戻ることになるのだ」



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