第8話 同時発動の行き着く先は【第一章完】

 おそらく卒業への最終試験である「低出力魔法の持続と切り替え」について集中的に時間をとることにした。とくに時間が惜しいバートランドとスキルトは授業を休んで、それぞれの特訓に励んでいた。

「まあ卒業する方針は決まってるようだから、ここで一時期授業を休んでも問題なかろう」

 とはラナの弁である。


 スキルトはバートランドが赤の魔法の複数同時発動を見て「すごい! 自分でやれたらさらにすごいはず!」と躍起になっている。

 魔力の使用にムラがあるので、すぐにできるわけではないが、同時発動の「カッコよさ」に惚れてしまい、老師の授業でクラスメートの鼻を明かしたいと企んでいるようだ。


 彼女は左手に〈たいまつ〉の魔法を灯したまま、右手で〈火の矢〉を同時に発動させようと躍起になっていた。

 しかし「カッコよさ」を意識しすぎて雑念が入りまくっていることに気づいていない。


「ねえバート。コツってないの? 複数魔法の同時発動の」


 バートランドは白の〈集中〉を維持しながら青、赤、緑、白とランダムに切り替えていく特訓をしていた。

 始めは〈集中〉をかけていたので気づかなかったのだが、スキルトからの質問に首をひねって考える。


「そうだなあ。魔力の上に魔力を載せるような感じかな」

「魔力の上に魔力を載せる? それってどういうこと?」


 コホンとひとつ咳払いしたバートランドが、言葉を選んでいる。

「まず〈たいまつ〉をかけ続けて、その状態を維持するんだ。そしてその上にもうひとつ魔力をかぶせるようにする。それが安定してできるようになったら、上の載っている魔力を使いたい魔法に変化させるんだ」


「うん、わかんない!」

 彼女はためらいもなかった。


「そろそろタリッサがラナとクラウフォーゼを連れてくるはずだ。そこまで待ってから続きをやろう。今は低出力の〈たいまつ〉の維持と移行だけを意識するんだ」

 スキルトは残念そうな顔をしているが、「カッコよさ」には勝てなかったらしい。

 すぐに〈たいまつ〉の持続と〈火の矢〉の交互発動に戻っていった。




「スキルト、バートランド、今戻った」

 “姫騎士”ラナがタリッサとクラウフォーゼを連れて部室へ戻ってきた。

「ねえねえ、バートがすんごいんだよ!」

 それまで真面目に〈たいまつ〉を維持してきたスキルトが三人に絡みついていく。


「なにがどうすごかったのかしら? わたくしがお聞きしてもだいじょうぶな内容でしょうか?」

 かるく戸惑いを覚えたようなクラウフォーゼが、バートランドを向いて困った顔をしている。

「複数魔法を同時に使ってみせただけなんだよ」

 苦笑いを浮かべつつ彼女に答えた。


「あたしたち、切り替えるのだけ考えていたけど、バートはふたつ同時に使ってみせたんだよ! すごいでしょ!」

 まだ興奮が冷めやらない様子のスキルトは皆の間を飛び交っている。


「そうですね。それではこれからふたつの魔法の同時発動を特訓してみましょうか。ラナ様、タリッサ、ちょっとやってみましょう。面白そうというだけでなく、同時発動できたらより高度に魔法を操れるようになれると思いますから」

「そんなに難しくはないと思うんだが。バートランド、コツはあるのか?」

 ラナならコツだけを聞いても再現できそうだから、ここは惜しまず話すべきか。


「まず魔力を集中させてひとつ目の魔法を発動するんだ。安定させてからその上にもうひとつの魔力の塊を載せて溜めていく。そしてじゅうぶんな大きさになったら発動させる。これだけだよ」

 説明を聞いていて疑問が浮かんだようだ。

「それは異なる色の話じゃないのか? 同じ色だと魔力が合わさってしまうと思うんだが」

 なるほど。言われてみれば一色の魔法使いとして同時発動を練習していたわけではなかった。


「じゃあ青の同時発動をやってみるよ」

 皆に見守られながら、左手で〈湧き水〉を放ちつつ、右手で〈水の矢〉は放ってみせる。

矢が土塁に当たって蒸発する。

「なるほど、確かに〈湧き水〉は途切れずに〈水の矢〉を放っているな」


「ラナが懸念するように、これは“虹の魔法”使いだからできるのかもしれない。でも一色の魔法使いでもできると僕は思うんだ。魔力が合わさらないところまで離して溜められたら」

「ちなみに緑の魔法でやったことはあるか?」

「いや、まだだよ。スキルトの前で赤、今皆の前で青をやっているから、後は緑と白の同時発動を見てもらえばいいわけだよね」


 そういうとバートランドは右手で花瓶の桜の枝を抜き取って〈生長〉の魔法をかける。すると花が散り、葉桜となり、葉も落ちてただの枝になる。そして蕾が膨らんでいった。それを確認しながら〈木の盾〉をさまざまな方向へ出したり消したりしてみせた。


「ほう、緑でもできるのか。じゃあ次はクラウフォーゼのために白を頼む」

 気前よく応じたバートランドは、〈昼白光〉を唱えながら〈光の盾〉を出したり消したりした。

「白でもできるのですわね。これはやりがいがありますわ」


 バートランドはひととおり見せ終わると、自らの課題を思い出した。異なる色の魔法を切れ目なく発動するのだ。


 複数の魔法適性を持つ者が使える“虹の魔力”とはなんなのか。その真相を知らないことには、属性の異なる魔法を適宜切り替えながら発動するのはまず無理だろう。

 だから初級魔法に絞ってさまざまな順序で切れ目なく色を変えていく特訓に勤しむことにした。


「うーん……これはなかなか難しいな。魔力が合わさりやすい。おそらくバートランドは異なる魔力を間に挟んでいるのではないか?」

 剣術と魔術の才があるラナからしても困難なようだ。


「いや、単純に同じ色を思い浮かべているよ。間になにも挟んでいないから」

 それを聞くと、再び特訓に戻っていった。


 “虹の魔力”とはどのようなものなのだろうか。青、赤、緑、白そして黒の五つの魔力の桶があり、それを適宜注いで引き出しているのだろうか。それともすべての色が混ざった魔力を意志によって特定の色彩にして使っているのだろうか。

 これを見極めないかぎり、他の色の魔法を瞬時に使い分けるのは難しいことこのうえない。


 とりあえずは“虹の魔力”を意志によって特定の色彩になるようなイメージで特訓しているのだが。実はそれぞれ違う桶に入っているのであれば、ただの時間の無駄となりかねない。

 魔法が立ち消えたり暴発したりと忙しないことこのうえないが、五人はそれぞれの課題をこなそうと技を磨き続けた。



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