第2話 ハーレムの行方

 バートランドのパーティーが勝ったものの、敵味方双方のパーティーに多くの負傷者を出していた。


「クラウフォーゼはスキルトとタリッサの〈治癒〉を頼む!」

 白の魔法使いであるクラウフォーゼはその言葉に従ってスキルトとタリッサに近寄っていった。

 バートランドも対戦相手の緑の魔法使いの怪我を白の魔法で〈治癒〉していく。敵主将ともうひとりの白の魔法使いも自らと仲間の怪我人を手当てしていた。

 決まりにより全員の〈治癒〉が終わるまで試験場からは出られないからだ。


 審判役の教師がバートランドの元へと歩いてきた。

「ここまでよく修練したな、バートランド。パーティーの仲間の特性をよく把握している見事な立ち回りだった。お前の魔法修練は途上だが、あとは独学でマスターするのも悪くなかろう。どうだ。卒業して見聞を広めてみないか?」


 直接卒業を勧められたものの、もう少し魔力が安定するのを待ってからのほうが良さそうな気はしている。

 とくにスキルトの赤の魔法が暴発したとき、敵を倒す代わりにあたり一帯が焼け野原になりかねない。

「そうですね。僕はもう少し魔力を底上げしてから卒業して外の世界に触れたいですね。あと卒業後のパーティー編成にも苦労しそうですし」

 全員が同じパーティーになるとは限らない。

 幼馴染みの“才女”タリッサと彼女の無二の親友である“魔女”のスキルトは去就を同じくすると誓い合っていたので、おそらくバートランドの仲間として行動をともにするのは確実だろう。


「タリッサとスキルトはよいとしても、ラナとクラウフォーゼは身分による制約がありますからこのままパーティーを組むのは難しいでしょう。他の組み合わせも試して仲間を決めなければなりません」

 面白みのない返答になってしまったが、審判役の教師は納得したようだ。

 ラナは“皇女”だから遺跡探索者として日常を過ごすわけにもいかないだろう。クラウフォーゼも神官としての務めがあるし“聖女”として神殿での人望も厚い。


「確かに。ラナ様に危険な遺跡探索は許可が下りないかもしれないな。クラウフォーゼ嬢も“聖女”として民衆を救済してもらわねばならない。代わりの人材だが、心当たりはあるのか?」


 バートランドは顎の下に左指を当てて軽く腕を組む。正直、これといったつてがあるわけではない。

「いえ、僕が魔法学園に来てからずっと同じメンバーでしたから、代わりの人はすぐには思い浮かびません」


「それなら、今戦った者たちから選ぶか? 緑の魔法も白の魔法も、今よりは若干見劣りするだろうが、それを活かすも殺すも“軍師”としての腕の見せどころだぞ」


 確かに今回決勝戦の相手となったチームは、動きも強さも申し分ないだろう。教師の言うように、ラナやクラウフォーゼと比べればまだまだ及ばない部分はある。

 しかし“虹の勇者”の候補として、緑と白の魔法使いを欠く事態だけは避けたいところだ。


 バートランドに〈治癒〉の魔法を施されていた緑の魔法使いが口を開いた。

「私たちはお前らのスペアじゃない。頼まれてもごめんだな。悪いが他を当たってくれ」

 すげなく断られてしまった。学園でバートランドの立ち位置とはしょせんこんなものだ。


 “虹の勇者”の候補として、つねに特別待遇を施されていたように見えるのだろう。それぞれの魔法使いも学園随一の実力を有する女子学生が配属されていた。

 誰がどう見ても“ハーレム”を築いているように映るはずだ。


 教師が回復しつつある緑の魔法使いに声をかけた。

「少しはバートランドを見習ったらどうだ。誰よりも魔法の勉強をして、それぞれの魔法で一人前になるのがどれほどたいへんなことか。君にもわからないはずはなかろう」

 緑の魔法使いは反論しそうになったが、奥歯を噛み締めて目を逸らしている。


「君たちはそれぞれ一色を極めるだけで済むが、バートランドは青、赤、緑、白の四色の魔法とその組み合わせを習得していかなければならないんだぞ。お前たちには休日がある。それが教育の一環だからだ。しかしバートランドは毎日休みなく鍛錬を積まなければならない」

「“虹の勇者”の候補、だから……ですか?」


 本来、魔法適性は生まれたときにひとり一色と定まっている。しかしバートランドは複数の魔法適性があることが判明した六歳の頃から、魔法学園に引き取られて英才教育を施されていた。複数の魔法適性による“虹の魔法”の使い手は、救世主とされる“虹の勇者”の候補としてたいせつに育てられるのだ。


 “虹の勇者”の候補だからと学園側が特別な配慮をしていると学生の皆からは思われていた。

 現実には特別な配慮とはいうものの、四色の各魔法の授業を受け、さらに各色の組み合わせでどのような魔法が生み出せるのか。実際に発現しながら学んでいかなければならない。学園側の特別待遇とは、学生たちが思うような優雅なものではなく、過酷なまでの教育にあるのだろう。


「それもある。だが、仮に“虹の勇者”でなくても各魔法への理解があれば、“軍師”としても申し分なかろう」

 癒やされている緑の魔法使いは自らの主将に目を転じた。バートランドたちもそちらを向く。


「あいつはダメだな。“軍師”としては失格だ。私らの魔法の特徴をほとんど理解していない。自分の考えた作戦を押し付けてくるだけだ。残念だが、“虹の勇者”云々を除いてもあんたに勝つのは不可能だったろう」

 審判役の教師が彼女とバートランドを交互に見やる。

「あんた、魔法を使ったのは青だけで、しかもタリッサの補助としてだった。その気になれば、何色の魔法を使ってでも俺たちを殲滅できたはずだ。違うか?」

 バートランドは思わず言いよどんでしまった。


「そういう点では私もあいつもまだまだあんたに追いつくだけの実力がない。いや、あんたを最大限に活かそうと思ったら、あのラナ様とクラウフォーゼ嬢のふたり以上に最適な緑と白は存在しないはずだ」

「いや、必ずしもそうとは限らないぞ」

「どういうことですか?」

 教師に視線を合わせた。


「“虹の勇者”は本来黒の魔法にも通じていなければならないんだ。しかし黒の魔法は魔族が用いるのみで、しかも今ははぐれ魔族すら見当たらない。それだけ歴代の卒業パーティーが頑張っている証拠ではあるんだがな」


 黒の魔法は誰も教えてくれない。独学しようにも、どの魔力が黒なのかすら知らないのでは、鍛えようもないのだ。

 誰かから黒の魔法を教わる機会がなければ、いくら四色を修めても“虹の勇者”にはなれない。

 そんな都合の良い魔族がこの世に存在するのだろうか。



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