第36話 黒の魔力の体得
白の〈放出〉が終わったとき、影の魔物は跡形もなく消えていた。
どうやら魔物の黒の魔力を上回り、正しき
「貴様、ただの白の魔法使いではないな。人間にあれだけの力は出しえないはずだ」
苛立ちを含んだ女性の声が響いている。
「そうでしょうか。僕の仲間ならこの程度は簡単に出せますよ」
「そんなはずはない。人が持ちうる魔力を遥かに上まわる黒の魔力だ。超えられようはずもない」
狼狽が受け取れる声音だ。
おそらく四人が近くまで来ているはずだが、少し時間稼ぎをしてみるか。
「あなたの名前を聞いておきたいのですが。僕はバートランドです」
沈黙が続いた。
「われはアルスター。魔王である」
その名前にバートランドは内心で動揺したようだ。まさか魔王相手に白の魔法使いを演じなければならないとは。なんとしてでも仲間を待たなければなるまい。魔王であればより強い魔物を召喚されるおそれがあるからだ。
「たかが人間の白の魔法使いにわれわれ漆黒の使者が敗れることなどありえんな」
ここは魔法の理を議論して時間を稼ごうか。バートランドはそう考えた。なにより魔力の回復にも相応の時間はかかる。
「白は無理でも緑ならどうですか? 緑は黒を剋すとされていますが」
「ふん。緑であろうとも人間ごときが敵うはずもない」
でも実際にはこちらの白が黒を飲み込んでしまったのだ。
であれば黒が刃向かえないほどに強い緑なら確実に制せるのではなかろうか。
「僕たちが魔法学園で習った魔法の理と、魔界の常識はイコールではない、ということでしょうか? 五色の魔法は互いに生み出したり剋したりするので互角だと教わっているのですが」
「まったく違うな。黒はすべての魔法の頂点に立つ。他の色など黒がやすやすと飲み込んでしまうのだ。だから黒が最強であることに疑いの余地はない」
「でも今、白で黒を倒してしまったんだけど。これでも互角とは思えないのかな?」
「貴様は人間ではないのだろう。今よりも強い黒の戦士を送ってやる。これで貴様も終わりだ!」
声がやむと室内には影の魔物が二体現れた。
先ほどよりも強いかどうかはわからないが、複数存在すると連携攻撃で追い込まれるだろう。これは厄介だ。
そのとき懐に入れていた“虹の剣”がわずかに震えているのを感じた。もしや強い黒の魔力に反応しているのだろうか。
そもそも魔法の色は青、赤、緑、白、そして黒の五つである。“虹の魔力”を操るには黒の魔力を制御する必要がある。
バートランドは試してみる気になった。
影の魔物ふたりが実体化する前に、白の魔法剣を引き抜いて〈浄化〉の魔法粉を振りかけておく。
白の魔力を操りながら、黒の魔力を探っていく戦いが始まろうとしている。
二体の咆哮が遺跡を揺らした。近くまで来ていたタリッサ、スキルト、ラナ、クラウフォーゼ、そして案内人と在校生パーティー二組の耳にも届いている。
先ほどよりも大きな声に、バートランドの無事を確認しつつも危機感が募ってきた。
「どうやら先ほどの声の主は倒し終えたのだろうが、さらに大きな声だからな。急がないと本当に倒されているかもしれんぞ」
クラウフォーゼたち白の〈回復〉が発動する中、一同は山道を駆け抜けていく。たとえ警報に引っかかろうとも、今は逸早い合流が先決である。
視界からはいったん遺跡は消えたが、すでにその山を登っているところだ。あと少しで遺跡に到着するだろう。
あとは彼女たちが到着するまで無事でいることを願うしかなかった。
さて、黒の魔力をどう扱えばいいのか。
まずは黒の魔力そのものを感じ取ることから始めなければならない。感じ取れないものを操れるほど、バートランドは万能ではなかった。
盾を構え、対する影の魔物ふたりの気配を読み、攻撃が始まるのを待っている。
自分の中にある黒の魔力がどう反応するのか。それを見極めながらの戦いだ。
「白の魔法使いの手並みを見せてもらおうか」
斧を持つ影の魔物と、大剣を担ぐ影の魔物が同時に仕掛けてきた。連携攻撃ではなく個の武を誇ろうとするかのようだ。
であれば互いの存在が邪魔をするはずだ。
敵の攻撃が繰り出される直前に“虹の剣”はかすかに振動し、それに従って回避運動をとる。攻撃のタイミングがわかるので、しっかりと黒の魔力の流れを読めばそう怖いことにはならないだろう。
つねに敵を一直線に置いて攻撃を邪魔するように立ち回っていく。
先ほどは〈放出〉を使ったが、あれはこちらの身動きがとりづらいので二体相手ではいささか不利は免れない。であれば、ここは黒の魔力で勝機を見出すことに徹するべきだ。
斧の魔物が大きく振りかぶって攻撃を仕掛けてくる。
力任せだから攻撃の軸をズラせばたやすく回避できる。大地を割る斧が瞬時に横薙ぎしてバートランドを追撃する。そこに大剣が襲いかかってくるが、これをかい潜って二体の魔物を一直線に置いた。これで同時に襲いかかられる心配はない。
こうした体さばきをしながら、敵の黒の魔力を探っていく。
どのような魔力なのか。青、赤、緑、白とは異なる魔力を読みとれれば、今後“虹の魔法”を操る場合にも有効となるだろう。
五色の魔法を使いこなせれば、“虹の勇者”として申し分ない。
もちろん黒の従者が欲しいところだが、あいにくと魔族に知り合いはいない。であれば、バートランド自らが黒の使い手になる以外にないのだ。
だから黒の強敵と戦うのは、自らの経験として大きい。
両目で二体の影を追い、わずかな魔力の変化も逃さないよう“虹の剣”に意識を集中する。体さばきだけで攻撃をすべて空振りさせた。
「ふっ、逃げ回るだけで精いっぱいか。これは時間の問題だな」
目の前を通過する攻撃に付与された黒の魔力の流れを少しずつとらえ、紙一重でかわしていく。それに合わせて白の魔法剣を走らせていく。
時間が経過するごとに、黒の魔力をとらえられるようになり、どんどん反撃の手が増していった。しかし手応えがない。
影を切るが、その光から生じる影で再生するのである。黒の魔物としてはこのうえなく強い個体だ。生半可な白の攻撃はかえって黒を強めてしまう。
魔王に気付かれないように、策を練らなければならない。
白の中に黒を混ぜられるかどうか。それがこの魔物たちと五分以上の戦いをする条件になるはずだ。
もちろん黒を剋す緑を混ぜてもよいのだが、それでは黒の魔力をものにすることはできない。せっかくの機会なのだから、ここで修得するのが早くてよかろう。
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