第7話 課題の真意は

 魔法試験で優勝したパーティーには特別な任務を与えられる。それを達成すれば晴れて一人前の遺跡探索者となって、いつでも学園を卒業できるのだ。

 此度優勝したバートランドたちだったが、とうぶんの間任務はお預けとなっている。赤の導師が彼らに試練を課したからだ。

 それが実を結ぶまでは一人前のパーティーと認められないとの見方が導師たちの大勢を占めていた。


「“あの”バートランドにそんな弱点があったとはな」

「なに、若さゆえの過ちじゃよ」

 赤の導師はなにごともなかったかのように告げた。

「しかし、今から特訓させて“終末の日”に間に合うのか?」

 白の導師である神官長はやや焦りを禁じえない。なにせその日が近づいていることが異変の兆候として報告されているからだ。まだ「それらしい」ことしか起きていないが、それまでなにもなかったのだから、それでも一大事には違いない。


「なに、いくらすぐれた魔力の持ち主であっても、それを効率よく使えねば“虹の勇者”とその従者は務まらんよ」

「救世主伝説なんて眉唾ものではないのか? いくら“虹の魔法”使いが現れたからといって、必ずしも世界が崩壊するともかぎらないのだからな」

 赤の導師の言に青の導師が疑問を呈した。

「それもそうではございますが……。本校が創設されたのも、百年以上も前に世界が危機に瀕したからです。あのときは“虹の魔法”使いを探すのに手間取り、やっと見つけたと思ったら魔法を使いこなせず。なんとか任務は達成されましたが、それまでの犠牲が多すぎました。“虹の魔法”使いが完璧であれば、世界への悪影響は最小限に抑えられるでしょうから」

 緑の導師が答えた。


 沈鬱な雰囲気を赤の導師が破った。


「なに、極大魔法を使えるところまでは仕込んだのじゃ。あとは基礎のたいせつさに立ち返りさえすれば、なんとかなるじゃろう。あの五人であれば」

「そうだ、皇女のラナ様もいるし、“聖女”と謳われるクラウフォーゼ嬢もいる。少なくともふたりの逸材は揃っているのだ。後は青と赤、それに肝心の“虹の勇者”次第でしょう」

 学園長の言葉に一同首肯すると、合議は散会となった。




「でも、なんで極大魔法の特訓が初歩の低出力なんだろ? あたしなら〈爆炎〉を広範囲にかけて一気に制圧するのが得策だと思うんだけどな」

 スキルトの感想に、ラナが〈生長〉をかけ続けながら異論を唱えた。

「いや、それでは長期戦になったときが怖い。極大魔法を持ちこたえられたら、こちらには打つ手がなくなってしまいかねん。とくに私たちはなまじ魔力が高いから、かえって極大魔法に偏り、長期戦になるほど不利は免れん」

「そっかな〜。やっぱり戦いは先手必勝だと思うんだけど」


 これだけ愚痴を続けるということは……。

「スキルト、もう少し集中してよね。飽きてくるのはわかるんだけど、これも赤の導師様から命じられた課題でしょう?」

 タリッサがたしなめた。

「ううう〜。ねえバート、もういいよね?」

 彼に救いを求める。しかし今日は魔力もたんまりとたまっているはずだ。


「そもそもスキルトの特訓に付き合って、僕たちも低出力魔法を出し続けているんじゃないか。これも君のためだよ」

 バートランドがスキルトへ優しげに声をかけた。

「ううう〜。面白くない! なんか競争しようよ。誰が真っ先に音をあげるか、とか」

「スキルト、あなたが一番に脱落しそうですわ。それでも競争なさろうとおっしゃいますか?」

 クラウフォーゼはいつもの微笑みを浮かべて彼女のご機嫌を窺っている。


「そうですわねえ。バートランド様、低出力だけを出し続けるのも効率が悪いように思いますわ」

 その言葉に疑問符が浮かんだ。

「効率が悪い、か。たとえばどういう理屈が考えられるかな?」


「実戦では低出力魔法をかけ続けるなんてまずありえません。低出力でも種類を変えて、瞬時に使い分けられれば、より実戦向きだと存じますが」

「言われてみれば……。実戦で〈たいまつ〉や〈湧き水〉なんて魔力が尽きるまで続けて使うことなんてまず想定できないか」

 ではどうすればより実戦に即した特訓ができるのだろうか。


「たとえば、ですが。低出力でもそれぞれに複数の魔法がありますよね。出力を安定させながらそれらを切り替えていったら。そうすればより実戦に近いと存じますが」

 クラウフォーゼの案にも聞くべき点が多い。


「そうだよなあ。でも赤の導師様からの課題はどうなるんだろう? 低出力を安定させよ、とのことだったから」

「それなら問題ないと思いますわ。低出力自体は変えず、発動する魔法を差し替えるだけですから」


「クラウフォーゼの言うとおり。低出力魔法をスムーズに入れ替えられる能力も、あって困るものではない」

 ラナは手にしている桜の枝を伸ばしたり縮めたりしている。なるほど。低出力は維持したまま魔法だけを差し替えるわけか。

「タリッサはできそうかい?」

 青い短髪は縦に振られた。

「私はだいじょうぶ、だと思う。ちょっとやってみるね」


 〈湧き水〉を排水溝に流し続けていたが、それを途切れさせて〈水の矢〉を放ち、再び〈湧き水〉に戻している。

「確かに低出力を維持したまま魔法だけを差し替えられるってことか」


「おそらく、ですが、赤の導師様は単に低出力を安定させろとおっしゃりたかったわけではないと存じます。魔法のスムーズな切り替えもマスターしなさい、という意図があるように感じます」


 魔力の出力を保ったまま別の魔法に差し替える。


「おそらくタリッサ、スキルト、ラナ、クラウフォーゼならそれだけでもじゅうぶん底上げできるだろうね。問題は僕本人。複数の種類を混ぜた“虹の魔法”を安定して瞬時に切り替えられるかどうか。これは思ったよりも難事だ。赤を出しながら青を出すことはできる。しかしそのままで赤を白へ瞬時に切り替えられるかどうか」


 そもそも彼の魔力の源は同じなのだろうか。赤も青も緑も白も。まったく同じ魔力の源を使っているのならやってやれないことはないはずだ。もしそれぞれに魔力の源が異なっているのなら、低出力であろうとも切り替え時にどうしてもいったん魔力が途切れざるをえない。


 もしかして、赤の導師はそのあたりをバートランドに見極めさせるために、こんな特訓を課したのではないだろうか。

 そもそもひとつの魔力を極めた導師であっても、“虹の魔法”持ちでない以上どのような理屈でバートランドが複数の魔法を使い分けているのかも推測しかできないはずだ。


 つまり魔法学園でさまざまな魔法を教えられても、どのように使いこなすかは“虹の魔法”持ちが自ら見出さなければならないということでもある。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る