第5話 赤の導師からの試練
試験場で特訓をするバートランドたちだったが、スキルトの魔力はいまだ安定せず、幾度となく暴発を繰り返していた。
都度青の魔法で炎を緩和していたバートランドとタリッサも軽いやけどを負い、暴発させた当のスキルトも無事では済まなかった。
その都度バートランドが白の魔法で〈治癒〉を行なっていく。
「なにやら方法を履き違えておるな、お主ら」
三人が特訓しているところへふらりと現れたのは、赤の魔法を教える導師だ。
「導師様、どういうことでしょうか?」
近づいてくると、三人の中でいちばん背の低いスキルトの腰ほどの大きさである。
「フォッフォッフォッ。お主ら、力を求めすぎじゃよ。最高の魔力を安定して出そうとしすぎて、体が魔力の全開放しか憶えきれておらんわ。これでは初級の魔法すら安定せんぞ」
三人は顔を見交わした。
「スキルト、初めて習う赤の魔法〈たいまつ〉は当然使えるな。“虹の勇者”も。ちょっとそれを出し続けてみるんじゃな」
「そんなの楽勝だよ、老師。バートも一緒にやろう?」
バートランドは肯き、右腕をぐるぐると回しているスキルトとともに〈たいまつ〉の魔法を発動させた。
「こんなの余裕余裕!」
「そのまま火力を安定させてみるんじゃな、スキルト」
導師の言葉に従い、火力を安定させようと試みるものの、炎が大きくなったり小さくなったりと揺らいでしまう。
「なんで?」
信じられないといった表情を浮かべるスキルトに視線を送りながらではあるが、バートランドの炎もわずかに揺らいでいる。
「どうやら現状を理解できたようじゃな」
バートランドとスキルトが〈たいまつ〉の魔法を終えようとすると。
「まあ待て、若人よ。しばらくそのまま低出力を維持してみるんじゃ」
「このまま、ですか?」
タリッサの疑問に赤の導師が答えた。
「青のお嬢さん。君も低出力を安定して保つ特訓を積んでみるんじゃな」
「青の魔法で初心者向け、一定量を維持できるような魔法と言ったら……〈湧き水〉かな?」
「ご明答じゃ、お嬢さん」
タリッサは赤の導師のそばで〈湧き水〉を発動させた。右手から流れ出た水量はさほどのムラもなく保たれていた。
「お嬢さんはなかなか筋がよいのお。これなら世界随一の青の使い手になれるじゃろうて」
「ですが、私の役目は“虹の勇者”のサポートです。バートランドを活かせなければ、いくら私に青の魔法の才があろうと、世界を救えません。それでは意味がないのではありませんか?」
うむとひと言告げた赤の導師はバートランドに語りかけた。
「“虹の勇者”よ、お前さんはすべての魔法を安定して用いなければならん。赤だけでなく、青も緑も白もじゃ。とくに四色の魔法、いや黒も含めれば五色の魔法じゃな。それらを操るだけの魔力と制御力も求められておる。そのためには魔力の絶対量を増やすことももちろん大事じゃが、より少ない魔力で最大の効果を発揮する練習を欠かしてはならん」
赤の導師の言うとおりだ。
“虹の勇者”としてバートランドに求められているのは多種の魔法を干渉させずに同時発現する能力である。赤だけを鍛えても彼にとっては無意味なのだ。
そこで右手で〈たいまつ〉を発動させつつ、左手で青の〈湧き水〉を同時に発動させる。そしてふたつを合わせて〈お湯〉を作って持続させ、両手を開いてまた〈たいまつ〉と〈湧き水〉へと分かつ練習をしてみた。
うんうんと満足そうな表情を浮かべる赤の導師は「良い心がけじゃ」とこぼした。
「“虹の勇者”の従者になりたければ、低出力魔法の長期安定化は不可欠じゃ。ラナ姫とクラウフォーゼ嬢にもこの練習をしてもらうがよかろう」
その言葉でバートランドは思い出した。
「少なくともクラウフォーゼはこれができるはずです。日々“聖女”として働いているので、低出力で多数の人を癒やす日々ですから」
「ほう、クラウフォーゼ嬢はほんに才能豊かよの。彼女がメンバーというだけでも羨ましいかぎりじゃ」
ラナはどうだろうか。
「ラナは騎士としての剣の鍛錬を日々続けているから、こういう地道な下積みは慣れっこかもしれないな。そう考えるとラナもじゅうぶんな実力者だよな」
「確かに。鋼の意志を持った“姫騎士”なのだから、こういう低出力魔法の適性もありそうよね」
そんなふたりがバートランドのパーティー・メンバーなのだから、頼もしいことこのうえない。しかしそれに安堵してふたりに任せきりでは“虹の勇者”としては失格だ。彼自身が四人を引っ張っていかなければ意味がない。
「お前さんたち五人ともがしっかりと結果を出せたなら、それだけ世界は安定に向かうのじゃからな。修練に近道なし、じゃ。基本を疎かにせぬようにな」
そう言い残すと赤の導師は試験場を後にした。
そのまましばらく三人は低出力魔法を維持し続けた。
「赤の導師様がおっしゃっていたけど、確かに初級の魔法を持続させるのはそれはそれでたいへんね。私もけっこう自信があったんだけど、水量をなかなか安定できないんだから」
「導師レベルになるには、こういう基礎の積み上げを欠かしては駄目なんだろうな。あの小さな体で極大魔法を発動できるということは、魔力の絶対量が多いだけでなく、より少ない魔力で最大の効果を発揮する制御力があってこそ」
「……ね、ねえふたりとも。そろそろいいよね?」
声をかけられたタリッサが聞き返す。
「なにが?」
「もう……魔力が限界に近いんだけど……」
そこでバートランドとタリッサは思い至った。
先ほどまで限界の魔法力を引き出して極大魔法を撃つ練習をしていたのだ。彼女にはもう魔法力もそれほど残されていなかったのである。
「今日はこのあたりで終わっておくか。スキルトは今夜たっぷり寝て魔力を回復させること。僕とタリッサは寮に戻っても練習を欠かさないこと。じゃあ特訓はここまで!」
「た、助かった〜〜〜〜っ」
〈たいまつ〉が消えてスキルトは地面にへばりついた。どうやらあまりに疲れて眠ってしまったらしい。
「バートランド、スキルトを抱えて女子更衣室まで運んでくれないかな? 着替えは私がなんとかしてみるから」
「ああ、それなら疲れを癒やす〈休息〉の魔法をかけておこう。ひと眠りすれば疲れがかなりとれるはずだからね」
彼の提案は採用され、スキルトを抱えて〈休息〉をかけたまま、更衣室まで運んでいった。
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