美しい死神との約束
玄米
出会い
我慢の限界だった。生きることに希望を見いだせなくなった僕はその日、学校の屋上にいた。数センチの祝福。それさえ乗り超えれば、楽になれる。だけど、それは果てなきゴールまでの道のりのようにも感じて。木枯らしが、僕の体を震えさせる。
「君、なにやってんの」
後ろから無機質な女性の声がしたが、僕は振り返らなかった。どうせ忘れられるのだから、顔を見せたって仕方がない。ある種の臆病さにも似ていて、己に嫌気がさす。
「もしかして、自殺しようとしてる?だとしたら、やめた方がいいよ」
「なんでだよ。僕の命なんだから、どうしようと勝手だろ」
他人はいつも僕の意見に口を挟む。僕の考えを否定する。だから、こんな世界にいても、つまらないだけだ。歯止めの効かない思考は余計に膨れ上がった。
足を踏み出す。歓喜の声も悲嘆の声も聞こえない。ただ一人、顔も知らない異性に見守られて、僕は死んだ。
「もったいない!」
そのつもりだった。幻聴のような声が聞こえたのと同時に、グイと片腕を反対側に引き寄せられる。着地点は土の上ではなく、屋上の床。臀部にくる冷たい衝撃がまだ生きていることを証明する。
「……なんで、止めたの」
震える声でそう尋ねる。へたり込んだ僕の前には同様な姿勢の、端麗な女子生徒がいた。
「だって、こんな死に方、美しくない」
「……はぁ?」
思いもよらない返答に、マヌケな声が出る。ダイビングと訳が違うんだぞ。思わず突っ込みたくなった。
「いい?人生は1度だけ。そして死ぬのも1度きりなの。こんなつまらない死に方したら、もったいないでしょ」
彼女の目は、真っ直ぐに僕を見つめる。覚悟を決めている目だった。飛び降りる瞬間かすかに聞こえた声は、幻聴でも走馬灯でもなかったわけだ。
少しの沈黙が空間を支配する。その間に、お互い無言でその場から立ち上がった。
「君は、本当に死にたいの?」
先に支配から逃れたのは、彼女の方だ。
「じゃなきゃ、こんなことやっていない」
「そう」
彼女が僕の方に半歩近づく。北風が長い髪を撫でる。運ばれた柑橘系の香りが僕の鼻までやってきた。不覚にも、いい香りだと思った。そんな考えを巡らせる余裕があることに、少し悲しくなる。
「だったら、私と一緒に考えない?
素敵な死に方を」
それが彼女との””美しい死神”との邂逅だった。
ここから先は記憶が無い。おそらく僕はその時、首を縦に振ったのだろう。そうでないと、現在の僕が形成された理由に納得がいかない。
そう。僕は彼女の考えに賛成したから、ここにいるのだ。
これは、僕たちの奇天烈な絆の物語。
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