第6話 低出力こそ偉大な魔法
翌日、授業を終えたスキルトは低出力魔法である〈たいまつ〉を発動し続ける訓練をしていた。
「スキルト、あなた今さら〈たいまつ〉なんて初級魔法を習得しようというのかしら。ずいぶんと順序を履き違えていらっしゃるのね」
クラスメートの伯爵令嬢が嫌味を垂れてきた。
「これは老師からあたしへの課題なの。〈たいまつ〉さえ安定しないのに極大魔法の〈爆炎〉を使いこなせるかってね」
「それなら新入生はすぐにでも〈爆炎〉を使いこなせるんじゃなくて?」
スキルトは若干気分を害したようだが、あまり話し込まずに〈たいまつ〉の安定化へ集中する。
「まあ、導師様もなぜこんなつまらないことをご指示なさるのかしら。極大魔法は使い慣れる以外に安定させることなんてできるはずがないのですから。さあ、皆さん早く寮へ帰りましょう。それじゃあスキルト、せいぜい励むことね」
女子学生が毒のある言葉遣いをしているところへバートランドがやってきた。
「スキルト、これから特訓を始めるからそのまま部室へ向かうよ」
「あ、バート! わかった。ちょっと待ってて。今日の課題も持って帰らないといけないから」
それまで棘のある言葉を浴びせていた伯爵令嬢がバートランドの顔を見て態度を改めた。
「これは“虹の勇者”様、このようなところへ何用でしょうか」
「うちのパーティーで特訓がしたくてね。スキルトを呼びに来たんだ」
伯爵令嬢はしなを作ってバートランドの腕を掴んだ。
「あんな〈たいまつ〉女なんてなんの役にも立ちませんわ。わたくしも〈爆炎〉は扱えますし、暴発なんてしようと思ってもできるものでもないですわ」
言いたいことを言っているようだが、彼女の弁にも一理ある。スキルトは心ない言葉を気にすることなく〈たいまつ〉を燃やし続けた。
「ああ、赤の導師様から〈たいまつ〉の課題を与えられたの、スキルトだけじゃないんだ。僕も〈たいまつ〉を絶やさないよう保ち続けるよう言われているんだ」
その言葉どおり、バートランドも伯爵令嬢がすがりついていない右手で〈たいまつ〉を発動させてみた。
「バートランド様もでいらっしゃいますか? “虹の勇者”様にそのような初歩的な指摘をなさるなんて、導師様もなにをお考えなのかしら。わたくしにお任せいただければ、導師様へ直言してそのようなつまらない特訓はすぐにでもやめていただきますが?」
「ありがとうございます。でもこれは僕やスキルトも納得していることですから。他のタリッサやラナ、クラウフォーゼにも取り組んでもらおうと思っています。もしよかったら、これを機に皆さんも特訓してみてはいかがでしょうか」
「お待たせ、バート。それじゃあ皆のところへ行きましょう!」
右手で〈たいまつ〉の魔法を灯したまま、スキルトは左手に教材を持っている。
「それじゃあ皆、お勤めご苦労! さっ、バートも早くしなよ」
促されたバートランドも両手で〈たいまつ〉の魔法を発現させた。そして呆気にとられた伯爵令嬢たちを置いてふたりは講義場を後にした。
「バート、これから皆で初級魔法の再特訓だよね?」
学園内には各パーティーが活動の拠点とする部室が多数存在する。“虹の勇者”の候補であるバートランドは、成績優秀なメンバーの査定も含めて、大きな部室を借りる権利が与えられていた。
「皆、もう始めているよ。それより体は問題ないか? 昨日の今日だから、まだ回復しきっていないかもしれないしね。それなら無理はしないように」
スキルトはその場で勢いよくくるりとターンした。
「あたしは平気だよ。バートが〈休息〉の魔法もかけてくれたってタリッサからも聞いているし。おかげで元気いっぱい!」
弾けるような笑顔を振りまいて、器用に階段をのぼっていく。最上階に着いて部室のドアを開けると、それぞれ低出力魔法を維持しているタリッサ、ラナ、クラウフォーゼが待っていた。
〈湧き水〉の魔法を維持し続けるタリッサの姿は昨日と同様だ。クラウフォーゼは〈昼白光〉の魔法で大きな部室を隅々まで照らしていた。ラナは緑の魔法で〈柳の鞭〉を発現させて編み込んだ網を作っている。
「皆、お待たせ! あたしも授業中から鍛えているんだよね。でもなかなか安定しないんだけど」
振り返ったラナはどうやら面白くない顔をしていた。
「このくらいならとくに難しくはないな。ただ場所を取りすぎる。別の魔法で試していいか?」
「ああ、安定して低出力を保つような魔法ならなんでもかまわないそうだ」
「わかった」
これまで生み出していた〈柳の鞭〉を瞬時に消滅させ、少し首を捻っている。緑の魔法だと難しいお題だよな。魔法の中でも物体を生み出す緑だから、安定して発出し続けると草木が荒れ放題になるのだ。バートランドもそれに気づいたのか、顎の下に左指を添えている。
「ラナ、草花を〈生長〉させ続けたらどうだろう?」
「〈生長〉させ続ける?」
「ああ。たとえばひまわりの種を発芽させて、そのまま〈生長〉させて花を咲かせる。そのまま朽ちていき、次の種を発芽させる。緑は命のサイクルを司るのが本来の役目だからね」
バートランドに感化されたのか、ラナも左指を顎の下に添えて考え込んでいる。
確かに緑の魔法は水や火を生み出すのでもなく、傷を癒やしたり光を発することもない。なにをするための魔法なのか今ひとつ魔法使いにもピンとこないのだ。それは当の緑の魔法使いであるラナも疑問に思っていたことであったようだ。
「草花でいいのか? 長時間であれば木を生長させるのがよさそうなんだが」
「いや、木は屋外ならまだしも、室内だと後の処理に困るからね」
ラナは部室に活けてあった桜の花を手にした。
「じゃあこれはどうだ? 桜の花だが」
桜。しかも枝に咲いた花である。このままではすぐに枯れてしまうだけかもしれない。しかし……。
「いいかもしれないな、それ」
「お前もそう思うか、バートランド」
「ああ。桜を散らせて、葉桜にして、葉が落ちて、蕾をつけて、花を開く。これって緑の生命力の移ろいそのものじゃないか」
「でも、それだと均等に魔法が操れているかはわからないよね」
スキルトとしては口を出したくなるのも当然だ。
「赤の極大魔法と同じで、外形からでは一定かどうかはわからない。でも花が一巡するスピードをきちんと見ていれば、一定かどうかは目で見てわかるはずだ」
「そういうものですかねえ」
疑いの眼差しをバートランドへ向けている。
「これでそれぞれに鍛えるべき魔法は決まったな。低出力を安定して出せれば、パーティー全体の底上げにつながるはずだ。安定した者から次のステップを導師に尋ねてこよう」
彼らは幾年ぶりか初級魔法へ真剣に取り組んでいく。より高みを目指すために。
それは改めて“卒業者”としての地歩を固め、“虹の勇者”としての第一歩を踏み出すことを意味していた。
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