第14話 なんで更生なんかしてんだよ!

 少年法を見直すための分科会に、津愚見は月一で参加していた。

 少年法撤廃という夢を叶えるために、着実に一歩一歩を進めてきた結果だ。

 津愚見が少年法を憎むのには理由はない。

 過去にその考えを増長させる体験があったわけでも、きっかけがあったわけでもない。

 ただ、犯罪者が優遇されているという社会の理不尽を知っただけだ。

 理不尽を憎むのに動機はいらない。



「ごらんのように、少年の更生については、犯罪の内容により大きく異なります。特に殺人などの重大な犯罪を犯した少年は、非常にアウトローな生活を送っており、多くの軽犯罪を繰り返しています」

 津愚見の説明に、ふんぞり返った態度の議員が訊ねた。

「それは更生の課題ではないのかね? 社会が十分に犯罪者を受け入れられていない証拠では?」

「更生側の課題も、もちろんあるとは思います。ただ現実問題として、一度犯罪の道に足を踏み入れた少年の更生は極めて困難であるという点も、重く受け止めるべきです。我々が真に子供のことを考えるのであれば、一度も犯罪の道に踏み込まないような社会を築き上げていく必要があります。そのためには少年法の見直しが必要なんです」

 言いながらも、津愚見の脳裏には、金田翔平のことが過ぎっていた。

 大人にとって「極めて困難」という表現は「絶対に無理」とイコールだ。「可能性はゼロではありません」は「絶対にあり得ない」であり、「記憶にございません」は「そのとおりだから認めたくない」という意味になる。

 つまり津愚見は、「凶悪犯罪者の更生など絶対にない」とそう主張しているのだ。だからクソガキは死刑にすれば良い、と。

 それ故に、まるで本当に更生したかのような金田の存在が許せなかった。



 事務所に戻った津愚見は、知り合いの伝手を使って手に入れた、金田翔平の保護観察の記録を読んでいた。

 少年院に入った金田は、最初のほうこそ、「有名人になるから悪いことは卒業する」という、およそ更生とはかけ離れた価値観でいたが、勉強のおもしろさに目覚め、大学に行けるという可能性を聞いてからは、目に見えて態度が改まっていったらしい。

 金田の変化に教官たちも親身になり、またほかの入所者たちにも一目置かれていたため、環境面ではかなり安定していたようだ。金田の影響で少年院全体でのイジメやサボりも減っており、少年院側の金田に対する評価は極めて高かった。

それが金田の自信にもつながり、頑張れば頑張るほど認められて更に頑張るという正循環が加速し、急速に金田の意識を変えていったのだ。15歳から18歳という大きく精神が変貌するタイミングであったことも大きいだろう。


 観察結果には大きくこう記されていた。

 金田翔平は、極めて良好に更生を成した、と。

 金田の変貌は、空想と現実の区別がつかない更生肯定派が、我が意を得たりと叫びそうなエビデンスだった。同時にそれは、津愚見にとって不都合な証拠でもあった。

「忌まわしいクソガキだ…」



 金田と再会してから一週間後、津愚見の事務所を金田が訪ねてきた。桃果を含めた従業員すべてを帰らせている。

「まだ、梶原さんには話していないそうだな」

 金田の過去を「事件に巻き込まれた不幸なトラウマ」だと勝手に解釈している桃果は、あえて急かすようなことはしていないらしい。金田が話したくなるまで待つと、桃果は津愚見にも伝えていた。

「はい。すみません」

 金田のしおらしい態度が、津愚見を苛立たせる。どの面下げて、反省したふりをしているのか。

「意外でした。先生も何も話していないそうで」

「なぜ俺が話していないか分かるか?」

 金田は分からない、といった態度を返した。

「人は法の下に平等だからだ! 犯罪者でもあってもなぁ!! 刑期を終えたなら人権が守られる。今の貴様は、貴様が軽い気持ちで犯した法律によって守られてるんだ! 法律に感謝するんだな! わかったか、クソガキ!!」

