第21話 終末思想家

 “虹の勇者”の伝説は、学園のカリキュラムに組み込まれており、学園で知らぬ者はいなかった。

 だが、それがバートランドであることを素直に受け入れられない者が多いのも事実だ。

 実際、複数の魔法を同時発動できるようになり、多少は見直されもしたがやっかむ声はなかなかやまないものだ。


「伝説では世界を救う勇者つまり救世主とされているが、実際どのようにして世界を救うことになるのかは伝承にも存在しない。なにより生きて帰った“虹の勇者”がおらんのだからな」

 学園長は伝説について言及する。


 しかし“姫騎士”ラナが不審に思ったようだ。

「ではあのアイテムは誰があそこに安置したのだ? 誰かが仕組まなければ存在するはずもないのだが」


「おそらく“虹の勇者”の従者だろうな。ラナ様のおっしゃりたいこともわからないではない。“虹の勇者”にしかわからない暗号によって隠されているのであれば、隠したのも“虹の勇者”である可能性もある。しかし、“虹の勇者”が凱旋した記録はいっさいないのだ」


「ということは、バートランドも世界を救うと同時にこの世界から消えてしまう、ということでしょうか?」

 疑問を素直にぶつける“才女”タリッサに、“魔女”スキルトが学園長へ詰め寄る。

「バートが死んじゃうってこと?」


「いや、死ぬかどうかもわからんのだ。記録がないだけで、世界の一隅で生き残った可能性も否定はできない。ただ、あまり期待はせぬほうがよかろう。“終末の日”に立ち向かっていって、結果としてバートランドくんが生き残れば儲けもの、という心の持ちようのほうがプレッシャーもかからんだろうからな」


「ずいぶんと簡単に言うのだな。バートランドもひとりの人間であることに変わりはない。彼ひとり救えずになんの“救世主”か」

 ラナが吐き捨てるように述べた。

「バートランド様が複数属性魔法の同時発動ができる、というのも“虹の勇者”の条件なのでしょうか?」

「それが条件かどうかもわからないな、クラウフォーゼ嬢。神殿での“虹の勇者”の扱いは心得ていよう」


「人々だけでも生きとし生けるものたちだけでもなく、“世界そのものを救う存在”、ですか……」


「ああ、そのためにはたったひとりの犠牲は許容範囲なのだ。それで世界そのものが保たれるというのなら、われわれはためらわず“虹の勇者”を育てて“終末の日”に当たらせるのみ」

 学園長を見ていた皆の視線がバートランドに向かう。明らかに気遣わしげだ。


「僕としては自ら死を選ぶつもりはありません。必ず生きて帰ろうと思っております。たとえそれが叶わないとしても、それまで全力で生き抜いて、憂いを残さないよう過ごしたいと存じます」

「バートランド様。“虹の勇者”を補佐するのがわたくしたち従者の務めです。わたくしたちが足を引っ張るのではなく、お力添えができればきっと生還できると信じております。帰還したためしがないとはいえ、類例自体少ないのですから」

 クラウフォーゼはあえて感情の抑揚を抑えて言葉を紡いだ。感情的になっても、彼は納得できないだろう。淡々と、理詰めで語るからこそ、強い説得力を持つのだ。


「なるほど。僕だけの力でどうこうしない。というのも、生還するための条件になりそうだね」

 口元をわずかに上げて自嘲ぎみに答えた。


「では、なぜ授業で他の生徒にそのことを教えないのでしょうか? そうすればバートランドは学友から蔑まれることもなかったはずです」

 青い短髪を振りまいたタリッサの偽らざる気持ちだ。


「もしこの事実を知られてしまえば、誰が“虹の勇者”になろうと思うだろうか。“終末の日”が来れば身命を賭して立ち向かわなければならない。そして生きて帰ってくることはない。それでも、われこそ“虹の勇者”と名乗り出てくる者がいると思うか?」

 学園長が抑制ぎみに語る。


 祈るような気持ちで、タリッサは豊かな金髪の“聖女”クラウフォーゼを見た。彼女は静かに首を左右に振る。

「残念ですが、それは事実です。“虹の勇者”に背負わされた重荷は、だからこそ人々に忌避されるのです。もし真実が知られたら、“虹の勇者”と名乗り出る者など皆無となります」


 クラウフォーゼはバートランドに顔を向けながら続けた。

「だから“虹の勇者”には特権がある、という噂を撒くのです。その中から真の“虹の勇者”を見つけ出したほうが効率が良いのですから。ですが自称“虹の勇者”から複数の魔法適性を持つ“虹の魔力”使いかどうかを確認しても、なかなか見つからない、ということでもあるのです」


 特権ありと見せて適性のありそうな若者たちを集め、その中から本物を探せばいい。確かにそのほうが効率よく見つけ出す秘訣でもあるのだろう。


 ラナがかるく挙手した。

「バートランドが真の“虹の勇者”であることを公言してはどうだろうか。学生たちのやっかみは、大半が収まると思うのだが。どうせ数百年にひとりしか現れないのであれば、バートランドの代わりなど存在するとも思えぬからな」


「その意見も確かにある。学園全体で“虹の勇者”バートランドを援護できれば、より確実に“終末の日”に立ち向かえるだろう。ただ……」

「ただ?」


 学園長が表情を改めた。

「君たちは“終末思想家”という存在を知っているかな?」

「“終末思想家”……ですか? 私は知りませんけど」

「あたしも」

 タリッサの次にスキルトが答えた。バートランドも初めて聞く単語だ。


「“終末の日”は創造主たる神の思し召しなのだから、抗うことなく世界は滅びるべきだ。そう主張する者たちのことだ」

「抗うことなく滅びるべき……」

 バートランドが初めて知る主張であった。


「“終末の日”自体、一般人は知らないはずだからな。“終末思想家”もおおかた当学園出身の跳ね返り者だろうとは思うのだがな」

「だから表立って活動することはなく、辺境で終末思想を流布するにとどまってはいるのだ」

 ラナが後を継ぐ。

「今はまだ辺境の変わり者扱いだが、“終末の日”が近づき世界に異変が生じたとき、どれだけの民衆がなびくのか。あまり考えたくはないのだがな」


「考えなければ存在しなくなるのであればそうしてもよかろう。だが、“虹の勇者”は“終末の日”で世界を救う力量が求められるから、終末思想に染まることもないとは思うが」

「僕が終末思想にかぶれたら、世界は滅びる他ないわけですね」

「まあそういうことになろうな」

 バートランドも学園長も思わず自嘲した。



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