第11話 犯罪者だって恋したい!

「絶対に金田くんは、桃っちのことが好きだと思うんすよ!」

 同じキャンプサークルの友人である、織田信子が力説した。午後の学食にはまばらに人がいる。

「またその話? だから勘違いだって…」

 桃果はうんざりした感情を苦笑いの下に押し込めて言った。

「もしかして告白してフラれたとか!? 何それ! 許せない!」

「違うって。告白もしておりませんし、フラれてもいません。ちなみに両想いでもございません」

「いま、両想いって言った!!」

 桃果は慌てて自分の口を押さえた。

「違う違う違う! 『ございません』だから否定したってこと!」

「そろそろ素直になりなよ。壁作ってるから、金田くんも奥手になってんだよ」

 桃果は答えずに、無言でタピオカのストローを吸った。


「金田くん、清香ちゃんに告白されたらしいよ」

「うそ!?」

「…ったく、誤魔化すのヘタクソか。本当だよ。うんでもってフラれた」

「へ、へえ~」

 桃果は再びストローに吸いついた。


「清香ちゃんがフラれた後に聞いたんだって。誰か好きな人いるのかって」

「…それで?」

「気になるんかい! ──いないって答えたらしいけど、『もしかして梶原さん?』って聞いたら明らかに動揺してたって。フラれた女の勘が言ってるのよ『カネダハモモカガスキ』」

「なんでカタコト!?」

「金田と出会って2年。大学生活は院に行かなきゃ4年。大学で彼氏つくっとかないと、生涯独身の確率が跳ね上がるらしいよ」

「だから、そんなんじゃないってば…」

「じゃあさ。S大のコンパに誘ってもいい? すっごい派手なパーティーやるらしいよ。出会い系の!」

 桃果はやんわりと断るつもりだったが、再び金田の話になってきたため、仕方なくといった感じで承諾した。


「おい、みんな! ヤバいって!」

 金田が大学近くの居酒屋でキャンプサークルの男たちと飲んでいたところ、同じキャンプサークルのメンバーである田所信哉が飛び込んできた」

「どうしたん? 出会い系であった奴がまた男だったん?」

 からかいの科白に、笑いが起こった。

 しかし、田所は真剣な表情のままだ。

「違うって! うちの女子共がS大のヤリパーに参加してるらしいんだよ!」

「ヤリパー?」

「そうだよ! スーパーフレンドリーってヤリサーが企画しているヤリパーティーだよ! 濃い目のカクテル無理やり飲ませて、そのまま持ち帰って輪姦すらしい」

「田所エロビの見過ぎじゃね?」

「そんなん本当だったら、すぐに警察に捕まるって」

 サークルの男たちはあまり本気にしていないようだった。


「まあ、ヤリサーの噂はどこにでもあるし、それに参加したってことは、そのつもりってことだろ?」

「そうかもしれないけどさ」

 サークルメンバーたちの態度に田所は落胆したようだった。

 金田はざわざわとした不安を覚えた。

 自身が昔ワルだったから分かる。警察というのは、そう簡単に犯罪者を逮捕することはない。

 特にそのスーパーフレンドリーというサークルのやり方だと、警察の手が回るのはかなり遅いはずだ。

 金田自身、若い頃にこのやり方を思いつき、実戦こそしなかったが、北村や鈴原に得意気に語っていた。


「誰が行ったかわかるか?」

「織田さんと、そうだ確か梶原さんも行くって聞いた」

 衝動が金田の体を突き動かす。

「場所はわかるか?」

「え? 翔平くん、行くの? エロ過ぎ。ぎゃははは!」

「もし本当だったらどうするんだ?」

「どうするんだって…」

「まあ、仕方なくね」

 サークルの男たちは、ばつが悪そうに言った。怖いとか心配とかいう感情よりも、無関心という感情の色が強いみたいだった。



 金田は田所に案内されて、S大のパーティーに乗りこんだ。

 入口で門番役が「チケットを持っていますか?」と聞いてきた。

「持っていない。知り合いを連れて帰るだけだ。お婆さんが危篤なんだよ。何も飲まずに帰るから」

 けれども門番は執拗に入室を拒んできた。

 キナ臭さを感じ取った金田は躊躇うことなく門番の股間を蹴り上げた。そこまですると思っていなかったのか田所が激しく動揺していた。

 中に入ると、今まさに半裸にされた桃果が、別室へ連れて行かれようとしていたところだった。桃果はわずかに意識があるようだったが、酔っぱらって上手く動けないようだった。


