第3話 希望の進路は

「スキルト、まだまだ赤の魔法の制御がうまくこなせていないようだな」

 魔法試験で無傷だったラナは、〈爆炎〉の魔法を暴発させたスキルトに歩み寄った。そのせいで手先にやけどを負っていたのだが、クラウフォーゼの白の魔法ですでに治癒している。


「そんなこと言ったって、極大魔法だよ、〈爆炎〉は。簡単に制御できないから極大魔法に指定されているんだから」

 唇を尖らせ頬を膨らませて反論している。見た目の年齢が低いぶん、子どもの駄々を見ているような気分になる。


「それを操れるようにならないと、赤の魔法使いとしては不完全じゃないのか」

 兜を脱ぐと、ラナの緑の長髪がはらりと風に舞った。類稀な美貌も相まって、とても絵になる光景だ。

「でも、ラナもクラウもパーティーから外れるんだよね? バートが“虹の勇者”として世界を渡り歩くかもしれないのに、後任も決まらないんじゃ、今すぐ卒業ってわけにもいかないだろうし。それなら、今はまだ未熟でもいいんじゃないかな?」

 ふて腐れているようなスキルトの表情を見ても、意に介さず事もなげに告げた。

「私たちはこれからもパーティーに残るつもりだぞ」


 手足をばたつかせながらスキルトが慌てた口調で継いだ。

「え? い、いや、ラナは皇室に戻らないと駄目だよね? もしラナがパーティーに残ったら、バートが世間からなんて言われるか──」

「なに、それしきのこと。もしバートランドが“虹の勇者”であれば、皇族よりもなお希少な存在だ。破滅に向かう世界を救うのに、皇族では手の打ちようもないが、“虹の勇者”の従者であればその助力もできよう」

 さらりとすごいことを宣ったが、確かに皇族として国を導いたとしても世界の終わりである“終末の日”は回避できないだろう。


「でも、ラナ以上の緑の魔法使いが現れたらどうするの? それでもパーティーに残りたいの?」

 ラナは勝ち誇ったような表情を浮かべている。

「いや、私以上の緑の使い手はまずおるまい。そもそも皇族は緑の一族の筆頭だ。誰にも負けるはずがない」

 真剣な表情で自信たっぷりにそう言い切られると、スキルトとしても反論のしようがない。

「でもいいの? いくら皇位継承順位が低くても、いちおうはこの国のお姫様なんだから。結婚を望む男性だってきっと多いでしょう?」


「結婚など煩わしいだけだな。皇族であれば宮家を創設して家庭に入らなければならなくなる。広く社会の役に立つことも叶わぬからな」

 ラナの視線がバートランドに注がれる。彼は敵バーティーの負傷者を治癒し終わってこちらへ戻ってこようとしているところだ。


「もしかして……、バートと結婚したい、とか?」


 スキルトの探りを入れる言葉にも、ひときわ輝く美貌は微動だにしなかった。

「いや、バートランドが“虹の勇者”でなければとくに用はない。わが一族はあくまでも“虹の勇者”に助力するのみ」


「お堅いよねえ、ラナって。個人の恋愛感情なんて誰にはばかることもないのに……」

 その言葉に美貌の口の端を軽く持ち上げて答える。

「いや、仲間の恋路を邪魔するつもりはさらさらない。だが、スキルトといいタリッサといい、なぜあんな男に惚れるのか」


 スキルトは小首を傾げながら考えている。

「うーん……そうだなあ……。バートって努力家だし、真面目だし、実際強いもんね。いざというときに護ってくれそう」

「剣の腕前では私のほうが上だぞ? 強さを問うなら私が惚れられてもよいわけだが」

 自身の強さを微塵も疑わない。日夜騎士としての鍛錬も受けているラナからすれば、魔法学園の教育は生ぬるいくらいだ。


「いや、強い皇女殿下に守られたがる男は少ないんじゃないかな。男って自分の守れる範囲で相手を見繕っているようなところがあるし」


「それだと青の魔法はタリッサに及ばす、赤の魔法はスキルトに及ばず、白の魔法はクラウフォーゼに及ばず。そして緑の魔法と剣術は私に及ばず。それなのにバートランドが女から惚れられるものなのか?」

 ラナは皮肉を言いたくなったようだ。


「あたしたちとどうこうより、他の女性からすればじゅうぶん強いでしょ、バートって」

「そういうものか?」


 タリッサを癒やし終わったクラウフォーゼが、彼女を伴ってふたりのそばまでやってくる。それに気づいたラナが声をかける。

「ふたりともお疲れさま」

 青い短髪をなびかせながらタリッサが駆けてきた。

「なんの話をしていたの?」

 なんでもない問いかけだが、スキルトが瞬時に赤い顔をした。しかしラナは事もなげだ。


「これからの身の振り方だな。私とクラウフォーゼがパーティーから離れるんじゃないか、という話になった」

 タリッサが思い至ったようだ。

「あ、そうか。ラナって皇女様だしそろそろ結婚相手を探さないといけないわよね」

 皇族が二十歳になれば、すぐにでも結婚して皇室を充実させなければならなくなる。そんな慣習をラナは快く思っていないようだ。

「私はパーティーから離れるつもりはないのだがな」

 その言葉を聞いた者は皆驚きを隠さなかった。

「えっ、それでいいの? だって皇族って帝国の代表よね。まさか遺跡探索者になって世界をめぐり、“終末の日”による滅びを防ぐわけにもいかないでしょう?」

「私はそれでかまわないと思っている」

 タリッサが言葉に詰まった。


 確かに剣術を交えた戦闘能力では魔法学園の学生の中でラナを上まわる者などいない。メンバーとしては頼りになるのだが、恋敵が多くなるのは望まないのだろう。ラナとクラウフォーゼが抜けたら、順当に行ってタリッサかスキルトが選ばれる確率が高くなるのだから。


「わたくしもラナ様同様、パーティーを抜けるつもりはこざいませんわ」

 白の魔法使いで“聖女”として名高いクラウフォーゼはたおやかに歩んできた。


「でも、クラウも神殿でのお仕事があるよね? そんなに簡単に職務を放り出すわけにもいかないと思うんだけど」

 スキルトは慌てた様子を隠さない。


「“虹の勇者”に仕えることは、この世を創られた“神の意志”に沿うものです。神殿にもそのことはご理解いただいております」

 クラウフォーゼはスキルトへすがめた。

「それともなんですの。私たちが去ったほうがよい、などとお考えではございませんわよね?」

「そ、そういうわけじゃないんだけど……。ラナもクラウフォーゼも本職があるから難しいかなって」


「それについてはすでにラナ様と話がついています。私たちは変わらずバートランド様をお支え申し上げますわ」

「“虹の勇者”が救世主だというのなら、皇族だろうと神官だろうと、バートランドに協力するのが筋というものだ」

 ラナはクラウフォーゼに目配せして頷き合った。


「ふたりがそのつもりなら、誰も引き止められないと思うけど……。本当に後悔しない?」

「わたくしたちは自らの意志でこれから先を見据えておりますわ。それに世界が破滅する“終末の日”が近いのであれば、わたくしたちは“虹の勇者”への献身を惜しみません」

 ひとつ頷くと、ラナは腕組みをして敵陣から帰ってくるバートランドを見据えた。


「まあ、私たちただの魔法使いなどいくらでも代えが利く。しかし、“虹の勇者”であるバートランドは代えが利かないからな。“虹の勇者”の従者は、彼を守るために存在すると言ってよい」

 ラナの覚悟のほどがわかろうものだ。



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