第22話 君だけバスタイム

 学園長室を後にした五人は、それぞれの部屋から着替えを持って浴場へと赴いた。男女は隣り合った場所に浴場が構えられている。今日の汗と垢をすぐにでも流して、“終末の日”へ向け、修練の旅の準備をしなければならない。


 バートランドは服を脱いでロッカーに鍵をかけ、下着姿で洗い場にやってきた。

 ここは魔法で体を洗って汗を拭う〈シャワー〉が使えた。しかし利用料金がかかるため、なかなか毎回使うわけにもいかないのだ。


 複数魔法の同時発動で〈お湯〉が作れたのだから、水量を調整して〈シャワー〉へ変化させるのはそれほど難しくないはず。


 青の〈湧き水〉と赤の〈加熱〉で〈お湯〉を作り、青の出力を高めて即席で〈シャワー〉を調達した。そして手早く体に染みついた汗と汚れを落としていく。

 次に青の〈湧き水〉と白の〈浄化〉から〈石鹸水〉を生み出して頭や顔、体を洗って〈シャワー〉で洗い流した。


 女性陣も同様に魔法を組み合わせて〈シャワー〉と〈石鹸水〉で体を洗っていこうとしていたようだが、女性浴場の方向からスキルトの声が聞こえてきた。


「ねえバート。〈シャワー〉と〈石鹸水〉って混ぜられないかな?」

 その声に気づいたバートランドは返答に窮した。答える前に、試しに洗い場で青の〈湧き水〉、赤の〈加熱〉、白の〈浄化〉を混ぜてみる。出力を調整して〈シャワー〉に洗浄泡を伴わせてみた。

 どうやらこれが目当てのようだが、これをなにに使おうというのだろうか。


「南方の国に〈泡風呂〉というのがあるんだって。全身を洗えるし、ふわふわもこもこで楽しいんだってさ!」

 それなら女性陣でも作れるのではないか、と思ったが、三色以上の魔力は衝突する可能性があることを失念していた。


 浴場の〈シャワー〉も青と赤の魔法で生み出されている以上、白を混ぜることはできない。〈石鹸水〉も青と白との産物だからこれを温めることができない。

 南方であれば水自体が温かいはずだから、この〈泡風呂〉も〈湧き水〉と〈浄化〉の調整だけで生み出せるのだろう。

 そうではあるのだが、“虹の勇者”ならば、三つ以上の魔力を重ね合わせられるのだった。


「なんか〈シャワー〉から泡がたっぷり出ているんだけど」

「あっ、それそれ! こっちに向けて放出してくれないかな?」


 バートランドはスキルトの声へ向けて、今完成させたばかりの〈泡風呂〉の魔法を放出した。


「あっ、来た来た! うわあ、こんなに泡が出てくるんだ! 気っ持ちいい〜! タリッサ、これで体を洗おうよ。ラナもクラウフォーゼも、早くこっちへ来なよ!」

「温かい〈石鹸水〉なんて神殿でも見たことがありませんわ」

「皇室にもこれはないな」

「それじゃあ皆で洗いっこね!」


 その言葉にバートランドが声を上げた。

「こっちは体を洗い終えているから、お湯に浸かりたいんだけどなあ」

「女性の頼みをむやみに断るものじゃなくてよ、バート」


 こういうときだけ女性扱いを要求するスキルトだったが、バートランドの性格を熟知しているのだろう。彼は渋々〈泡風呂〉の魔法の放出に専念した。


「うわ〜! お肌すっべすべ! 泡がもっこもこ! 気っ持ちいい〜!」

「これは便利な魔法だな。お湯に浸からなくても疲れが癒やせる」

 さっきから女性陣の声だけが返ってくる。いつまで〈泡風呂〉を出し続けなければならないのだろうか。


「皆、ちゃんと体を洗い終えたよね? じゃあバート、〈シャワー〉出してよ!」


 調子に乗ったスキルトは失念しているようだ。

「〈シャワー〉くらい、スキルトとタリッサで出せるだろう! 僕は湯船に浸かるからさ。いいかげん温まらないと風邪をひきそうだよ」


「あ、それもそうか。じゃあ皆集まって〜。タリッサ、〈湧き水〉をお願いね。私が〈加熱〉で温めるからさ」

「〈お湯〉とは出力が異なるから、調整してから浴びたほうがいいよ」

 ひと声かけたバートランドは体が冷めないよう、急いで湯船に飛び込んだ。




 風呂からあがったバートランドはタオルで体を拭って素早く着替え、浴場の前で待つ女性陣と合流した。


「バートも〈泡風呂〉を浴びたらよかったのに。すっごく気持ちいいんだから!」

 にこやかな表情で告げたスキルトはとても満足げだった。


「これからは毎日〈泡風呂〉に入り放題だよね! 一日の疲れは〈泡風呂〉で落とすに限る!」

「異議な〜し!」

 タリッサも調子を合わせている。

 〈泡風呂〉ってそんなによいものなのだろうか。それなら湯上がりに試してみるべきだったか。バートランドは少し惜しくなったが、どうせ発動するのは自分なのだから、いつでも試せるなとわかると苦笑いを浮かべた。


「皇室や神殿にも〈泡風呂〉はないのかい?」

「水を薪でお湯にして、その温度を調整してから〈浄化〉をかけることになりますわね。あまりに効率がよろしくないので、この国では〈泡風呂〉はございませんわ」

 クラウフォーゼがバートランドの疑問に答えた。


 となれば地域特性にもよるが、やはり“虹の勇者”でないと〈泡風呂〉は作れないことになるのだが。

 水量も火力も浄化レベルも。三つの出力を自在に調整できるのも“虹の魔力”を有する“虹の勇者”だからこそだろう。


 三色の出力調整の練習にももってこいだから、毎日使うのもやぶさかでない。なにより女性陣の喜びようが感じられると、“虹の勇者”としての矜持が保てる。

 しょせん“虹の勇者”は世界への奉仕者であって、個人の意向を優先させるわけにはいかないのだった。


「でも〈泡風呂〉って環境破壊にならないのかな? きちんと自然に返るんだろうか?」

 バートランドの疑問にクラウフォーゼが即答した。


「だいじょうぶですわ。〈浄化〉の魔法は自然界にきちんと還元されて、土壌を汚染致しませんから。〈石鹸水〉は対象を殺菌しますが、ある程度時間が経てば勝手に分解されてただの青と白の魔力だけが残るのです。そうすればあとは自然に溶けていくだけですわ」

「無害だということは、遺跡探索でも役に立ちそうだな。出力と特性を変えれば、同じ魔力でも生み出される魔法は多岐にわたるはず。さすればさらに実用的な魔法も生み出せるだろう」

 ラナがクラウフォーゼの言葉を解した。


「精進しなきゃってことだよなあ。そもそも“終末の日”を止めるために、どんな魔法が必要となるのか。誰も知らないから、僕が試行錯誤で生み出すほかないんだよな」


 “虹の勇者”として自由な裁量を与えられるのだが、あまりに自由すぎて、なにをしてよいのか迷ってしまうのだ。

 なにか導いてくれる存在を必要としている状態だ。



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