第31話 魔王は破滅を導かない
バートランドが単独行に出発した翌朝、タリッサ、スキルト、クラウフォーゼの三人が学園の案内人とともに馬車に乗り、ラナは愛馬に跨ってともに彼の後を追っていく。
その後ろを在校生パーティーを載せた馬車が三台が通っているので、四台が連なる行列となっている。
これでは戦争や紛争が起こっているような一大事を、沿道の人々が抱いても不思議はない。
「ラナ様、絶対に単騎で追いつこうとなさらないでくださいませ」
案内人の教員が今にも駆け出しそうな“姫騎士”を抑制する。
「だが、乗馬があのサンダーボルトなら、どんどん引き離されるだけだろう。それなら先を急いでバートランドを捕まえたほうが安全ではないのか?」
「いえ、いくら駿馬とはいえ荷台をひきながらですし、宿場に泊まらなければ進行速度にむらが出ます。彼には泊まるべき宿場も設定してありますから、日が暮れる前まで余裕をもって宿屋で一泊できるはずです。われわれは彼より先の宿場を利用していけば、長時間馬車に揺られはしますが、差は確実に詰められます」
案内人の言うとおりだろう。
バートランドは初めての単独行であり、それほど要領よく進んでいくとは限らない。こちらが強行軍を続ければ、遺跡までには追いつけるだろう。
彼が遺跡に入って、出てくるまで在校生パーティーの三組とともに遠くから見守ればそれでよい。
手出し無用。今回四人に与えられたのはそういう任務だ。
「無理はしないように言い含めてありますから、そこは安心してください。“虹の勇者”であれば有利に戦えることは試験場での戦いで証明されていますし、まあだいじょうぶでしょう」
ずいぶんとのんびりした話である。
試験場での戦いはしょせん相手を戦闘不能に追い込むだけで、命をとられる心配はない。だが、遺跡探索で出てくる野獣や魔物は手加減などしてくれない。
演習と実戦は異なる。学園側はその認識が足りないのではないか。
だが、だからこそ、先に演習で慣らした可能性はある。であれば在校生パーティーがバートランドに不満を持っているのを知って、“虹の勇者”の実力を見せつける場を用意したつもりなのだろう。
しかしもしバートランドが不慮の死を遂げたとしたら、“終末の日”をどう戦えばよいのだろうか。
“虹の勇者”が先頭に立って、世界の崩壊から人々を救うのが“虹の勇者”の伝説だと共通授業で教わっている。
なぜ“虹の魔法”が世界の崩壊を防ぐのか。詳しい理由は聞かされていない。
学園長も四色の導師も知らないのだという。皇族や神殿にもどのような手段かまでは伝わっていない。
ただ「“虹の勇者”が“虹の魔法”を操って世界を救う」という子供だましのような言い伝えだけが残るのみだ。
「バートランドが持っている“虹の剣”について、神殿はなにか情報を持っていたか、クラウフォーゼ? あれはどう見てもただの筒、よくいえば剣の柄に見えるが……」
馬車と足並みを揃えたラナが御者席の隣に座るクラウフォーゼに尋ねた。
「“虹の剣”の実物がないとわからない、とは言われています。いちおう紋章やアイテムの形を伝えてありますが、すぐにわかるものではないとの白の導師である神官長のお話でございました」
「やはりすぐには無理だったか。上帝陛下も職務の合間に古文書をあたっておられるのだが、それらしいものは見当たらなかったそうだ。その代わり口伝がいくつかあると伺った」
「口伝? バートが“虹の勇者”としてどう戦うべきなのか。わかったっていうの、ラナ?」
スキルトは興味本位で尋ねてみた。
「口伝では、五色の魔法を操って、崩れ行く世界を手当てする、とされている」
「世界を破滅に導く魔王を倒すんじゃなくって?」
「ああ。魔王を倒す類の話は聞いたことがないな。子守唄として聞かされた話でも「魔王をやっつけた」なんて話はいっさい出てこない」
それではなぜ魔物が闊歩しているのか。
現実に世界を混沌へ陥れようとしているのは魔族である。そう認識されているからこそ、魔法学園が設立されたのであり、戦うべき魔族の持つ〈黒〉の魔法を超えるのが本分とされている。
皇族での口伝を信じれば、“虹の勇者”が立ち向かうべき“終末の日”は、魔王によって引き起こされるものではないということになる。
であれば“虹の勇者”が存在しなくても、探索者パーティーでなんとかなるのではないか。
つまりバートランドがいなくても、と上層部が考えているのなら、今回の任務のように死地へ追いやることにもためらいがないのだろう。
「この話って、在校生は知らないんですよね? 先生」
タリッサが案内人の教員へ語りかけた。
「ええ、“虹の勇者”は“虹の魔法”を有していて、“終末の日”に世界を救う、としか教えていませんからね。“虹の魔法”使いが必ずしも“虹の勇者”とはかぎらない。導師たちもそういう認識だから、バートランド以外の“虹の魔法”使いを見つけて育てようとしているわね」
「でも“虹の魔法”を使えるのは、今のところバートランドだけなんですよね? 他に見つかる算段でもあるのでしょうか?」
「いえ、まったく。“終末の日”が近づいたから“虹の勇者”が生まれるのか。“虹の勇者”が生まれたから“終末の日”が迫ってくるのか。在校生にしても“虹の勇者”が存在することで“終末の日”を呼び寄せているのではないか、という認識があるのは事実ね」
「つまり“虹の勇者”などいないほうがよい、ということでしょうか?」
タリッサの意見が正しいだろうと、案内人は告げた。
「それじゃあ、世界は誰が救うんですか? “終末の日”は近づいているんですよね?」
「“虹の勇者”が呼び寄せているのであれば、バートランドを殺せば“終末の日”はやってこない。そう考えても不思議はないな」
「そんな……。まさかバートランド様を合法的に殺すために、今回の単独行をさせている、なんてことはございませんわよね?」
案内人は押し黙っている。
ということは否定するだけの材料を持ち合わせていないのだろう。
四人は、自分たちの主将であり、“虹の勇者”でもあるバートランドを失うわけにはいかなかった。それぞれの魔法で第一の成績を誇るから、“虹の勇者”の従者として構成されているのである。
もし“虹の勇者”が否定されるものならば、彼女たちの立場そのものが無価値と言われたも同然だ。それは彼女たちの自負心を大いに傷つけるものでもある。
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