第34話 紋章の遺跡探索

 三つ目の扉を開けたバートランドに、小鬼のような魔物が五体襲いかかってきた。

 準備の整っていたバートランドは白の魔法剣を振るって一体ずつ確実に屠っていく。敵の攻撃を盾でさばいて体勢を崩させ、生じたスキを突いていくのだ。

 剣術自体は従者である“姫騎士”ラナに及ばない。毎日騎士としての修練を欠かしていないのだから、彼女に勝る剣術の持ち主は騎士団長とエース以外にはいなかった。

 とはいえ、バートランドも毎日鍛えているので、敵が五体いようとこの程度で息が上がることはない。流れる水のように次々と敵を葬っていった。


 すべて倒し終えると、血にまみれた刀身をひとつ血振りして鞘に納める。白の魔法剣は、鞘に〈浄化〉の機能もあり血や脂を分解して新品同様の状態を維持してくれる。その点でも長期戦に向いた魔法剣なのである。


 部屋を制圧すると、紙に地図を書き込んでいく。遺跡探索に地図作りは欠かせない。どこかに隠し扉がないかをチェックするためだ。

 この部屋の見取り図を書いて道具をしまおうとすると、先ほどの戦闘の物音を聞きつけた魔物がやってきた。


「さて、どれだけの数が配備されているのか、だな。外観からすると百はいないとは思うけど」


 鞘から魔法剣を引き抜いて、盾を前面に構えた。

 そして部屋で待ち伏せずに廊下へと躍り出る。

 虚を突いてまず先頭の小鬼を倒すと、そのまま刀身を走らせて続く小鬼をひと突きした。体を回転させて刀身を引き抜くと、そのひねりを活かして後ろの鬼を横薙ぎしてかっさばく。瞬時に三人が屠られて、魔物は怯んで後方へと逃げ出した。バートランドは床のタイルを蹴って一気に距離を詰めると、ひとりずつ正確に倒していった。


 残りはそれぞれの方向へと散らばって逃げた。

「全部倒す必要は必ずしもないけど、地図を完成させなければ探索自体が始められないからなあ」


 そうこぼすと、剣を鞘に納めて竿に持ち替えてから、盾を構えた左手の壁に沿って進んでいく。

 魔物に負けないとしても、トラップに嵌まって死んでは“虹の勇者”の名が廃る。そう思うと、余計慎重に進んでいかざるをえない。


 トラップと物量戦に持ち込まれると、いかな“虹の勇者”といえども苦戦は免れない。どれだけ敵に“虹の勇者”と悟らせないか。この遺跡探索ではそれも求められていた。




 タリッサ、スキルト、ラナ、クラウフォーゼは、在校生パーティー三組を置いていく勢いで前へと走っている。もちろんズルはしている。

 クラウフォーゼが〈回復〉の魔法をかけているのだ。どれほど疲れても〈回復〉でスタミナを補充されるので、魔法が切れるまでは全力で走り続けられる。

 そんなことを知らない在校生パーティーは、四人を追いかけては休息し、疲れがとれたらまた走るを繰り返している。


 案内人の教員が彼らに忠告した。

「君たちも白の〈回復〉を出し惜しまないように! 今は時間が惜しいのよ。白の魔法使いを万全になんて考えては駄目。魔力の回復薬は持っているんだから、ここで手を抜いてもよいことはありませんよ。あなたたちの要望で“虹の勇者”バートランドに単独行をさせているのだから、あなたたちにはそれを見届ける義務があるのよ」


 クラウフォーゼの〈回復〉が切れたところで、四人は足を止めた。呼吸を整え、クラウフォーゼの魔力を回復薬で補給する。少ししてから在校生パーティー三組が追いついてきた。どうやら〈回復〉をかけながらの疾走に慣れてきたようだ。


 川沿いに歩いてきて、そこから山へと足を踏み入れる。ここからは足元を確かめて一歩一歩登っていかなければならない。

「皆さん、ここからは〈回復〉をかけませんから、ゆっくり確実に登ってくださいね。いつ敵と出会うかわかりませんし、魔法を検知されかねませんので」


 三組はすでに音をあげている。その状態なのに、バートランドはひとりで先に進んでいるのだ。そのことを思うと、やはり彼は選ばれし“虹の勇者”なのだと認識せざるをえなかった。


「あと、皆さん登っているときはしゃべらないで、音も立てないように気を配ってください。こちらの位置を察知されれば、バートランドが回避した警戒網にひっかかる可能性もありますからね」

 皆が黙ったまま肯いた。


「私が先導しますから、皆さん付いてきてくださいね。前の人が残した靴跡を踏むようにしてください。まっさらなところはトラップの恐れがありますからね」

 案内人はまるで遠足の引率のような口調になっていた。

 まあ教員からすれば在校生パーティーなど未熟であることは確かなのだが。


 遺跡探索は一度でも実戦を踏まないとなかなか慣れないものである。

 今回が二回目の探索である四人だが、やはり一度の実戦が在校生パーティーとは大きな違いとなって現れている。


「では皆様、黙って付いてきてくださいね」

 案内人を先頭に、ラナ、タリッサ、スキルト、クラウフォーゼの順、そして三組の在校生パーティーの合計二十名が縦列になって進んでいく。




 十字路へ逃げ散った敵にはかまわず、ひと部屋ずつ開けていっては地図に書き込んでいく。

 どうやら部屋の配置は前回の遺跡と同じようだった。

 ということは、ここにもなにか隠されているのだろうか。


 とりあえず、前回の遺跡で隠し壁を開くスイッチがあった場所を探したが、そこにはなんの仕掛けもなかった。

 まあひとつバレたらすべての遺跡でバレかねないのだから、そんな雑なリスク管理はしないだろうけれども。


 遺跡の構造が大筋で前回の遺跡同様なのであれば、地図を書くのも楽になる。であればそこそこ進んでいって地図を完成させてから奥の間へとたどり着けばいいだろう。


 それに仲間の四人や在校生パーティー三組があと数時間でやってくる頃合いだ。こちらが地図を作って進んでいる間に彼女らが到着するはずである。

 学園長から示された時間割に従えば、そのはずである。


 すると懐に入れていた“虹の剣”が一瞬震えたように感じた。

 仲間が近づいてきているのか、戦うべき敵が待ち構えているのか。

 どちらにしても状況が一変する可能性がある。


 まだどのように利用すればよいのかわからないアイテムではあるが、“虹の勇者”のためのアイテムであることは確かなようだ。

 誰かが使い方を知っているのか、“虹の勇者”にだけ使い方がわかるようになっているのか。

 “虹の剣”の見つけ方を考えれば、おそらく後者だろう。



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