第30話 出遅れ
翌朝ひとりで馬車を操り、バートランドは遺跡探索へと旅立った。
タリッサ、スキルト、ラナ、クラウフォーゼの四人にはいっさい知らせていない。学園長と四色の導師には報告してあり、唯一、案内人の教員だけが彼のたどる行程を熟知していた。
そして翌朝には在校生パーティー三組が揃って後を追ってくる手はずとなっている。
タリッサたち四人が気づいたとしても準備だけで一日はかかるだろうから、すぐに出立できないはずだ。
バートランドがわざわざ一日早く出立するのは、学園の案内人が追いつかないギリギリの時間的余裕を持たせるためでもある。
今晩から三夜は宿場に泊まり、そこから徹夜の強行軍をすることも考えられる。しかし、借りられたのが店一番の駿馬であるため、使い減らさないよう野宿をすることにはなるのだろう。
「さて、サンダーボルト。これから十日ばかりよろしくな」
その声にサンダーボルト号はひと鳴きした。
人語を解するほどではないにしても、ある程度手綱を握る人物の意図を読みとれると馬屋は言っていた。
「まあ今日から三夜は宿屋で宿泊することになるから、お前にもそれほど負担はかからないだろうけどね。だから、今のうちに羽を伸ばしておくんだな。鳥じゃなくて馬だけどさ」
サンダーボルト号は一定の歩調で荷台をひいていく。これなら揺れもほとんどないし、実に快適な乗り心地だ。
学園の馬車は揺れがひどかったから、あれ以上に荒れるかと思っていたのだが。実際にひかせてみるととてもスムーズな乗り心地である。
馬屋が最上級をと押し込んできたのもわかろうものだ。
馬屋は伝説の“虹の勇者”を崇拝しており、バートランドが“虹の魔法”使いであることを知ると、出し惜しみせずにサンダーボルト号を提供してくれたのだ。
「伝説の“虹の勇者”へ馬を提供した人物」として歴史に名を残したいのだという。そのような栄誉が終ぞ訪れない可能性もあったのだが、それでも彼は最上級の馬を用意してくれたのである。
「こいつは元々ある有名な騎士の乗馬だったんだが、彼が亡くなったあと遺体を乗せて本陣へ帰ってきたという。そして次の騎士へ乗り継ごうとしたんだが、こいつが暴れて乗り手が見つからんということだ。で、俺が買い取って著名な人物に高く売りつけようと思ったんだが。お前さん、ちょっとこいつに触れてみてくれないか?」
そっとたてがみに触れて首をさすってやると、目を細めてバートランドのなすがままになっていた。
「やっぱりか。こいつは乗り手を選ぶんだ。前の騎士も認められたから乗れたんだろう。お前さんはこいつから見ても特別な存在だってわけだ。お前さんに売ってやるにもそれほどの資金もなかろうし、まずは貸し出してやるから乗り心地などを確認するんだな」
車馬としても申しぶんない働きを見せている。あとはスタミナが問題だが、サンダーボルト号の動きを見ているかぎりは心配無用だろう。
なにかあったら、宿屋に引き取ってもらい、後から追ってくるはずのタリッサ、スキルト、ラナ、クラウフォーゼに託せばなんとかなるだろう。積荷を下ろして女性が手綱をとれば来た道を引き返されるにも都合がよかろう。
とはいえ、旅慣れていない若者の単独行であるがゆえに、彼をカモにしようと宿屋や食事処は高い価格でボッタクろうとしてくる。
前もって案内役の教員から地域の相場が書かれた紙をもらっており、バートランドは巧みな交渉術でかえって相場より安くあげていった。
これも今後のパーティーでの遺跡探索で大きな武器となるだろう。
街道沿いの馬車旅は順調に一日目の宿場に到着し、宿屋に馬車を預けて遅めの夕食と翌朝の朝食、馬車旅中につまめる軽食、そして馬の食料である飼葉を頼み、チップを弾んで二階へと上がった。
「ねえ、バートいた?」
「いえ、わたくしも本日はまだお会いしておりませんが」
「青の導師様から聞いてきたんだけど、どうやら今朝早くにひとりで遺跡探索へ出発したらしいって」
「なぜわれわれに断りなく出ていったのだ。あの男は」
朝礼が終わって四人が部室で顔を合わせている。
「とにかくこれから皆で追うぞ! 今出ればすぐに追いつけるはずだ」
ラナは苛立ちを隠さなかった。
「いえ、今回は単独での遺跡探索が課題ですから、わたくしたちが合流したら意味がないのではありませんか?」
「そうだった。バートの力量を確かめるための試練よね」
「たしか在校生パーティーの三組が監視役だったはず」
タリッサが答えると、学園長からの使者が部室にやってきて、そのまま学園長室へ案内された。
学園長は立ったまま用件を伝えようとしている。それだけ急事ということなのかもしれない。
「すでに気づいておると思うが、バートランドくんには一足先に遺跡へ向かってもらった。在校生三組と君たちは明朝出立してもらう」
「今すぐ追いかけたほうがよいのではないか。“虹の勇者”を失いでもしたら、後悔どころの話ではなくなるぞ」
「ラナ様のおっしゃりようはごもっともですが、とりあえずひとりでできることを増やすのも今回の単独行の狙いのひとつですので」
「ひとりでできることを増やす……。本格的に“終末の日”に挑むとすれば、学園の案内人は足手まといになりかねないのは確かですね」
タリッサは学園長の言葉に納得したようだ。
「君たちと在校生パーティー三組は明朝に出立する予定だ。在校生側から条件を出されてな。だから今からすぐに旅の準備に取りかかってほしい。差は一日の距離だが、彼は単独行の初心者で、こちらは学園の案内人を付ける。彼が遺跡にたどり着くあたりで監視できる位置まで到着できるはずだ。では準備を急いでほしい」
学園長が机の上に置いてあるベルを鳴らすと、案内人が姿を見せた。
四人と案内人はひとつ敬礼をする。
「では、前回の探索同様、設備を載せた馬車へ個人的な荷物を積んでください。出立は明朝ですので、それほど慌てなくても間に合うはずです」
「今すぐ出立して、彼を遠くから援護しても駄目なのか?」
「それでは在校生が納得しないだろうな。条件を出したのはあちら側だ。あくまでもひとりで探索するところを見せなければなるまい」
ラナの問いに学園長が答えた。
「すでに在校生も準備を始めているから、急いだほうがよかろう」
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