第20話 虹の魔法と探索者

「“終末の日”が実際訪れたのかどうか。知る者はひとりとしていない。だが、“虹の勇者”が現れたということは、幾度目かの“終末の日”へ向けて世界が進んでいることは確かだ」


 どうにも理屈に合わないことがないでもない。バートランドは素直に学園長へ尋ねた。

「もし“虹の勇者”が現れずに“終末の日”がやってきたらどうなるのでしょうか? “終末の日”に近づけば必ず“虹の勇者”が現れたとして、不慮の事故で活動できなくならないともかぎりませんよね?」


 手を組んだ学園長はうむとひと言発した。


「そのためにこの学園が存在するのだ。“虹の勇者”候補が見つけ出せなかった場合、それぞれの魔法使いが団結して当たらなければならないだろう。それもひとつやふたつでは足りない。すでに卒業している先遣隊は、世界各地へ出向いて“終末の日”を回避するべく活動しておる」


「ということは、学園で各色を混成したパーティーを組ませているのは、伝説の“虹の勇者”の代わりにという思惑なのでしょうか?」

 そう考えれば納得できる話だ。“虹の勇者”が操る“虹の魔法”とは、詰まるところ各色の組み合わせに尽きる。


「もしバートランドくんに“虹の魔法”使いの適性が見いだせなかったら、わが学園の生徒たちをすべて動員してでも世界を救わなければならなかっただろう」

「それだけ、僕の存在自体が稀少ということですか。これはうかつに戦って死ぬわけにもいきませんね」


「バートランドは殺させん。私やクラウフォーゼが全力をあげてそれを阻止する。私たちの代わりはいても、バートランドの代わりは存在しないのだからな」

「もし僕が戦死したら、新たな“虹の勇者”が生まれる可能性はありませんか?」


 学園長はしばし考え込んだ。

「この世界の仕組みからすれば、おそらくそのとおりだろう。しかし今から鍛えても今の君くらいの使い手になるためには、同じくらいの時間がかかってしまう。それでは“終末の日”には間に合わないはずだ」

「その場合は、この世界が混沌に帰して、何者かがまたこの世界を生み出すまで混沌は続くだろう」

 ラナが当然だというような口ぶりだ。


「ぞっとしますね。世界が崩壊しようとしているのに見ていることしかできないだなんて」

「だから、バートランドくんには“終末の日”を回避するために尽力してもらわねば困る。あのアイテムの真価を発揮するのは“虹の勇者”しかいない。他の者がいくら試しても、なにも発動できないし、なにも起こらないだろう。だが、学園の体制として、未確認のアイテムをそのままパーティーへ委ねるわけにもいかんのだ」


「それでは、今行なわれている鑑定でもなにも出ないのでしょうか?」

 クラウフォーゼが口を挟んだ。

「ああ、おそらくは。だから、今の鑑定が済んだらそのままバートランドが所有するとよかろう。あのアイテムはおそらく“虹の勇者”を導くためのものだからな」




 “虹の勇者”の代役となるパーティーであっても、混ぜられる色にも限度がある。基本的に三つの色を混ぜるのは“虹の魔法”使い以外にはなしえないとされている。

「“虹の勇者”は青、赤、緑、白の四色をすべて混ぜた魔法が使えるという。しかしどんなに息の合ったパーティーでも三色を混ぜることすらおぼつかない。“虹の勇者”が伝説と呼ばれるゆえんだろう」


「ということは、僕も四色を同時発動できる、ということでもありますよね?」

「それは否定しない。もしかしたら魔族の用いる黒の魔法も含めた五色を同時発動できる可能性もある。そこで再びこれを見てほしい」


 学園長は紋章の描かれた紙に目を転じた。皆がそれに倣う。

「この五芒星には五つの頂点に色が塗ってある。上が緑、右が赤、左が青、左下が白で、右下が黒。これはそれぞれの魔法使いを意味しているのではないか。この配置をよくよく憶えておくことだ。きっと役に立つだろう」

 この配置がなにを意味しているのか、今の段階ではわからない。しかし、必ずなにかの役に立つ、ともバートランドに思わせるものもある。


「あと、注意してほしいのだが」

 学園長が改まって話を始めた。

「なんでも“虹の勇者”が解決するようなことは避けたほうがよい。肝心のときになにもできなくなるおそれがあるからな」


「え? バートに任せちゃ駄目なの?」

「スキルト、話し方に注意して!」

 タリッサがたしなめた。

「学園でパーティーを組ませて、主将に“軍師”としての教育をしているのはなぜかわかるかな、スキルト?」

「うーんと、効率よく戦うため?」


「そのとおり。主将が状況に応じて色の組み合わせを指示して効率よく戦うためだ。そして“虹の勇者”の力を温存するためでもある」

「いつか来る“五色の混合魔法”発動のタイミング。そこまで“虹の勇者”に万全な状態でいてもらうためだ」


「主将が楽をするためではないんですね」

 タリッサが意図に気づいたようだ。

「“軍師”はつねに冷静に、己の力を温存して機を見て一挙に反撃する。効果的に魔法を使えるように肝を据えるために教育しているのだ。だからパーティーの中で最も力量のある者を主将にしているのだ」


 パーティーの中で主将が“軍師”を兼ねるのは、“虹の勇者”を育成するための方便だったと言ってよいのだろう。もし“虹の勇者”にだけ“軍師”の教育をしたら、周りの生徒からえこひいきに見えるのだから。


「“軍師”の教育はバートランド様を温存するためなのですわね。“終末の日”とはそれほどまでに惨い状況なのですわ」

「生きとし生けるもの、すべてが死に絶え、混沌だけの世界となる」


 ここまで説明した学園長は改まった口調になる。


「実は各地に残る遺跡には、われわれの技術水準よりも遥かに高いものも存在するのだ。その文明はおそらく“終末の日”に滅んでいるのだろう。そして“虹の勇者”が現れるまで、世界は滅びと再生を繰り返していた可能性があるのだ」

「滅びと再生を繰り返していた……。それでは遺跡に残されていたあのアイテムは、いつ作られたものなのかもわからないということですよね?」

 バートランドが疑問を呈した。


「いや、おそらく前回つまり百年以上前のものだろう。“虹の勇者”の特異性を見出だしたのちでなければ、“虹の勇者”専用のアイテムなど作りようもないのだからな」


 言われてみればそのとおりだ。

 “虹の勇者”がいなければ、それ用のアイテムが存在しようもないのだから。



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