第35話 黒が白を生む

 奥の間までのすべての部屋をまわり、駆けつけてきた魔物はすべて倒し終えた。

 たいした傷も負ってはいないのだが、万全を期して回復薬のポーションを使い、鞘で血と脂を分解した魔法剣を抜き出して刀身を研ぎ直して鞘に戻した。

 奥の間の扉にかけられている錠前を解錠道具をこじ開け、左手に盾を構える。そうして奥の間に続く扉を開けて慎重に中へ入った。


 部屋の中には四角い箱のようなものが天井からぶら下がっていた。

「ほう、白の魔法使いがひとりで乗り込んでくるとはね」

 女性の声が響いている。どうやら目の前の四角い箱でこちらの様子を確認し、そこから声が聞こえてくるようだ。これでこちらを見張っているらしい。

 ここは「白の魔法使い」を装ったほうがよいだろう。魔物相手に“虹の勇者”であることを示して刺激するのは得策ではない。仲間がいない状態ではとくにだ。


「白の魔法使いでは不服かな、お嬢さん」

「ああそうだな。できれば“虹の魔法”使いを所望しておったんだが」

「魔物に対しては白の魔法使いのほうが相性がよいはずだけどね」

「ふっ、そう思うか、白の魔法使い」


 どうやら「白の魔法使い」をまったく意に介さないようだ。黒は白を生む。魔物の黒の魔法によって白の魔法は強化される。そういうものだとされている。

「僕たちはそう教わってきたけどな」


「どうやら人間は肝心の世のことわりを忘れてしまっているようだな」

「理?」

「黒は白を生む。つまり黒なくして白は存在しえないのだ」

「まあそういわれているよな」


「これだから人間は低能だというのだ。その程度の知識しか持ち合わせていない。“終末の日”を前にして、このように愚かな人間に“虹の勇者”の大役を任せようとはな。創造主は判断を間違われたに違いない」


 奥の間を隅々まで見渡してみると、正面の“虹の勇者”の紋章のある壁の床からなにかが湧いて出てきた。

 魔物だと判断したバートランドは、白の魔法剣に〈浄化〉の魔法粉をふりかけて、敵をさらに効率よく倒せるよう準備した。


「この壁の紋章はなにかのまじないに使うのかな、お嬢さん」

「これを知らんのか? とことん人間は無知でならない。まあいい、死後の世界への駄賃に教えておいてやろう。これは“虹の勇者”の紋章であり、“終末の日”に世界を救う“虹の勇者”と五人の従者の立ち位置を表しているのだ」

「立ち位置? 上の緑、右の赤、左の青、左下の白に、右下の黒。ということは、“終末の日”に挑むには黒の魔力つまり魔族の力添えが必要なのか?」


「ご明答。人間が用いる青、赤、緑、白だけでは世界は救えん。黒が“虹の勇者”となれば、賢しい人間を従えて世界は救われるのだ」

 黒が“虹の勇者”に。つまり声の持ち主がそうなりたいと思っているのだろうか。

「ふっ、まあいい。黒なくして白は存在しえない。白の魔法使いである貴様では、こいつに勝てるはずもない」


 闇から湧き上がる影は次第に大きな姿を形成した。

 大きくひと吠えすると、空気が振動して遺跡全体が揺れているように感じられる。




 山道を登ってきて、遺跡を遠くに望む場所を確保した。そのときに何者かの大きなひと吠えが聞こえてきた。

「どうやらボス戦に突入したらしいな。われらはこのまま遺跡へ向かう。三組は付いてきてもよいし、ここで見守っていてもかまわん」

 ラナが案内人と三組の返答を待たずに三人を引き連れて、今見えている遺跡へ向けて全速力で駆け出した。


 結局ついてきたのは案内人と二組のパーティーだけだった。

 残った一組は遠くから戦況を見守ることに決めたようだ。もしバートランドが野獣や魔物を取り逃がした際の監視役となった。




「人間の戦い方を見せてもらおうじゃないか。どこまで耐えられるかな?」

 影は左手に持っていた鎚を叩きつけてきた。横にステップを踏むと、魔法剣を横薙ぎする。だが、手応えがほとんどない。風を切っているような感触である。

「ほら、これでわかったであろう。白では黒に勝てんのだ」

「ならば影を消すのみ」

 〈昼白光〉の魔法をかけて、影を消そうと試みた。

「浅はかなりに考えたようだな。だが現実を見ろ」

 影は消えるどころか濃さを増している。

「白の魔法は黒から生まれる。白が強まればそれだけ黒から力が引き出される。つまり黒が力の源なのだ」


 なるほど、そういうことか。バートランドは得心した。

 しかしその理屈だと。

「黒の魔力を操れれば白は力を増す、ということでもあるわけだ」

「ふっ、人間に黒の魔力は使いこなせんよ。おとなしく無に帰すのだな」


 学園で習ったことを思い出せば、黒を強めるのは赤だという。そして黒は白を強めるということになっている。

 しかしあまりにも黒が強い場合、逆に白が黒を生み出すこともある。この声の持ち主は、こちらの白の魔力よりも影の魔物の力のほうが強いと見ているのだろう。

 黒を効率よく倒すには緑の力が不可欠だ。しかし今は「白の魔法使い」として振る舞うべきだから、なんとか白の強さで影の魔物を圧倒しなければならない。

 複数の魔力を効率的に使う訓練をしていたが、今は一色の魔力を最大限に引き出すしかない。影の魔物を上まわるだけの白で黒の力を奪い取ってしまうのだ。

「では、こいつの黒の魔力を上まわってやるのみ」


 バートランドは意識を集中して白の魔力を極限まで高めようとする。しかしその間にも影の魔物の鎚が力任せに襲いかかってきた。魔力を集中させないつもりか。

 幸い部屋は広く作られている、そこでまず影の魔物を一隅へ押し込んでからバックステップして距離をとる。そして敵が迫るまでに集中して白の魔力を高めていく。白が黒から生み出される理を再現するのだ。


 左手に盾を構えて、右手で白の魔法〈放出〉を発動する。白が黒の力を吸収して敵の力を弱体化させるのだ。

 声の主の思惑では、おそらく人間の白の魔法では凌駕できないと思われているに違いない。その期待に応えるつもりはさらさらない。


 だが、並みの〈放出〉では黒が逆に強まるおそれがある。退路を断って全魔力を白につぎ込んでの〈放出〉である。これで倒せなければ、あとは剣術で勝負するほかない。だが白の魔法剣が通じない以上、危険な状態が続くだけだ。


 〈放出〉の魔力でまばゆいばかりに光が輝き、影の魔物の黒き魔力をどんどん吸収してさらなる光があふれてくる。

 影の魔物は断末魔をあげ、その声も少しずつかき消えていった。光が弱まるとともにかけていた魔法を解除した。



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