第38話 黒の試練

 スキルトと在校生の赤の魔法使いが〈たいまつ〉の魔法を使って明かりをとった。

 白の〈昼白光〉でも同様のことができるが、魔物はたいてい黒の魔力持ちなので、黒を〈吸収〉する白はなるべく温存しておいたほうが戦いやすい。

 さらに回復手段を確保するためにも、白の魔力は貴重だ。


 案内人を先頭に、床に這っている金属糸をたどって遺跡の中を早足で進んでいく。途中、魔物の咆哮が轟き、なにかを打ちつけたような音が反響している。


 まだバートランドは生きているらしい。しかし一睡もせず遺跡の中で休むことなく戦い続けているのでは、いくら“虹の魔力”持ちであってもいつかは限界が来るはずだ。そうなる前に彼と合流しなければならない。

 しかし地図を書かないにしても、右に左に金属糸が這っているため、それを追いかけるのに時間がかかる。

 最短距離を通る手段もあるのだが、トラップが解除されていない可能性がきわめて高い。結局時間はかかるが金属糸を追いかけるのが最善手である。


 部屋を開けて中へ入ると、影の魔物が現れた。どうやら入り口の床が魔物を召喚するスイッチになっているようだ。


「ほう、白の魔法使いの援軍か。緑の魔法使いとはややこちらに分が悪いな。だが白の魔法使いももう虫の息だ。こいつを始末したら相手をしてやろうか」

 意地の悪そうな女の声が聞こえてくる。


 影の魔物が一同に向かって襲いかかってきたが、緑の魔法使いで“姫騎士”のラナが手早く〈茨の檻〉で捕らえて身動きを封じた。そしてクラウフォーゼが〈放出〉の魔法で魔物の生気を奪い取っていく。

 弱ったところでラナが〈茨の檻〉を縮小させて魔物の全身を切り刻むと跡形もなく消え去った。


「やはり緑の魔法使いはたちが悪いな。それに白の魔法使いもなかなかの腕前だ。男の白の魔法使いを助けたくば、ここまで来ることだな。まあすでに掌中だがな。アハハハハ」

「ふん、黒の魔物などわが緑の魔法で一網打尽だ。どんなに強かろうと理には勝てんだろうに」

「ここに到着するまで、せいぜい楽しませてもらおうか。その間に白の魔法使いを倒しきれば、貴様らに用はない」


 ここまで黙って見ていたスキルトは、女の声に疑問を持った。

「白の魔術師って。バートは──」

 隣にいたタリッサがスキルトの口を塞いだ。

「なに言っているのよ、スキルト。バートランドは“白の魔法”使いでしょう? ハッタリで“虹の魔法”使いだなんて言っても敵が手を抜くとは思えないわ」


「だそうだ、白の魔法使い。消耗した貴様に勝ち目はない」

 どうやら女性の声は、こちらとバートランドのいる部屋に通じているようである。


「バートランドを救い出すのが私たちの使命だ。邪魔立てするなら女でも容赦はしない」

「アハハハハ。それまでこの男がもつといいわね」

 ラナの強気な発言を聞いた女の声は、それを最後に聞こえなくなった。

「皆、先を急ぐぞ。あと緑の魔法使い、貴様も戦え」

 ラナは蔑むような視線を投げかけた。


「わ、私は魔物と戦うだなんてとても……。第一実戦は一度も経験していませんし」

「それは前回の私たちも同様だ。しかし私たちは文句も言わずに魔物を倒したがな。単に覚悟が足りないだけだ」


 ここで戦力になってくれれば計算も立てやすい。しかし在校生パーティーに戦いを要求しても詮無きことかもしれない。


「単なる相性の問題だ。魔物が使う黒の魔力を剋すのが緑の役割だ。同じ実力であれば相性で勝てるかどうかが決まる。緑が黒を剋すのだから、多少こちらの能力が劣っていても、それほど苦労せずに倒せるぞ」

「しかしですね、ラナ様。私たちはまだ学生です。プロの探索者ではない以上、実戦で腰が引けても仕方がないのでは?」


 なかなか踏ん切りがつかないような返しに、ラナは苛立ちよりも諦めに近い気持ちを抱いたようだ。

「はあ。そこまで言うのなら、バートランドが戦っているところまでは私がなんとかする。だがそこで待っている敵とは必ず戦ってもらうからな」




 大型の影の魔物二体を相手に、バートランドは奥の間で戦いを繰り広げている。もちろん白の魔法縛りで、黒の魔力を操れるようにするためだ。


 あれだけの大型の魔物が床を叩き割っているものの、床はその都度再生し、バートランドにとっても体さばきしやすい状況ではある。

 なるほど。黒の魔法には壊れた建造物を〈修復〉する魔法が存在するのだろう。そして力押しで攻めてくることが多い。


 彼は長期戦を考慮して白の魔法使いを装い、白の魔法剣を携えているのである。

 しかし緑の魔法でないかぎり、黒へ決定的なダメージは与えられないだろう。楽をしたければここは緑の魔法使いを装うべきだった。

 極大魔法のひとつ〈茨の檻〉は広範囲に展開できて、黒の魔物の自由を拘束する。


 なんとしてでも黒の魔力を感じ取り操れるよう、懐にしまってある“虹の剣”が発する感覚を共有していく。黒の魔力の流れが感じられ、見えるようになった今、回避し続けることは難なくできる。

 二体を視野に捉え、どちらかが攻撃を仕掛けてくるとそれを見切って動くとともに、もう一体の攻撃を余裕をもって観察する。そして先に仕掛けてきた影の魔物をさばいていく。


 どうやら黒の魔力をじゅうぶんに感じることはできたようだ。

 次は黒の魔法を使えるかどうかだが。白を装っている以上、あまり露骨に黒を使うとこちらが“虹の魔法”持ちであることがバレるだろう。

 敵の思惑がわからない以上、なるべく悟られないように立ち回るしかない。


「ほう、白の魔法使いといえどなかなかにできる男のようだな。どうだ、私の仲間にならないか。貴様がいればわれらも人間界の制圧が楽になろう」


 この声には答えず、敵の弱点を見出すべく白の〈回復〉を使いながら回避に専念する。

 黒の魔力の流れさえ読めていれば、あとは単純に避けるだけで済む。しかしそれでは芸がないので、紙一重でかわしながら反撃の刃を打ち込んでいく。

 影の魔物はすぐに傷口を塞いでしまう。だが、いつまでも回復できるとは思えない。

 黒の魔力が尽きれば再生はできないだろう。であれば敵の魔力が尽きるように、たとえ小さな傷でも積み重ねることがたいせつだ。


 ついでに“虹の剣”で黒の魔力を吸収できれば、バートランド自身が黒の魔法を使うタイミングが来るかもしれない。



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