第16話 紋章の謎【第二章完】

 一週間後、部室で独習を続けていたバートランドを呼びに、先日の遺跡探索で案内人を務めた教員がやってきた。


「あのアイテムの鑑定結果が出たのだけど、詳細を聞きたいかしら」

「ぜひとも」

 バートランドは身を乗り出して答えた。

 どんなアイテムなのか。ただの筒なのか、もしかしたら魔法剣の一種なのか。


「それではパーティーのメンバーを集めて職員室へ来てください。とくに契約書に名を連ねているラナ様は欠かさないように。全員が揃ったのを確認してから、青の導師様が鑑定結果を教えてくださるわ。伝えましたからね」

 ひとつ敬礼して教員は部室を出ていった。


 さて、これから全員を集めなければならないわけだが、誰から集めようか。バートランドは思案した。

 ひとりで四人を探すのは効率が悪い。ひとりでも見つかれば手分けして探せるだろう。その考えを読んだかのように、クラウフォーゼが部室に現れた。


「バートランド様、なにかおありのようですね。あ、そういえば本日がアイテム鑑定の期日でしたわね。これから職員室へおいでになりますか?」

「ああ、そうなんだ。これから全員を集めないといけなくてね。ラナが欠かせないらしいから、僕は彼女を探してくる。クラウフォーゼはタリッサとスキルトを連れてきてくれないかな?」


「かしこまりました。ラナ様はじきにやってくると存じますが、こちらから探される場合は西の階段をお使いください。すれ違わずに済むはずです。とりあえず黒板に“ここに集合”と書き置きしておきましょう。あのアイテムはきっと“虹の勇者”と関係があるとにらんでおりました」

 バートランドはつい彼女の瞳に視点を合わせてしまった。

「君でもそう思うのかい?」


「さようでございます。神殿の図書館であの紋章を探したのですが、同じものは見つからなかったのです。禁呪である可能性もありますが、あのアイテムをバートランド様だけが見つけられたということは“虹の勇者”にゆかりがあると考えるのが妥当だと存じますわ」

 当然の帰結か。

「図書館に類例がなかったということは、失われた魔法なのか“虹の勇者”絡みなのか。いずれにしても結果がわかったようですので、逸早くふたりを集めてきますわ」

 書き置きをクラウフォーゼに頼むと、彼は廊下を出て緑の魔法の教室へと歩んでいった。


 西の階段を降りていき、緑の魔法の教室へ向かおうとしていたところで、教室を出てきたラナがこちらに気づいた。

 長い緑の髪が風を切りながら近づいてきた。


「バートランド、なにか用か? これから部室へ向かうところだが」

「ちょうどよかった。鑑定に出していたアイテムの調査結果が出たらしいんだ。これからそれを聞きに行くところなんだけど、“委託許可証”にサインしたラナが不可欠でね。僕が迎えに来たってわけ」

「そうか、珍しい。いつもどおりクラウフォーゼを遣わせれば済んだのにな」

 確かにそのとおりではあるのだが、バートランドはあのアイテムの素性を一刻も早く知りたかった。


「まあ僕と君が揃わないと意味がないからね。たまには一緒に部室へ行こうか」

「他の皆は?」

「クラウフォーゼが呼びに行ったよ。部室の黒板にも書き置きしてあるらしいから、すれ違わずに揃うはずだよ」

「クラウフォーゼらしいな」

 フッと一瞬軽く笑ったラナは、表情を改めた。

「それではさっそく戻って職員室に向かうとしよう。“虹の勇者”関連のアイテムの可能性もあるからな」

 その言葉にバートランドは立ち止まった。


「ラナもそう思うんだね。あれが“虹の勇者”由来のものだと」

 硬い表情のままラナは淡々としていた。

「上帝陛下にあの紋章を書いてお見せしたのだが、まったくなんの図形なのか存じ上げなかったそうだ。もちろんなにがしかの意味が込められているのだろうが、それがわかるのは“虹の勇者”だけだろう、と」

「まいったな。上帝陛下にまで知られているとは」


「“虹の魔力”を持つ者はすべて皇帝陛下に報告されるからな。すでに皇族の間では有名人だぞ」

 その言葉に冷や汗が出た。

 道理で“虹の勇者”候補というだけで特別扱いされてきたわけだ。一国の頂点に君臨する人物からじきじきの配慮を申し渡されていたのだから。


「複数の適性である“虹の魔法”使いだから“虹の勇者”だ、なんて思われていないですよね」

「過去“虹の勇者”は三度出現しているそうだ。“虹の魔法”を操る人物も三名にとどまっている。つまり理屈では“虹の魔法”使いイコール“虹の勇者”ということになる」

「あれ? 確か以前導師様が“虹の魔力”を持つ者がすべて“虹の勇者”じゃないって言ってなかったか?」

「あれは一般人に向けた方便だ。ああでも言わないと『われこそ虹の勇者』と名乗り出る人物が爆発的に増えてしまうからな。“虹の魔力”を持つことが特別だから自分も特別扱いしろ、という者だらけになりかねん」

 話し合いながら部室までたどり着くと、程なくしてクラウフォーゼとふたりがやってきた。




「このアイテムはなにを目的にしているのかさっぱりわからないんだ」

 鑑定士の資格を持つ青の導師が淡々と説明を開始した。


「呪われたアイテムでないことは判明しているので、各々の導師がさまざまな魔法を使ってみたのだが、魔力を吸い取られるだけでいっさいの魔法が発現しなかった、と報告を受けている。ただのガラクタなのか、やはり魔力を吸われるアイテムということなのか。今のところ真偽は不明だ」

 ということはほとんどなにもわからなかったに等しい。

 仮に鑑定に出さなくても、パーティーで使い回せば判明したような事実だけなのだから。


「もう少し私たちに託してもらえれば、アイテムの性質をいくらかでも調べられるとは思うのだが。どうする?」

 まったく素性がわからないものは“虹の勇者”候補に持たせられないはずだ。

「かしこまりました。それではもう一週間お預け致します」

 青の導師が大きく頷いた。

「よかろう。それでは“貸与許可証”にサインするように」

 以前書いたものと同じなので、スラスラとサインを書いておく。やはりラナがその下にサインを添えた。皇族との契約なので、違えることは許されない。


「それと、これを渡しておこう」

 青の導師は机の上から五枚の紙を取り出した。それをバートランドたちが一枚ずつ受け取る。


「アイテムに書かれていた紋章だ。あの遺跡の奥の間にも同じ紋章があったのだな、バートランド」

 彼の返答を待たずに言葉を続ける。


「これから模擬戦をこなしながらこの紋章を調べてくれ。他の遺跡に同じものが存在する可能性もある。先遣隊にはすでに伝えてあるので、そちらから報告があるかもしれない。そのときは君たちにも探索してもらいたい」



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