第二章 遺跡探索へ
第9話 スキルトの目指すもの
魔法試験でのトーナメント戦を勝ち抜いて優勝を果たしたバートランドのパーティー。だったのだが、まだ学園側から卒業の許可が下りていない。やはり低出力の安定使用が条件のようだった。
特訓を始めてから一週間続けているのだが、スキルトがなかなか安定しない。赤の魔法使いとしては魔力量が最も高く、彼女が安定するだけで攻撃力は
しかし感情の起伏が激しくムラっけのあるスキルトに忍耐を憶えさせるのは至難の業に近い。
「ねえスキルト、もうちょっと感情を抑えめにできないかな? そうすれば魔力も安定すると思うんだけど」
青の短髪をした親友のタリッサが声をかけた。スキルトはこれにすぐ反応する。
「でもさ、嬉しいときには笑いたいし、悲しいときには泣きたいし。嫌なことがあったら怒りたいじゃん。感情があるから人間なんだよ? 抑えめになんてしたら動物になれっていうの、タリッサ?」
ボーイッシュなタリッサが首を左右に振った。
「確かに感情が豊かだから人間には知性があると言われているわ。でもね。感情に振り回されたら野獣になってしまうの。野獣は動物の中でも最も下劣だわ。なまじ感情があるだけに手に負えないのよ」
スキルトは口を尖らせ頬を膨らませていつものように不平を鳴らした。
「ええ〜。だってさあ、あたしは人間だよ。人間がどんなに頑張ったって野獣にはなれないじゃん? それならやっぱり感情が豊かなほうが人間らしいよ。ねえバート?」
問われたバートランドは頭を掻いている。
「僕もタリッサと同意見かな。スキルトは感情のままに動くところがあるよね。まるで風に煽られた炎のようなものだ。それがスキルトらしさでもあるけど、いつも偽らざる気持ちでいたいのも、赤の魔力の為せる技かもしれない。でも内なる力をきちんと制御する手段も持つべきだと思うよ」
「ずいぶんと簡単に言うんだ、バートって……」
当の“虹の魔法”使いバートランドも複数の異なる属性の魔法を操るのは、かつてない経験だった。たとえるなら、右手と左手で同時に異なる文字を書くようなもの。これまでとは頭の使い方を変えないと、初級の低出力魔法すら途切れがちだ。それまでにないほどの集中力が必要とされている。
「実のところ、僕もうまくはいっていないんだよ。複数の属性を同時発動するのは、頭で理解するだけならいつでもできる。でも内なる力と対話して引き出さないと駄目かなと思っているんだ。頭でわかっていても実行するのは難しい」
右手で白の〈集中〉をかけながら左手で赤の〈たいまつ〉を灯してみせる。
「一週間やってなんとかこれは確実にできるようになったんだけど、〈たいまつ〉を〈湧き水〉に変えようとすると……」
明かりが消えて、数瞬のちに水が湧出された。
「ありゃりゃ、バート駄目駄目じゃん! 私だって〈たいまつ〉と〈火の矢〉の切り替えくらいできるよ? バートって案外才能ないんだね」
椅子の上に立ち上がって胸を反らせたスキルトが勝ち誇っている。
「あのねスキルト。バートランドは異なる属性の魔法を切り替えようとしているの。だから、同じ属性の魔法を使うぶんにはすでにできていると思うんだけど」
スキルトはポーズを変えずに首だけタリッサに向けた。
「そなの?」
「そうよね、バートランド?」
問われたもののバートランドは答えに窮した。
「実は、同じ系統の切り替えは特訓していないんだ。だからスキルトの参考になるかどうかまではちょっと自信がないかな」
赤の魔法は制御が難しい、という定説があるのは知っている。彼も赤の魔法には若干苦労していたから、スキルトをたしなめるにしても説得力に欠けてしまうのだ。
「じゃあバートが手本を見せてよ。それを目標にするからさ」
黙ったまままぶたを半分閉じて流し目を送ってくるスキルトに根負けした。
「わかったよ。えっと〈たいまつ〉と〈火の矢〉だよね?」
バートランドはふたりから距離をおいて立ち、まず左手で〈たいまつ〉を灯し、それを維持したまま右手で〈火の壁〉を発してから〈火の矢〉を放とうとした。
「ちょっ、ちょっと待って! ふたつ同時にやるの!? 同時発動したまま切り替えようなんてことないよね?」
赤の魔法使いの言葉に意外そうな表情を浮かべるバートランドは、さも当たり前のように告げる。
「僕は“虹の魔法”を使わないといけないからさ。同時発動したうえでできるように特訓しているんだよ」
少しむくれたような顔をしているスキルトへ見せつけるように。左手で〈たいまつ〉を灯したまま、右手の〈火の壁〉を〈火の矢〉に変更して土塁に突き刺した。
うまく決まったことを確認してから、スキルトを見やった。
「まあ赤の専門家じゃないから、まだこの程度しかできないんだけど。もう少しスムーズにこなせないと実戦には向かないかな」
愕然としていたスキルトが表情を崩してバートランドに食いついてきた。
「バート! 今の教えて! あたしも同時発動からの変更やりたい!」
興味が勝るスキルトをタリッサがたしなめる。
「ちょっと待って、スキルト! あんな芸当、ただの魔法使いにできるはずがないじゃない。今までの授業で同時発動自体を習っていないでしょう? これってきっと“虹の勇者”の特権よ」
ブンブンとスキルトが首を左右に振った。
「あたし、絶対これやりたい! 普通の魔法使いにできないのなら、ひとり目になってやろうじゃないの!」
この意気込みがあれば、赤の魔力の抑制に協力してくれるかもしれない。
「難しいかもしれないけど、挑戦するだけしてみようか。タリッサもラナとクラウフォーゼを連れてきてくれないかな。すでに低出力の維持をマスターしている三人なら、同時発動もそれほど難しくはないはずだからさ」
バーラトンドは急いでふたりを呼びに行かせた。
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