第20話 神のサイコロは存在するのか?
金田が津愚見と会わなくなって、2年が過ぎた。
真愛も大きくなり、小学3年生になっていた。
よく笑い、よく懐き、一緒にゲームで遊んだりすると、金田を負かす程度に成長していた。
「ねえ! パパ、パパ! 今日は一緒に寝ようよ!」
「残念。パパは夜勤でございます」
「ええ~! 明日土曜日なのにいないの? 公園行こうよ!」
「昼前には戻ってくるけど、パパは徹夜だぜ。寝せてくれよ~」
「駄目だよ~」
「寝せてくれよ~」
「駄目だってぇ~」
きゃははは、笑いながら真愛が言った。
そんな娘が愛おしくて、金田はぎゅっと真愛を抱きしめた。
それが今生の別れとなるとは知らずに─。
「じゃあね、いってらっしゃい」
「いってらっしゃ~い」
桃果と真愛が見送ってくれた。それだけで、力とやる気が湧いてくる。
家族とはこんなにも愛おしくて、大切なものなのか。
翌日、夜勤を終えて、家路についた。
SNSで今から戻ると伝えたが、既読はつかなかった。
寝ているのだろうか?
電車で移動中も、スマホで娘の写真を眺めた。
まる一日眺めていても飽きない。
そしてもうすぐ、可愛らしい実物に会えるのだ。
家に着いた。
まだ、SNSの既読はついていない。
鍵を開けようとして、鍵を回すも、するりと力が抜けた。
反射的に反対側に鍵を回す。
と、今度は鍵が閉まった。
どうやら鍵が開いていたらしい。不用心だな、と思った。
その程度の認識だった。
嫌な臭いがした。
部屋全体に何か異様な空気が漂っている。
リビングの電灯が切れかかって、チカチカしているのだ。
そういえば昨日、出社しているときに、桃果がそんなことをSNSで言ってきた。
ふと、リビングのドアの隙間から、子供の手が見えた。
寝ているのかな? そんなふうに思った。
「真愛?」
愛する子供の名前を呼ぶ。
けれども反応がない。
やがて、そのすべてが視界に映った。
心臓が引き絞られるような痛みを発した。
脳が痺れたよに真っ白になる。けれども頭に中は妙にクリアだった。
「真愛!!」
血まみれになって仰向けに倒れている最愛の娘を抱き上げた。
ぐらりと頭が揺れて、首の上から滑り落ちた。
まるで金田が持ち上げたせいで、首が捥げたかのように…。
金田は悲鳴にならない声をあげた。
涙があふれだしてきて、どうにもならない気持ちが胸を締め付ける。
桃果は?
気を失いそうな混乱の中で、愛する妻の姿を探した。
それはすぐに見つかった。
ピクリとも動かない無惨な死体。
涙で汚れた顔、穢された肉体。虚ろな瞳が何もない空間をみていた。
警察の質問にどう答えたのかも覚えていない。
それから自分が何をして、今がどういう状態なのかもわからない。
津愚見の姿を見たような気がする。
何か言っていたような気もするが覚えていない。
世界は色を失っていた。
薄暗い灰色で音さえも遠くに聞こえる。
誰かが食事を持ってきた。
腹は減っていなかったが、「もう何日も食べていない」的なことを言われ、勧められるまま口に入れる。
砂だった。
味もないし、ジャリジャリした食感で、思わず吐き出した。
なんで砂を!?
遠くの自分がそんな疑問を抱く。
けれども自分の目の前にあるのは、砂ではなく、確かに食べ物のようだった。
だけどすぐに、そんなことはどうでもよくなった。
思考の闇の奥で、ときおりキラキラと輝くものがある。
真愛だ。
桃果もいる。
二人の思い出が、太陽みたいに精神を照らしてくれる。
だが──
記憶がよみがえる。
無惨な二人の死体。
真愛はレイプされ、股間を血と精液で汚し、頭が落ちるほど深く首を切断されていた。
桃果も同じくレイプされていた。
腹を切り裂かれ、不妊治療で頑張った子宮が取りだされていた。
涙で汚れた苦悶の表情は何を意味するのか?
生きたまま腹を割かれたのではないか? そんな残酷な妄想を抱く。
どうして?
どうしてこんな目に遭う?
俺が犯罪者だから? 人殺しだからか?
だったら俺を殺せよ!!
桃果も真愛も関係ないだろ!
ちくしょう!ちくしょう!ちくしょうっぉおおおおお!!
金田は闇の中で咆哮した。
悲しみと怒りと喪失感と虚無感が交互に襲ってきては金田の精神をおかしくさせていく。
ただゆっくりと現実を理解しつつあった。
桃果も真愛も、自分が大切に愛した存在は、もうこの世にいないのだ。
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