第23話 魔法のレシピ
「〈泡風呂〉の魔法も学園側に報告しておかないとな。これから職員室に行ってくるよ」
バートランドは使用したときの魔力の配分をあらかた数値化してレシピを完成させた。これを導師に報告して、検証と精査を委託するのである。
魔法の調合は発見次第、学園への報告が義務付けられている。そのため青と赤の組み合わせで〈お湯〉を沸かすことだけでなく、水流を調整して〈シャワー〉が生み出せることも今では広く知られている。その応用がお風呂での〈シャワー〉設備となって提供されているのだ。
とくに〈シャワー〉の魔法は好評で、今やほとんどのパーティーが使うまでになっていた。
長期間の遠征を行なう者たちは、山中や砂漠、海岸沿いでは長い間水浴びもできなかったのだ。
しかし〈シャワー〉が編み出されたことで、今ではどこにいてもパーティーは衛生的でいられるようになった。身体的にも精神的にもである。
学園の浴場では〈シャワー〉設備が有料で提供されるようになったが、青の魔法使いと赤の魔法使いが同性であれば、買うよりもその場で作るほうが遥かに効率的だった。
そのため、青と赤が異性であるときにだけ設備は利用されている。
これは学生たちのレベルが向上することにもつながるが、設備の維持に支障をきたす事態も想定された。
遺跡探索の遠征中でも、下着姿で〈シャワー〉を浴びるのであれば異性であっても〈シャワー〉を用いることにためらいはほとんど覚えないだろう。
だからこそ、青と赤の魔法使いが仲違いすると、パーティーの衛生環境が極端に悪化するのだ。
そこから風土病に罹る者もいくらか存在するのである。
衛生的な水の重要性がわかろうというものだ。
職員室の扉を三回叩くとバートランドは中へ入った。
「新たな魔法の組み合わせレシピを提出に参りました」
青の導師が近寄ってくる。
「バートランド、今度はどのような魔法かな?」
「〈泡風呂〉と申します。南方の国で使われているとされていますが、温帯のこの国でも使えるようになるレシピです」
申請用紙を受け取って配合を確認すると、青の導師はやや苦い顔をした。
「三色の組み合わせか。干渉することはないのか?」
「確かに干渉することもあると存じます。ですが、すでに湧き水があれば赤と白がいれば、また温水があれば白がいれば使えるでしょうから、いちおうご報告だけでもと」
「わかった。これは検証と精査に回しておこう」
導師が快く受け取ってくれた。
「あと〈シャワー〉を機械で沸かすようにしたら、白の魔法使いがいれば〈泡風呂〉も作れるはずですので、設備の更新も合わせて申請致したいのですが」
「確かに機械を作ったほうが効率が良いだろうな。なんでも魔力でなんとかしようというのも芸がない。ああそうだ。学園長からお達しがあってな。君たちが持ち帰ったアイテムはなるべく早く返還できるよう取り計らうこととなった。検証中ではあったが、今のところは使用法はまったくわかっていない。単に魔力を吸われるだけ、ということがわかっているのみだ。ただ、“虹の勇者”である君ならあれを使いこなせると信じているぞ」
「かしこまりました。アイテムが返還されてからは、私が検証したいと存じます」
一礼してバートランドは職員室を退いた。
青と白の組み合わせで〈石鹸水〉が生み出せることも神殿だけでなく一般学生にも知れ渡っていた。
〈石鹸水〉は体や髪から汗や垢や汚れを流すだけでなく、衣服の洗濯や食器洗いなどにも使える便利なものだ。
〈石鹸水〉の発明により、汚れた服を何日も着ることが少なくなった。とくに赤の魔法使いが〈温風〉を生み出せたら、服を洗って乾かすことまでワンセットでできるのだ。
また食器洗いも雑菌中毒への不安を払拭するのに役立っている。
もちろん利用法によって配合は若干変わりはする。
しかし百年前よりも遺跡探索が格段に楽になったのは確かだろう。遺跡や廃墟、ダンジョンなど衛生的といえない環境で長く活動するためにも、殺菌と除菌の役に立つ〈石鹸水〉の魔法は使い勝手がよいのである。
白には〈浄化〉〈殺菌〉の魔法があり、赤で加熱することなく自然の湧き水も飲用に適したものに変えられる。
ただ〈白〉のバランス次第でかえって有害な水が生まれることもあるのだ。
青の〈湧き水〉は無から水を湧かせるのだが、必ずしも飲み水に使えるとは限らない。生の〈湧き水〉を飲んでおなかがくだった話も枚挙にいとまがないのだ。
だから火の魔法で〈加熱〉して煮沸殺菌した〈お湯〉にすることで〈湧き水〉を安心して飲めるようにするのである。
〈石鹸水〉は白の割合が少ない〈洗口液〉から〈消毒液〉〈浄水〉、体を洗う基本の〈石鹸水〉、さらに濃度の濃い〈食器洗剤〉〈衣服洗剤〉なども生み出せる。まさに綺麗好きにはたまらない魔法である。
怪我人を治すにしても、まずは〈消毒液〉で患部を洗浄し、次に〈治癒〉の魔法で傷口を塞いでいくのだ。
〈治癒〉は白だけで発動できるので、白の魔法使いしかいない場合は、雑菌ごと傷を塞ぐ形となり、後日に影響が残る場合もある。
だから白の魔法使いは〈聖水〉としてただの水を〈消毒液〉に変えて持ち歩くことが多いのだ。
緑の魔法では食用の〈野菜〉や〈果物〉を生み出すこともできるが、こちらもそのままでは食用とはならない。
やはり赤の魔法で〈加熱〉してようやく食べられるのだ。
〈野菜〉はまだしも〈果物〉は〈加熱〉してしまうと栄養素が落ちるため、〈加熱〉するのは〈殺菌〉を使えない緊急時くらいだけだった。
しかし〈果物〉に白の〈殺菌〉を用れば〈加熱〉することなく食べられるようになったことで、この問題も解消された。
飲み水と野菜や果物の調達が魔法で可能となったため、遺跡探索で遠征するパーティーは、最低限の装備で長期間活動できるようになった。これも百年以上の積み重ねが実を結んだといえよう。
もちろんバートランドたち以前から、魔法の調合は生み出されていたものの、バランスひとつでさまざまに変化するため、そのすべてを極めることはまだできていない。
とくに複数の魔法の組み合わせは魔法使い同士の相性もあるので、ほぼ偶発事故として発見されることがある程度だ。
“虹の勇者”であるバートランドであれば、複数の色魔法を同時発動できるし、ひとりで完結するためそれぞれの魔力のバランスも細かく調整できる。
“虹の勇者”は、まさに魔法の発明家としての側面も有しているのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます