第4話 スキルトの課題
審判役の教師とともにバートランドが帰陣すると、パーティーの四人の女性が出迎えた。
「バートランド、お疲れ」
「バートランド様、よい指揮ぶりでした」
「もう少し私たちを信頼してもらいたいものだ」
タリッサ、クラウフォーゼ、ラナなりの気の使い方に感謝した。
「バート、今回もごめんなさい……」
スキルトだけが他のメンバーとは異なり暗いトーンである。
「まあ、もう少し赤の魔法を制御できたら完璧だったかな。極大魔法なんて使う機会はほとんどないし、今回のような魔法試合で使うべき強さでもなかったからね」
遠回しにたしなめられていることに気づいたようで、スキルトはさらに肩身が狭くなったようだ。
「バートランド、これからスキルトの練習に付き合ってくれないかな?」
タリッサが唐突に切り出した。
確かにこれからスキルトが火の魔法を制御できるところまで練習できたら、実戦でも計算が立てられる。
現状では赤のスキルトの暴発を抑制するサポート役にまわってしまい、青の魔法使いであるタリッサと“虹の魔法”使いであるバートランドは攻撃的な魔法を使いづらい状況だ。
スキルトが安定してくれれば戦術に幅が生じる。それにバートランドの日々の訓練には赤の魔法も含まれているため、一緒に鍛えることに異論はなかった。
「バートランド様、わたくしは神殿に戻りますわね。ラナ様も公務へ戻りませんと」
「そういうことだ。私もここで失礼する。スキルトが早く極大魔法を制御できるようになってくれれば作戦も立てやすかろう。バートランドの頑張りに期待している」
ふたりの投げかけにバートランドは深々と礼をする。
「今まで未熟な僕に付いてきてくれてありがとう。僕たちが卒業して遺跡探索者になったとして、君たちが仲間でないことが残念ではあるのだけれど」
ラナとクラウフォーゼが足を止めた。
「なにを申しておる。私もクラウフォーゼもパーティーを辞めたりなどせん。これからもよろしく頼まれてくれ」
「しかしだな」
豊かな金髪をなびかせるクラウフォーゼが軽く微笑んだ。
「わたくしたちの意見は一致しております。“虹の勇者”を支えることこそ、私たち神殿と皇族の使命です。来たるべき試練を乗り越えて、ともに未来を築きましょう」
「あ、ああ。これからもよろしく頼みます」
バートランドが右手を差し出すと、まずラナが握手し、次いでクラウフォーゼがそれに倣う。
「それではわたくしたちはここで失礼致します。スキルトの特訓に付き合ってくださいませ。手加減ができないのでは単なる“破壊神”でしかなくなってしまいますからね」
バートランドは右手で頭頂部を掻き乱す。
「そうなんだよなあ。まあ僕も極大魔法の練習はしたいし、タリッサがサポートしてくれればスキルトの暴発もなんとか抑制できるとは思うんだけど」
「任せてください。きっと近いうちに抑制できるようになるはずです!」
元気な声を発するタリッサに目を向けてから、ふたりは試合場を後にした。
これから体を洗って汗を拭ってからそれぞれの職務へと復帰することになる。
「さて、ではさっそく練習に入りましょうか、バートランド」
そうだな。確かに極大魔法を撃ってすぐに訓練すれば、いささかなりとも抑制しやすいはずだ。
審判役の教師に試合場の使用許可を問い合わせた。
「よかろう。スキルトはじゃじゃ馬だが、きちんと乗りこなせば“軍師”としての作戦立案にも選択肢が増える。それが今後の戦いにも活かされるはずだ。当面スキルトとともに魔法の基礎から鍛え直すといい。“虹の魔法”は色がまぜこぜになるからとくに基本が疎かになりやすいだろう」
試験場の鍵を手渡され、観衆だった生徒たちもそのほとんど試験場を後にしていた。
「それじゃあ場所を変えようか。周りに水のある試合場のほうが安心して赤の魔法の練習ができるだろう」
ふたりを連れて滝のあるエリアに来た。ここなら多少暴発しようと豊富な水源で延焼は防げるはずだ。
「ラナ様としては、自らの緑の魔法を有効活用するためにも、赤の魔法には安定してもらいたいはずです」
バートランドに話しかけた“才女”タリッサは、木の枝を手で拾い上げた。
「そうだよな。草木を火で燃やせば火力が増す。スキルトの極大魔法をさらに強められたら、クラウフォーゼじゃないが“破壊神”としては申し分ないだろうし」
「スキルトの赤の魔法は私の青の魔法に剋されるから、お互いの魔力を削り合うことになるけど」
「だからスキルトの赤の魔法を鍛えるのに、青の魔法が欠かせないってわけだ。わかったかな、スキルト」
口を尖らせて頬をふくらませている。なにか不満があるのだろうか。
「あたしはひとりでできるもん! 皆の力を借りなくても、きちんと制御してみせるよ!」
そのセリフにバートランドは、思いが至った。
「いや、僕も赤の極大魔法は不得手だからね。スキルトに教えてもらおうかと思ったんだけど」
「バートは〈爆炎〉を使えないんですか?」
「使えなくはないが安定して魔力を底上げしていくのが難しいんだよ。青の極大魔法である〈水の檻〉にしても他の魔法にしても、だいたい目の前に現れている結果を見ながら調整していけばいいんだけど、〈爆炎〉は撃ち込むまで確認できずに魔力の高まりを操らないといけないからね」
黙って聞いていたスキルトが大きく頷いている。
「そう、そうなのです! 見えない魔法を手探りで調整しなければならないから難しいんです!」
「まあ確かに、赤の極大魔法は撃ちっぱなしだから、ブレのあるままで魔力を高めると暴発するわよね」
スキルトとタリッサも思い至ったようだ。
バートランドは腕を組んでその場で考え始めた。
「ということは、高い魔力を安定した出力で維持できればいいわけだけど……。とりあえず僕とタリッサで青の魔法をかけ続けようか。スキルトは赤の魔法の出力を高めて暴発ギリギリを維持するんだ。そうすればきっとコツがつかめるはず」
赤の魔法は青の魔法と相性が悪いものの、緑の魔法と相性がよく、火力を増大させられるのだ。
しかし複数の魔法を重ねてかけるには限界もある。色が混ざって濁ってしまい、それぞれの魔力の純度が下がってしまうのだ。それによりせっかく用いられた魔力も効果が薄れていく。
だからこそ複数の魔法適性を持つ“虹の勇者”は救世主として崇められているのである。
「これからは青で抑制しつつ、赤を操れるよう訓練しようか」
とはいえ、なんの考えもなしに極大魔法だけを特訓するのは理に適っているのだろうか。サポートするタリッサに負担をかけ続けるような状況になりはしないだろうか。
「ごめん。タリッサには迷惑をかけるね」
「いいのよ、バートランド。スキルトは今よりもっとすごい魔法使いだって知っていますから。それを引き出すのが私の役目よ」
いかんいかん。雑念を抱えたまま魔法を操るのは、目を閉じて矢を的中させるのに等しい。しっかりと意識を集中させ、魔力と正面から向かい合う。そうでなければ魔法は習得できない。
とくに極大魔法は生半可な気持ちで発動すると魔法使いへと牙を剥く。本来自然の成り行きで生み出されるものを、人の意志で無理やり引き起こすのだから当然の報いだ。
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