第29話 最高の馬車

 在校生からけしかけられ、バートランドはひとりで旅支度を整える。

 今回は学園から必要な資材や道具を借りるわけにもいかないので、すべて自分で調達してこなければならなかった。その準備に必要な資金は学園から前借りすることとなった。

 とはいえプロとしては初心者であるので、学園からも前回の遺跡探索で案内人を担当した教員が、買い出し要員として駆り出されていた。


 今回は在校生側からの要求で単独行を求められている以上、自分で馬車の御者も務めないとならないし、単独での野営道具も揃えなければならない。ゆえに準備するものがあまりにも多かった。


 まず当日の足である馬車を借りなければならない。学園所有の馬車も使えないためだ。そこまで学園が手を貸すと「単独行」とは見なせないらしい。


 蹄鉄の看板の店に入った。

「いらっしゃい! なんのようだ? 馬の手入れかい」

「いえ、馬車を借りたいと思いまして」


 馬屋が露骨に嫌な顔をした。

「まあ代金さえ支払ってくれれば文句は言わんが、どのくらいの馬車がお望みだい?」

「僕ひとりで移動しますので、それほど大きくなくてかまいません。とりあえず一人乗りで片道五日ぶんの飼葉と武器防具が積めるだけの大きさであれば問題ありません」


「片道五日ということは国を越えるのか? だったら保証金の額が上がるんだがな」

「いえ、辺境ですが国内です。最近発見されたという遺跡の調査に向かいます」

「ひとりでか? 通常遺跡探索っていうのは五人一組じゃなかったのか?」

「今回はわけあって単独での探索を命じられております」

 案内人の教員が答える。


「ということは、昼夜問わずの行軍ってわけではないんだな」

「はい。三夜は宿場に泊まって、残り一夜を野営します」

「単独行であれば、場合によっては馬に跨って荷台を放棄する可能性もあるのだな。まあその場合は馬だけでも返してもらえるのだから、少しは弁償額も減るがな。どうせ荷台は木と布で出来ているんだしな」


「では、危機と判断したら、荷台は捨ててかまわない、ということですか?」

「当たり前だ。お前さんが死んだら馬車の弁償は誰がしてくれるというんだ。だからたとえ馬車を手放してもお前さんだけは必ず帰ってこなければならないんだ。これは取引だからな。馬車を失って弁償する相手も死んだとなれば、俺としては大損になってしまう」

「わかりました。それでは僕はなにがあってもここへ戻ってまいります」


「まあお前さんを信頼しないわけじゃないんだが、どれほどできるのか。ちょっと腕前を見せてもらおうか。それ次第で代金を考えよう」


 案内人と目配せして、馬屋の前で三色の魔法を同時に発動してみせた。

 一般人の前でこの技を見せたのは初めてだった。


「お、お前さん……もしかして伝説の“虹の勇者”、なのか?」

「今はまだ駆け出しの遺跡探索者にすぎません。今回はわけあって単独行で探索をしなければならなくなりましたが」

「ちょっと待っててくれないか」

 そう言うと馬屋はカウンターの奥へ消えていった。




 移動手段として特上の馬車を格安で借りられた。店主は“虹の勇者”に助力するのが夢だったのだという。自身も伝説に名を残したいのだろうか。


 道すがら案内人から御者としての手ほどきを受けながら方々の店をまわっていく。

「とりあえず野営用具と調理器具の買い出し、あと睡眠のためのハンモックや毛布なども揃えたいところだけど。そもそもひとりでキャンプなんてほとんど不可能だと思うから、どこまで揃えればよいのかも見えてこないのよね」


 目的地は片道五日かかる辺境の地にある遺跡であるが、街道を最大限利用できても宿屋は三日のみで、残りの一夜はどうしても野宿せざるをえない。

「前回の遺跡探索では交代で寝ていましたけど、今回は僕だけだから寝ている余裕はないかもしれませんな」


「寝ないとつらいわよ。魔力の回復もほとんど期待できないし。私が在校生を説得してもかまわないんだけど。どうせ彼らの遺跡探索でもおそらく私が案内人を務めると思うから。一日でも徹夜で遺跡探索をしてみればわかるだろうとは思うのよね」


 遺跡探索をするのは成績試験で優勝しなければならないし、かといって優勝したら必ず遺跡探索に出られるわけでもない。

 きちんと実力を精査されて、だいじょうぶと判断されてようやく認められるのである。バートランドたちが前回遺跡探索に出られたのも、三年間優勝し続けてからである。


「とりあえず、今回は宿屋に泊まれる行程を設定するから、ギリギリまで宿屋を利用すること。街道から外れたら一日徹夜して目的地に到着し、戦って探索が終了したらまた徹夜して街道へ戻って宿屋で休むように」

「やはり睡眠は削らないほうがよいのですね」


 案内人は真顔になった。

「魔力の回復を軽んじては駄目よ。いくら魔力回復のポーションがあるとはいえ。それまでどれだけ多くの敵を倒しても、ボス戦で魔力が尽きたらそこまでよ」


 麻衣や盾、弓は前回購入したものをそのまま使えるので、後は矢を買い込めば武具は揃うだろう。


「次の遺跡も先遣隊が探索済みではあるのだけど、またなにか発見できるかもしれないわね。アイテムが手に入ったら、直接は触らずに剣などでリュックに入れるのを忘れないでね」

 確かに前回はうかつすぎた。呪いのアイテムであったら、どんな酷い目に遭ったかわからない。


「さて、必要なものはあらかた揃ったから、買い出しはこれでよいでしょう。あとは馬車の運転の仕方を覚えないとね。一日中移動しているわけにもいかないし、馬車を失えば帰ってくる手段を失いかねませんから」

 街の中を馬車で移動してきたが、本来は街道や森の中へと踏み込まなければならない。

 そういう場所でもしっかりと馬車を操れなければ、せっかくの馬車でもなんの役にも立たない。しかも仮に馬車が逃げ出しでもしたら、借り物なので全額弁償しなければならないのだから、収入を考えても損失は馬鹿にならない。


「それじゃあ街を出て、街道と森の中をひととおり経験しましょうか」

「わかりました」

 教えてもらえるうちに、馬車を操れるようになればよいだろう。


 日が暮れる頃、馬車で学園へと戻ってきたバートランドは、手早く食事を済ませるとお風呂に入って早々と眠ることにした。

 出立が明朝になることは四人には内緒である。だが、監視役として在校生トップを競う三組のパーティーがバートランドの後を付いてくる手はずだ。

 それで四人に感づかれるおそれもあるが、引き離してしまえばそう簡単には追ってこられないだろう。



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