第26話 サプラ~イズ!!

 金田は翌々日、園木茉莉花を喫茶店に呼び出していた。

「どうしたんですか? その顔」

 茉莉花が痣の残る金田の顔を見て驚いた声を発した。金田は傷の治りが早いほうだが、まだ不良たちに殴られた痕が残っていた。

「ケジメをつけてきた証拠です。大丈夫です。大したことはないですから」

 そう答えると、茉莉花は満足したように笑った。


「電話でもいいましたが、きちんと会ってお礼を言いたくて。おかげで俺は本当の自分を取り戻すことができました」

 以前、茉莉花に連れて来てもらった喫茶店の奥の席に座る。

「うふふ。大袈裟ですね。でも良かったです。お手伝いができたのなら」

「実はひとつ黙っていたことがあって」

 金田は鞄から雑誌を取りだすと、茉莉花に渡した。

 そこには金田翔平の昔の顔が載っていた。

 偽物とは違う、本物の記事だ。


 茉莉花が雑誌に気を取られた隙に、飲み物に薬を入れる。

「俺がその金田翔平です」

「え!?」

 茉莉花は一瞬驚いたが、同時に金田に興味をもってくれた。

「そうだったの。前に一度だけ顔写真を見たことはあったのだけど、覚えてなくてごめんなさい」

 彼女は更生肯定派で死刑反対派の筆頭だ。金田に興味を抱かないはずがなかった。

どうして更生したのか、何を考えて生きていたのかなど、事細やかに訪ねてくる。

 だが、すぐにうつらうつらとし始めた。

 薬が利いてきたのだ。

「ご、ごめんなさい。…つ、疲れているのかしら」

 その言葉を最後に、茉莉花は眠りに落ちた。



「おや、今日は死刑制度についての話だったはずだが?」

 園木法務大臣が、津愚見を見るなり、顔をしかめた。

「ええ、そのとおりです。そちらのほうにも顔を出させてもらっています」

「君も頑張るねぇ。もちろん君も死刑反対派だよね?」

「いえ、私は──」

「おいおい。君はなんというか、考えが後ろ向きなんだよ。加害者を殺したって、死んだ人間は生き返らない。そうだろ? だったら、加害者に更生の機会を与え、社会に貢献してもらうのが賢いやり方じゃないのか?」

 加害者を死刑にしても被害者は生き返らない。それは確かに「正」だ。だが、加害者を死刑にしなければ、被害者は生き返るとでも言うのか? それは「否」だ。

どのみち被害者が生き返らないのなら、それと死刑はまったくの無関係というわけだ。

 どうして無関係な話をする?

 それは興味がないからだ。


 法務大臣になるほどの男だ。馬鹿なはずがない。そんなことも分からないほどに、彼は死刑の意義にも被害者の気持ちにも無関心なのだ。

「詳しい話は会議の中でお話しいたします。賛成派ばかりが集まれば、逆に盲点が生まれたりもします。反対派がどう考えるかも大事かと」

「説教しているか? 私に?」

「いえ、そういうわけでは」

「そんな常識はわかっている。ただ君らが意味のない反論ばかりするから、決定が遅くなるんだ。この無駄な時間を過ごしている今も、加害者の人生を無駄にしているんだぞ? わかってるのか?」

 どうしてそこで、被害者は出てこないのだ?

 津愚見はどっと疲れてしまった。こんな人物に少年法撤廃を懇願してきたのか。


 やがて参加者が席につき、分科会がはじまろうとしていた。

「おい、茉莉花はどうした? 今日の主役だろう?」

 園木法務大臣が男性秘書に確認する。

「既読はついてるのですが、反応がないですね」

「電話しろ、電話」

 そのときだ。園木のスマホが鳴った。

「と、失礼。娘から連絡が来たようで」

 園木は慣れない手つきでスマホを操作した。


『パパ! パパ! 助けてえええええええ!』

 音量をミュートにしていなかったのだろう、スマホから茉莉花と思われる女性の悲鳴が聞こえてきた。

 周囲がざわめき立つ。

「ま、茉莉花ぁ!! ど、どうしたんだ! その格好は!!」

『はあ~い! 園木法務大臣、見てる? あんたが後生大事に育てていた娘のヌードだぜ? 最後に見たのはいつ以来だい?』

 津愚見は自分の耳を疑った。

 陽気に卑猥な言葉を発するその声は、金田翔平のものだった。


 津愚見が園木のスマホを覗こうとするも、園木が「見るな!」と叫んで拒んだ。

『ちなみに、自分の娘の経験人数は知ってるか? 真面目そうな割にはクソビッチだぞ、こいつ。10人だってさ。ちなみに、記念すべき10人目はこの俺だがな! あはははははは!!』

「くそっ! 誰だ貴様は!! 殺してやる!!」

 しかし金田らしき男は答えない。

いや、おそらくこれは、動画の再生だろう。

「園木大臣、見せてください! 私の知っている男かもしれない!」

 その言葉に園木は、スマホを突きだすように見せてきた。


(ああ、なんてことだ…)

 そこに映っていたのは、やはり金田翔平だった。

「誰だ! こいつは!」

「…金田翔平です」

「か、金田? …あ、ああ!!?」

 園木の中で記憶につながったらしい。

「こ、更生した男がなんでこんなことを!!」

 津愚見も同じ気持ちだった。金田はなぜこんなことを。

『大臣。あんたには感謝してるぜ。俺みたいなクソガキを社会に出してくれたお陰で、こうやってもう一度楽しめるんだからな』

「ま、まさか…。馬鹿な真似はやめろぉおおおおお!!」

 園木がスマホに向かって叫ぶ。秘書らしき人物がどこに電話して、茉莉花を助け出そうとしていた。

 だが、リアルはタイム配信ではない。ということは、すでに…

『俺からのお礼だ。娘の丸焼きをプレゼントしてやるよ』

『いやあああああ! パパ! 助けて!! 死にたくない!!』

 金田が拘束されて動けない茉莉花の頭に、ガソリンらしき物をぶちまける。

 そしてチャッカマンに人を付けて、残酷な笑みを、こちらへ向けてきた。

「やめろぉおおおおお!! やめてくれぇえええええええ!! 茉莉花は私の宝物なんだぁあああああああああ!!」

「パパ! パパ! いやぁあああ! 助けて! 助け──ぎゃぁああああああああああああああああ!!」

 茉莉花が一瞬にして炎に包まれる。

 肌が熱で溶ける苦痛に、茉莉花は動ける最大限で転げまわって、夢に出てきそうな絶叫をあげた。

「ま、まつり…か」

 園木大臣は、娘の無惨な最期に耐えられず、失神した。

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