定義

「美しい死の定義ってなんだと思う?」


 次の日の放課後。僕はトバリ(家に着くまでの会話で知った)の部屋に上がり込んでいた。玄関先で顔を出した彼女の母親は僕を見るなり「新しい友達?」と質問するとトバリは「新しい彼氏」とさらりと嘘をついた。あまりにも自然な嘘に「は?」と思わず声が漏れてしまう。


 部屋はとても殺風景だった。飾り気がない、と言えば聞こえはいいが、まっさきに思い浮かんだのは牢獄だ。家具は必要最低限のものしか置いておらず、娯楽がない。


 異性を部屋に入れることに抵抗がないのだろうか。そもそも、そういう認識をされていないようにも思える。声の調子といい、物憂げな顔といい、なんだか達観しているような印象だった。


「美しい死の意味が分からない」


「小説とか漫画とか見たことないの?」


「それはあるけど」


「だったら分かるでしょ」


 抑揚のないトーンで言うものだから、問い詰められている錯覚に陥る。物語の中の死、ということだろうか。少し考えるがまとまらない。


「うーん。やっぱり分からない」


「……ちゃんと考えてる?」


 ドキッしとた。ちゃんと考えてはいるのだ。いるのだけれど、途中で考えることをやめたのも事実だった。


「まぁ答えなんてないし、さっさと進めるけど」


 僕の顔を見るなり、短いため息をついて話を戻される。


「私にとって、素敵な死っていうのは誰かの記憶に残るような死に方なんだよね」


「記憶に、残る」


「そう。家族以外の誰かにね。誰でもいい。恋人とか友達とか先生とか。なんだったら君でもいい。私が生きていたってことを思い出して欲しい」


「なるほど」


 理解はしていないけれど、とりあえず同意を示す。


「だったら、色んな人と仲良くなれば、色んな人の記憶に残るんじゃないか?」


「そんな単純じゃない。人は忘れる生き物だよ。普通に死ぬだけじゃ記憶には残れない」


「そんなこと……いや、そうかも」


 ニュースで有名人が亡くなった報道がされても、1年も経てば風化されてしまう。関わりがないから、とも取れるが、長い間活躍していても忘れるのは一瞬だった。トバリの言ってることが少しずつ、分かってきたような気がする。


「派手な死に方をする、とか」


「そういう記憶の残り方は嫌。あくまでも、しっとりと自然に死にたい」


「難しいな」


「そう、難しいの。だから、君の意見を聞きたい」


「……僕の?」


「うん」


「……」


 困ってしまった。意見を言う、ということに慣れていないからだ。というか、本当に言ってもいいのだろうか。嫌な気分にさせてしまうかもしれない。心臓の打ち方が徐々に速度を上げていく。


「なにか言いたげだね。なんで言おうとしないの」


「いや、まぁ、うん……怒らないなら」


「いいから言いなよ」


 大きく息を吸ってから、喉につかえた鉛を吐き出すように、僕は言葉を発した。


「ごめん。すぐには出てこない」


「……そりゃそっか。かれこれ2年ぐらい考えてたことが、こんな一瞬で解決出来るわけないよね」


「……怒ってない?」


「今ので怒る要素なくない?そんなに怒りっぽく見える?」


「その、えっと。なんでもない」


「さっきから歯切れ悪いよ?」


「時間がさ。うちの親、厳しいから。もう帰らないと」


「まだ17時だけど。そういうことなら、今日はここまでね。なにかいい案でたら共有すること。いい?」


「わかった」


 苦し紛れの出口を見つけて、僕はその日、家に帰った。


 久しぶりだった。自分で考えを、言葉にすることが。生きた心地がしない。


 その日の帰路は、いつもより足早になっていた。

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