第27話 反省の色は何色か?

 金田翔平はすぐに逮捕された。

 茉莉花の無惨な死体も見つかり、更生したはずの少年の残虐な再犯に、世間は強い恐怖を覚えた。

 金田はすでに動画をネットに流しており、法務大臣の娘のスナッフビデオという付加価値のため、海外でも多く再生された。

警察だけでなく日本の政府も躍起になってネットから消し去ろうとしたようだが、躍起になればなるほど動画の価値は高くなり、もっとも再生されたスナッフビデオとして永遠にネットの海を漂うことになった。


 金田翔平は三度、世間を騒がせた。

 連日、金田の報道が日本中を駆け巡り、金田の更生を成功例だと持て囃していた連中も、手のひらを返したように、犯罪少年の厳罰化を求めた。

 彼らに信念や想いがあるわけではない。勝ち馬に乗りたいだけの存在。負けたほうを馬鹿にして、優越感に浸りたいだけなのだ。

 だからすぐに、手のひらを返す。負けたくない、舐められたくない。そんな気持ちが根本にある。


 だが、世間の意見など、金田には関係なかったのかもしれない。

 愛する娘を殺された園木法務大臣の怒りは凄まじく、津愚見が根気強く交渉してきて、被害者たちの想いを綴って、20年以上も訴えかけてきた少年法の撤廃は、あっさりと実行された。

 死刑反対派だった園木法務大臣は、何があっても金田翔平を死刑にしろ!と厳命をだした。法律上は法務大臣であっても、そんな権限はない。

 だが日本には、「忖度」という、法律よりも重いルールがある。


 津愚見は金田が収監されている留置所に向かった。

 面会室のガラスの向こうに金田翔平の姿がある。その彼を見て、思わず津愚見は目を見開いた。

「おまえは…誰だ?」

 椅子に不遜な態度で座っているのは、確かに金田翔平だ。

 だが、彼の醸し出す雰囲気は、津愚見が知っている金田翔平とは別人だった。

「冗談きついぜ、先生」

 金田が小馬鹿にしたように笑う。

 そこにいたのは、知らない男だった。


 いや、違う。

津愚見の記憶を不快なイメージが貫いていく。

 俺はこの男を知っている。


 20年以上前の記憶がよみがえる。

 そうだ。目の前のこの男は、最初に出会った頃の、金田翔平だ。


 ──奴は、戻ってきたのだ。


「まさか先生が会いに来てくれるとは思わなかったぜ。クソガキは嫌いじゃなかったのか?」

「…俺が、おまえの弁護をすることになった」

「え!? ははっ! なんだそりゃ!? まさか先生、俺を助けようとしているのか?」

「馬鹿なことを言うな!!」

 津愚見の怒声が響き渡る。

「おまえは自分が何をしたのか分かってるのか!! なんであんなことをした!!」

「それを聞いてどうすんだよ? 記事にでも書くのか?」

「…弁護士としての仕事をまっとうする」

「なんでだよ? クソガキの弁護なんて、先生の一番嫌うことだろ?」

「おまえが殺した相手は、法務大臣の溺愛する娘だ!」

「それで? …ああ、そういうことか」

 金田は納得したように笑った。

「なるほど。『大人の忖度』ってやつだな。俺の弁護をやる奴がいないんだろ?」


 金田翔平が死刑になることは、すでに決まっている。

 これは絶対に負ける裁判だ。

 少年の人権を守る名目で売名行為をしている弁護士たちも、法務大臣に睨まれてはかなわない。誰も名乗りを挙げなかった。

 これがこの国の現実だ。

 法律とは弱者の目を逸らす詭弁でしかない。


 故に津愚見が名乗り出た。

 金田翔平を一番に知る人物。

 金田の苦しみも悩みも、幸せも夢も、すべてを知る男が…。

 複雑な想いを胸に秘め、それでもひとりの人間として、金田と向き合おうとした津愚見が…。

 だが、そこには、津愚見の知る金田翔平はいなかった。


「何があった? 少年Aの裁判で倒れたあと、おまえは行方不明になった。その間に何があった?」

 悲痛な声で津愚見が訊ねる。

「ああ~。あれはダサかったな。裁判の最中に逆上して、足がもつれて転ぶなんて。ありゃ、笑われても仕方ないぜ。はははは」

「何を言ってるんだ?」

 津愚見は信じられない気持ちになった。

 あのときの金田の怒りは、愛する者を失った悲しみだ。

 犯罪の過去を知ってもなお付き添う覚悟を決めた桃果と、苦労の末、たったひとりの娘として惜しみない愛情を注いだ真愛への愛の証だ。

 それを…笑うのか?


