第28話 単独行へ

 たったひとりで五人のパーティー三組を完封した腕前は、“虹の魔法”使いとしての体面を保ち、箔をつけるにじゅうぶんなものだった。

 しかしそれでも認めない者たちもいる。今しがた戦い終わった三組のパーティーのメンバーたちだ。


 彼らは素直に負けを認められなかった。実際、彼らの攻撃はバートランドに集中したが、それゆえに攻撃の手が単調になり、視線を感じ取れれば避けるのはそれほど苦労しない。

 五人の目を意識しつつ、三色の魔法を操って敵を撹乱。バートランドは盾を持つ左手に“虹の剣”を、右手に長剣を携えて、敵陣へ急襲する。

 至近距離なら長剣で敵を倒せるし魔法発動も即座に封じ込められるから一石二鳥だ。


 そうやって戦いが終わり、バートランドとクラウフォーゼが三組のパーティーの負傷者を〈治癒〉していく。バートランドとクラウフォーゼは三人ずつ怪我を癒やしていくが、そのスピードが図抜けていた。まるでクラウフォーゼの白の魔力と、バートランドの“虹の魔力”が共鳴し、相乗効果を挙げているかのようだった。

 クラウフォーゼは“聖女”として幼い頃から魔力を鍛えていた。だが彼女の〈治癒〉は最近飛躍的に高まっている。それまでも白の魔法の使い手としては屈指の実力を有していたが、三名に〈治癒〉を短時間で終えていることがそれを証明している。

 どうやらバートランドのそばに行くと魔力を底上げする感覚があるらしい。

 ふたりともが魔力を底上げされている感覚があるということは、“虹の剣”は底しれぬ実力を秘めているのだろう。


「不公平だ!」


 最初に大声を出したのは三組目の主将だった。

「試験場に青、赤、緑、白の魔法使いがいるのでは、ひとりで戦ったとは言えない!」

 そうだそうだと割れんばかりの大合唱が起こる。


「なに言ってんのよ! バートに速攻で片付けられたくせに!」

「五対一の戦いでも納得しないとは、なんたる近視眼か。それとも三組全員を一度に倒さなければ意味がないとでも言いたいのか」

 騎士とはいえ皇女であるラナの口ぶりに不平のトーンが抑えられていく。


「“虹の勇者”とかいう実体のない伝説をいくら授業で聞かされたところで、自分が“虹の勇者”ではないという現実を突きつけられただけだ。バートランドが“虹の勇者”なのであれば、なにもわれわれが手を貸す必要などないだろうに」

 相手パーティーの主将が非難する。ここで折れては「在校生第一の主将」という地位を揺るがしかねないのだから。


「じゃあどうすれば皆が納得してくれるのかな? 複数の組と連戦する以上に試すことはできないと思うけど」

 “才女”タリッサの言い分は正しい。学園ではこれ以上の実力発揮などできようはずもない。ラナが言ったように三組同時に相手をする、つまり十五対一で戦って勝つなどという非常識な発言にたどり着くだけだろう。


「それじゃあひとりで遺跡探索をしてきたら認めてやってもいい」

「いくらなんでもそんな無茶、できるはずがありませんわね」

 バートランドともに引き上げてきたクラウフォーゼが口にする。


「遺跡探索はなにが起こるかわかりません。だから複数で行動するのです。単独では休息を取ることすら覚束ないですわ。まったく寝ずに数日戦い続けないとなりませんから」


「“虹の勇者”とやらがそんなに偉いのなら、そのくらいできて当然じゃないか」

 在校生には“虹の勇者”への偏見があるようだ。

 まあ「すべての魔法使いは“虹の勇者”の従者にすぎない」などと教育されればそういう思考になっても不思議はない。


 貴賓席から学園長と四色の導師が下りてきて、話に割ってきた。

「それではお主が単独で遺跡探索でもしてくるかね。単独行がどれだけ危険か。実地でなければわからんじゃろうて」

 赤の導師がちくりと釘を差した。


 その言葉で肝が冷えたようだ。

「い、いえ。俺はただ“虹の勇者”が伝説の存在なのであれば、単独での遺跡探索も可能なのではないかと考えたまでです」

「では君は単独での遺跡探索ができるのかな? 口で言うのと実際に行なうのとでは、天と地ほどの開きがあるのだがな」

「しかしですね……」


 バートランドたちが卒業することで、在校生一位に繰り上げとなったパーティーだから、多少の負い目があるのは確かだ。

 だが“虹の勇者”というデタラメな存在を認めてしまえば、どうしても一位の意味合いが変わりかねない。「バートランドたちはやってのけた」と陰口を叩かれるのは目に見えている。


 それほど優秀なら、単独でも遺跡探索もできるだろう。そうしたら在校生から文句を言われずに済む。そんな打算が働いても不思議ではない。


「導師たちよ。バートランドはひとりで遺跡探索できると思うか?」

「少なくとも白の魔法が使えますので、怪我くらいで探索に支障が出るとは思えません」

「まあ青、赤、緑の魔法にも長けているから、なんとかならんでもないと思うが。それでも魔力の回復手段である睡眠がとれないことには、不利は免れんだろう」


 どれほど魔力が潤沢でも、回復手段がなければ真価を発揮するのは難しい。

 ひとりで野営して、野獣や魔物の餌食にされないともかぎらないのだ。

 そんな状況に置くのは、せっかく得た“虹の勇者”をみすみす殺してしまいかねないことを意味していた。


「それでは、すでに先遣隊が発見して探索済みの遺跡で試すことに致しましょうか?」

「ある程度の安全は確保したうえで、野獣や魔物との戦いにのみ専念させるのじゃ。未踏の遺跡よりは実力把握には適しているじゃろうしな」

「在校生からもバートランドの戦いぶりを観察させれば、文句の言いようもない、というわけか」

 導師たちが話をまとめようとしている。学園長がバートランドに向き直った。


「ということだが、バートランドくんはどうするかね。もちろん拒否してもかまわない。あまりにも危険な任務になるからな。君に死なれるとわれわれとしても困るのだが……」


 それまでの話を聞いていたバートランドにためらいはなかった。

「わかりました。それでは単独での遺跡探索に向かいましょう。在校生の方々も観覧したい者は付いてきてかまいません。ただし、単独でとなれば僕からは離れたところから見ていただくことにはなりますが。それでよろしければお引き受け致します」

「やはりバートランドくんは剛毅だな。ちゅうちょなしか。よかろう、探索する遺跡はこちらで選ばせてもらおう。それでよいな」


 三組の在校生パーティーは不承不承で納得せざるをえなかった。



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