思想

「昼ごはん、一緒にどう?」


 別の日。突然教室に現れたトバリは周りの目を気にすることなく、僕を昼食に誘った。わざわざ違うクラスの人間を、それも僕みたいな目立たない生徒を誘うものだから、教室内は若干どよめいた。後から知ったことなのだが、トバリは男子人気が高いらしい。確かに綺麗な顔と清潔感を感じる雰囲気だが、僕にとってはどうでもいいことだった。


「お前、いつの間にトバリと仲良くなったんだ?」


 友達のスドウがそう羨ましがるぐらいには、すごいことなのだろう。






「私、ここが好きなんだ」


 誘われた場所は、あの日出会った屋上だ。冬が近づいているからか、僕らしかいない。今どき、屋上を解放してる高校なんて少ないのだろう。驚くほどのことでもないが、この屋上から飛び降りて自殺した生徒は開校50年の歴史の中で、1人もいないらしい。僕のように未遂で終わってる可能性もあるが、1人もいない、というのは些か不気味でもある。


「なんで好きなの?」


「死を間近に感じられるから」


 相変わらず、ドキッとするような言葉を涼しい顔で言う。だが、今回に関しては僕も賛同できる。


「勘違いしないで欲しいんだけど」


 1度も口にしてない弁当箱を見つめながら、彼女は続けて話す。


「私は何も、人生に絶望してるから死にたいんじゃないの。”死”そのものに憧れているだけ」


「どういう意味?」


 これには賛同できなかった。


「昔小学生のころ見てたドラマの影響かな。そのドラマの最終回は、ヒロインの彼氏が自殺するところで終わるの。で、ヒロインが彼氏のことを忘れないと誓って前に進む」


「それ見たことあるかも。クラスの女子が、あんな終わり方ありえない、て言ってた」


「そうだね。ネットなんかでも随分酷評されてたらしいけど。私は好きだったし、憧れたよ」


「ヒロインに?」


「自殺した彼氏の方。彼女の中で、その彼氏は永遠の存在になった。それがたまらなく羨ましかった」


 今度は視線をあげて、空の遠くを見つめていた。僕もそれにならって空を見上げる。飛行機雲が、高い秋空を切り裂いている。


「僕にはよく分からないな」


「とにかく、私はそれ以来誰かの記憶に残りたくなったっていう話」


「なんでそんな話を僕に?」


「私の思想を知ってもらえれば、なにか思いつくかなって」


「むちゃくちゃだ」


「そういえば、君はなんで死のうと思ったの?聞いてなかったよね」


 大きな瞳が僕を捉える。吸い込まれそうなほど大きく、自然と呼吸が浅くなった。


「まぁ、あれだよ。人生に疲れたーとか開放されたいー、みたいな」


 半分くらいの嘘をついた。だけど、それ以外は本心を話したつもりだ。


「ありきたりだね。1回しか死ねないのに、そんな使い方したらもったいないよ」


 もったいない。あの時も言っていた言葉。


 今なら、その気持ちも少しはわかるような気がした。


遠くの方からチャイムの音がした。結局、2人とも箸は進まなかったが、今日の天気のように晴れ晴れとした気分だ。

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