「先生。あそこに立っていたのは、俺なんだよ」

「…なんだって?」

「あの少年Aは俺だって言ってるんですよ。先生も見てただろ? 通谷美沙の裁判のとき、父親が逆上して転んだ。あのとき、俺も笑っていた」

 津愚見を鈍い衝撃が襲った。

 そういえば、と思い出す。確かそんなことがあったかもしれない。

 だがそれが、今回の殺人にどう繋がるのか?

「あれは俺だったんだ。過去の俺がそこにいた」

「……」

「それでふと思い出したんすよ。通谷美沙の家族に、まだ謝ってないなぁ、と。だから会いに行ったんだよ」

 それでか、と津愚見はある事件を思い起こした。

 以前、金田が殺人をした近くの倉庫で、少年少女6人が殺されているのが発見された。少女に付着していたDNAから、金田の犯行が疑われていた。

 だが、どうして彼がそこにいたのかは、捜査官たちの疑問だった。

 その理由が金田の口から語られたのだ。


 だが──


 この事件は起訴されない。

 なぜなら、裁判が増えると、金田の時間が伸びるからだ。

 園木法務大臣は、金田の死刑が決定すると同時に、処刑を実行するつもりだ。

 そのために少年少女たちの人権は踏みにじられた。


「そこに行って気づいたんだよ。謝罪や反省になんの意味があるのかって」

「意味があるかどうかじゃない。それは加害者の責務だ」

「だから、それに何の意味があるんだよ? 死んだ奴が生き返るわけじゃないだろ?」

「当たり前だ! おまえなら分かるだろ! 死者は生き返らない! だから貴様は生涯をかけて償うしかないんだ!!」

「だから、なんでだよ?」

 津愚見は言葉を失った。

 まるで宇宙人のように、言葉が通じ合っていない気がする。

「先生たちは、償えとか反省しろとか言うけどさ。よく考えたら、それって俺たちに何のメリットもないよな?」

「メリット…だと?」

 こいつはいったい、何を言っているんだ?


「先生の戸惑いもわかるぜ。俺も最近まで、加害者には償いや反省が必要だって、ずっとそう思い込んでいた。そう、思い込みだよ。償っても反省しても、俺に何かメリットがあるわけでもない。むしろ、悶々とした気持ちになるだけで、人生損するだろ? それくらいなら、ぱぁーっと忘れて、幸せに生きた方が良くね?」

 これが、あの金田翔平なのか?

 津愚見はショックのあまり、崩れそうになった。

 確かに、当初出会った頃の金田翔平は、こんなクソガキだった。

 死ねばいい、と本気で思っていた。

 大人になった金田と再会した。

 更生なんてできるはずがない。偏見の目で金田を見ていた。

 探偵を雇って調べたり、金田の考えを知るために、気持ちをぶつけたりもした。

 そこには、過去を悔い、反省して人生をやり直そうとしている少年の姿があった。

 人並みに恋をして、真面目に働き、家族を愛し、小さな幸せを宝物にする男の姿があった。

 なのに、なぜ?


「忘れられるのか? あんなに愛した自分の家族を?」

「まあ、完全には無理だな。たまに思い出すし、会えるなら会いたい」

「なら──」

「だけど、それって無理だろ? 死んだ人間は生き返らない。だったら、違う生き方しなきゃなんねえよな?」

「おまえは何を言ってる? それを梶原さんや真愛ちゃんが聞いたらどう思う?」

「先生もずいぶんとメルヘン入ってんなぁ」

 金田はきゃはははと小馬鹿にしたように笑った。

「死んだ人間には聞こえねえよ。幽霊がいるとでも? 俺は一度も幽霊を見たことがないぜ。桃果や真愛だけじゃない。俺が殺した通谷美沙の幽霊もだ!」


「黙れ! クソゴミ!!」

「クソゴミって…。ああ、もうガキじゃねえしな」

 再び金田は笑った。

「今の貴様なら被害者の気持ちが判るはずだ! 愛する家族を失って悔しくはないのか! 怒りは覚えないのか!!」

「先生。先生は人を殺したことはあるか?」

「…あるわけないだろ」

「じゃあ、家族を殺された経験は?」

「…………」

「俺は、どっちともあるぜ。確かに家族を殺されたらムカつくし、悲しいさ。そこに嘘はねえ。だけどな、それは『自分のモノ』だからだ。自分が攻撃されたからだ。俺は倉庫でクソガキどもぶっ殺してきた。もう、知ってんだろ?」