 しかも金田は少年院だ。少年院では前科はつかない。人をあんな無惨に殺しておいて、金田はまっしろな体をしている。

「今なら分かります。俺がどんなに愚かだったのか…。どんなに酷いことをしたのか。許せれることではありません。過去を変えることができるのなら、俺は昔の自分をぶっ殺したい」

 金田が悔しそうに涙を流す。その感情に偽りはないように思えた。


「当然だ。クソガキは死ねばいい。そのために俺は今、少年法をぶっ壊そうとしているんだ」

「まだ、夢を成し遂げようとしてるんですね」

 金田が俯いていた顔を上げて言った。

 そこには純粋に尊敬をしているような表情があった。

「当たり前だ。まだクソ少年法は残っている。時間はかかるが、必ず撤廃させてみせる」

 しばらく沈黙が降りた。先に口を開いたのは津愚見だ。

「それで? 用件はなんだ?」

 もしも隠蔽工作を頼むようなクズであれば、桃果には合法的に伝えるつもりだった。桃果はここの事務員でもある。身の危険が迫っているのを見逃すわけにはいかない。


「…わかりません」

「…ふざけているのか?」

「言わなきゃいけないとは思っています。でも、言えば必ず、桃果は俺の元を去っていきます。それがどうして怖い」

「自業自得だろ、クソガキだ。罪は償うことができても過去は消えない。だから頭のいい連中は犯罪をしないんだ。想像力のない貴様が悪い」

「それは分かっています。でも…」

 金田は本気で後悔しているようだった。

 「テセウスの船」という概念がある。船の部品を全部取り換えていったら、それは元の船と同じと言えるのか? という思考実験だ。

 人の細胞は日々入れ替わっている。2年くらいですべての細胞が入れ替わるという。金田を構成する細胞も、もはやすべて入れ替わっていることだろう。今の金田はテセウスの船だ。記憶がつながっているから、過去の自分と同一だと認識できる。

 記憶はあるから過去に自分がしたことを覚えている。けれども、彼の成長は、過去の自分をまるで別人のように否定していた。

本当に更生した人間がいたとすれば、それを救わないのは公平だと言えるのか? 津愚見勝之は「理不尽」を憎むのではなかったのか?

津愚見の中で何か大切なモノが揺らいでいくような錯覚を覚えた。


「分かっているなら、やることは決まっている。今の貴様は梶原さんを騙している状態だ。俺は卑怯な生き方を肯定するつもりはない。貴様はどんな理由があろうと、彼女に真実を告げなければならない。それが貴様の選んだ生き方だ。本当に反省しているのなら、無かったことにするな」

 金田は男泣きした。大の大人が、まるで子供のように泣いた。

 世の馬鹿どもは、犯罪者が自分の言葉で反省し涙を流す姿を想像して、自己満足に浸る。まるで自分が特別な人間になったようなゲスな優越感を覚える。

 だから、少年法はなくならない。

 だから、真の犠牲者である被害者にスポットライトは当たらない。

 津愚見は違った。

 そんな馬鹿でナルシストで無知蒙昧な愚民とは違う。

 涙する金田を見て、湧きあがってきた感情は怒りだ。

 金田の胸倉を掴みあげて言った。


「泣くくらいなら最初から犯罪なんてするんじゃね!! 一度犯罪を犯したのなら死ぬまで犯罪者でいろ!! なんで更生なんかしてんだよ! 馬鹿野郎!! 貴様は反省の色が見えないまま馬鹿なことやって勝手に死んでればよかったんだ!! 後悔なんてしてんじゃねえ!!」

 さらに涙する金田を、津愚見は床に叩きつけるように突き飛ばした。

「先生、どうかお願いです。俺を弁護してください」

 床に転がった金田は、正座をして深く頭を床に擦り付けながら懇願した。

「知るか。大人なら自分でケジメをつけろ」

 津愚見は吐き捨てるように言った。

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