第三章 魔力の交わり

第17話 遺跡探索の基本

 魔法試験のトーナメント戦で優勝していつでも卒業できるようになったバートランドたちだったが、初めての遺跡探索で思わぬ足止めを食っていた。


「この紋章を探し出せ、か」

 バートランドは紙に書き写された紋章の絵を眺めている。

「神殿にも皇族にも伝えられていないってことは、正攻法では見つからないと言っているようなものだけど」


 彼の悩みは尽きないが、おそらく学園内でこれを見つけることはできないだろう。もしあったら誰もが気づくはずだからだ。

 同じ紋章を見ていたタリッサ、スキルト、ラナ、クラウフォーゼも溜息しか出てこない。


「遺跡にあったってことは、同じ紋章は遺跡にあると考えるのが妥当よね?」

 タリッサがバートランドに振り向いた。

「だとすれば、先遣隊が発見していていいはずだ。彼らは遺跡探索のプロだぞ。見逃しがあるとは思えないが」

 訝しむラナにスキルトが答える。

「でも先遣隊はあのアイテムを見つけられていないよね? ってことは今まで探してきた遺跡も、実はきちんと探索されていなかった可能性ってないの?」


「それは考えづらいですわ。曲がりなりにも先遣隊は遺跡探索の専門家。遺跡の構造を解明して隠し部屋の存在に気がつくのはお手のものと伺っております」

 クラウフォーゼは話を聞きながら思案していた。

「じゃああのアイテムはどうなの? 実際見つけられていないよね?


 バートランドが口を挟んだ。

「おそらく“隠し部屋でなかった”から見つけられなかったんだろうね」

「“隠し部屋でなかった”? バート、どういうこと?」


「あのアイテムって壁一枚隔てた場所にあっただろう? 部屋のような大きな空間じゃなかった。慣例どおり地図を書きながら探索していたのなら、あそこにアイテムが入った宝箱の収められているような空間があるとは気づかなかったんじゃないかな」


 遺跡探索の基本は、丁寧な地図作成と未踏部分の精査にある。たいていの場合、未踏部分にアイテムが隠されているからだ。

 先遣隊も当然地図を作成して探索していたはずだ。だからこそ、あそこには宝箱があるような空間を見いだせなかったのではないか。


「じゃあなんでバートランドはあの場所にアイテムがあるって気づいたのかな?」

 タリッサの疑問も不思議はない。

「うーん……、アイテムに導かれたとしか言いようがないんだよなあ」

 当のバートランド本人もそう考えるしかなかった。

「アイテムに導かれた、か。ということは“虹の勇者”関連のアイテムかもしれないってことよね」


「皆そう思うんだよね。でも“虹の魔力”持ちなら誰にでもわかりそうなものなんだよな」

「しかし記録の残る三名の“虹の勇者”は、それぞれ唯一の“虹の魔力”持ちだったことが証明されていますわ。ですから、きっとバートランド様は“虹の勇者”に最も近い方のはずですわね」


「そもそもなぜ“虹の勇者”が生まれてくるんだろう。過去の例からは“世界の破滅を救う”ために神様から能力を授けられた存在ってことになっているんだよね?」

 バートランドはクラウフォーゼに尋ねてみた。

「はい。神殿で学んだところではそうなっておりますわ。世界に危機が訪れるとき、神は“虹の勇者”を現世に遣わせる、と」


「そうなると今は世界が危機に見舞われていることになるんだけど。なにか異変は観測されているのかな?」

「表立って知らされている危機はありませんわね。神殿も各地で布教活動をしていますが、どこかで異変が起これば中央神殿に知らせが来るはずですから。ただ、どうやら導師様方はなにやら掴んでいるようではありますけれども……」


「ラナはどう思う? 世界の危機が迫っているのかどうか」

 ラナは腕を組んだままだ。

「皇族にも異変は伝えられていないようだ。だがこれから危機が訪れないとも限らない。“虹の勇者”の言い伝えを素直に受け取れば、これからなにかが起こる可能性が否定されるものでもないな」


 やはりそのあたりが問題なのだろうか。

 今は兆候がなくとも、見えないところで着々と世界の危機が近づいているのかもしれない。しかし、目に見えて兆候がないから、学生にも危機感は窺えない。

 “虹の魔力”を持つバートランドは単に「特別待遇」をされているいけ好かないヤツ、と思われても不思議はないのだ。そして学園では今のところそのような認識が広まっているように見受けられる。


「まあとりあえず、次の遺跡探索までは在校生の練習相手を務めようか。それが卒業生が彼らにしてやれる最後の仕事だからな」

 “姫騎士”ラナの言は正しい。すでに卒業が決まっている学生は、優勝できなかったパーティーの戦力底上げに協力するが常だ。

 バートランドたちも三年前の優勝パーティーからじきじきに戦い方を叩き込んでもらっていた。




 青の魔法を操るタリッサと緑の魔法を操るラナとともに“虹の魔法”のバートランドが前衛を務める。

 剣術に優れた前衛三人が相手パーティーの出鼻を挫いて一気に押し込んでいく。“姫騎士”ラナは剣術が巧みで腕前は学園で最も優れているが、バートランドも“虹の勇者”らしく彼女にはない筋力を活かした戦闘力を示していた。

 “才女”タリッサは優等生として剣術もそつなくこなす。この三人の前衛だけでも、他のパーティーとは一線を画している。相手の陣地へ着実に踏み込んでいき、どんどん圧迫を加えていく。


 クラウフォーゼは白の魔法〈鼓舞〉を用いて前衛の彼らをサポートするのだ。“聖女”の本領発揮というところである。前衛がさらに攻撃的となり、一気に前線を突破すると、チャンスを窺っていたスキルトが火の魔法〈火球〉を撃ち込んだ。彼女の本来の実力ならもっと盛大な威力を誇るだろうが、赤の導師から指摘された低出力の不安定さを改善している効果もあってか出力調整もなかなかさまになってきたようだ。


 気をよくしたのかスキルトは調子に乗って〈火球〉を連発する。

 さすが魔力量では火の魔法使い随一だけのことはある。しかし連発したことで魔力が飛び跳ねて暴発する気配が漂ってきた。

 それに気づいたタリッサとバートランドは、振り返って青の魔法をスキルトに撃ち込んで火の勢いを相殺した。


 そのスキを突いて、相手チームが押し返してくる。しかしラナが一瞥すると〈柳の鞭〉で牽制した。一瞬立ち止まったところへ、再度前を向いたタリッサとバートランドが敵陣深く切り込んでいく。


 バートランドは向かってくる〈火の矢〉を〈光の盾〉で受け止めると同時に〈水の矢〉を火の魔法使いへ撃ち込んだ。


 その場を見ていた者が皆、驚嘆の声をあげた。

 在校生には初めて見せる同時発動だが、声は次第に半ば諦めにも似た溜息へと変わっていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る