「ああ。だが、あれが事件になることはない」

「はぁ? なんでだ?」

「6人も裁判すれば、貴様のようなクソゴミが十年は生きられるからだ」

「あはははははは。マジか! すげえな法務大臣!」

 金田に死を恐怖する様子は微塵もなかった。


「…なぜ、殺した?」

「おおっと、話の途中だったな。理由は単純さ。喧嘩を売ってきたんで買っただけさ。そして分かったんだよ。確かに、こいつらにも名前があって、家族が居て、大事にしてくれる人はいるかもしれない。だが、『俺には関係ねえ』って。──そしたらさ、全然、心が痛まなかった」

 その表情に、嘘偽りはないように思えた。

 そこに津愚見が知っている金田翔平はいなかった。

 彼ならば、決してこんなことは言わないだろう。


 津愚見は目の奥が熱くなった。

 津愚見の知る、娘を溺愛していたころの金田翔平は、もうこの世にはいない。

 何が彼を消してしまったのか?


「どうしてだ?」

 声に悲痛の色がこもる。

「どうして、おまえがそんなことをする! そんなことが出来る!! 確かにお前はクソガキだった! だが反省して、後悔して、人生をやり直そうとしていたはずだ! 愛する妻が出来て、愛する娘がいて!! それが、どうして…!? 彼女たちを失ったことが、おまえをそんな風にしてしまったのか!?」

「ちげーよ、先生。確か、桃果が言っていたよな。猛獣は腹いっぱいになっている間は、獲物を襲わないってさ。だけどな、違うんだ。分かっちまった。腹いっぱいになってても、すぐに腹は減るし、同じ物ばっかり喰ってても飽きが来る。だってよ。どんなに手懐けようとしても、猛獣は猛獣なんだぜ。先生、その点では、先生は正しいよ」

 金田が一瞬、寂しげな表情をしたように見えた。


「クソガキはクソガキでしかない。殺す以外に、手はないんだ」

「…俺は、おまえの中に、…反省の色を見たような気がした」

「ははははは! 反省だって!? 先生、それは無いよ」

 しばらく笑ったあと、金田は静かに語りだした。

「先生は覚えってっか? 前に話したっけなぁ? 反省の色は何色かって…。…今なら分かるぜ」

 反省の色?

 津愚見は何か違和感を覚えた。

 重大な何かを見落としているような予感。

 

 金田は言った。

 今なら反省の色がわかると。

 金田はいったい、どんな気持ちで、この話をするのか?

 津愚見は祈るような気持で、金田の言葉を待った。 


「反省の色は、──無色透明さ。反省の色にカラーなんてないんだよ」


 愉快そうに微笑する金田を、津愚見はじっと見つめた。

 複雑な思いが津愚見を襲う。


反省の色。

反省した者だけが見る事のできる景色。

仮に無色透明だったとして、どうして金田がそれを知っている?

 それは、おまえが本当は反省しているからじゃないのか?

 反省しているからこそ、反省のカラーが見えて、だからこそ「殺すしかない」と、そう言ってるのだとしたら?


 津愚見は知りたいと思った。

 立場や主義を放り捨ててでも、目の前の男を知りたいと願った。

 今のおまえは反省しているのか?

 それとも、やはり反省していなかったのか?

 どうなんだ? 金田翔平?


 刹那、春雷のような衝撃が津愚見を襲った。

 どうして今まで気づかなかったのだろう?

 

 なぜ津愚見は、園木茉莉花を残虐に殺したのか?

 どうしてわざわざ園木法務大臣を煽るようなことをしたのか?


 金田は決して馬鹿ではない。

 愚かでクソガキかもしれないが、決して物事の先を理解できない男ではない。


 園木茉莉花の殺害の後に予想される出来事。

 それは──


 少年法の撤廃だ。

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