「なんだよ! おまえは!」

 叫んだ男の顔を、近くのビール瓶でぶん殴った。

 今では大人しくなったとはいえ、かつては喧嘩で不良たちを束ねた経験のある金田だ。喧嘩のやり方は誰よりも熟知していた。

 割れたビール瓶を酒瓶が並んだカウンターに投げつけ、騒ぎを大きくする。

 ぱっと見、何も知らない女たちが騒ぎださないよう、巧妙に視界を隠して、ターゲットをヤリ部屋に連行しているようだった。ならば騒ぎを大きくすれば、女たちも異常な事態に気づくだろう。

 さらに僥倖だったのは、騒ぎを聞きつけてヤリ部屋から出てきた男たちの隙をついて、今まさに被害に遭っていた女性が逃げ出したことだ。全裸の女性を見て、ターゲットの女たちも酔いを醒ました。


「動くな! 警察だ! ここでレイプまがいのことがされてると通報があった!」

 金田はポケットから黒い手帳を出した。ここへ来る前にコンビニで購入したものだ。

 当然ながら警察手帳ではないのだが、パーティー会場は薄暗く、おそらくは初めての警察の登場に、まずいと思ったヤリサーのメンバーは我先にと逃げ出した。

「動くなと言ってるだろ!」

 こう言えば、悪い連中ほど真っ先に逃げる。もちろん、金田としてはそうしてほしかった。


 金田は意識が朦朧とする桃果を背負うと、まだ意識がはっきりしているサークルの女子たちと店を出て、すぐにタクシーを呼び止めた。

「おい、あいつだ!」

 金田に騙されたと気づいたヤリサーのメンバーが集まってきた。

「金田も早く!」

「いや、田所たちは先に行け」

 まだタクシーに乗れていないメンバーが何人かいた。全員をつれて逃げるのは無理だ。だが、自分ひとりならなんとかなるだろう。

「か、金田……くん。だ…め」

 桃果が必死に止めようとする。金田は桃果を無視して、田所に言った。

「俺ひとりなら大丈夫だ。隙を見て逃げる。警察を呼んでくれ」



 金田はあえて、田所たちと反対に走った。ヤリサーたちは案の定、金田のほうを追った。

 やや人目に付きにくい路地裏で足を止める。

 警察に見つかりづらい場所だが、実は金田自身も警察の世話になる気はなかった。下手に自分の過去がバレて、居場所がなくなるのは御免だ。

 そしてこいつらも警察に被害届を出すことはないだろう。


「てめえ。どうなるか分かってんだろな」

「警察が来る前にぶっ殺してやる」

「俺を殺したら、おまえらムショ行きだぜ。その年で犯罪やったら二度とカタギにも戻れねえぞ」

「うっせんだよ! クソが!」

「こちとらバックにヤクザがついてんだ!」

 嘘だなと金田は思った。本物のヤクザが絡んでるなら「ヤクザ」という単語は使わせないようにする。

「ふざけた野郎はそいつか?」

 ヤリサーたちがまるでボスを迎えるかのように頭を下げて、左右に人垣を割った。

「俺の儲け場を荒らしておいて五体満足で帰れると…」

 煙草を吹かしながら現れた男は、言葉を止めた。

 ややあって金田もそれに気づく。


「おまえ、ブンちゃんか?」

「ショウちゃん?」

 突如出てきた「ちゃん呼び」にヤリサーたちは明らかに動揺した様子だった。

「道理でどっかで聞いたことがあると思ったぜ。俺のアイデアじゃねえか」

「うるせえよ。なんだよ、その格好は? 一般人みたいじゃねえか!」

「俺は普通の人間になったんだよ。そっちこそ、いつまでこんな馬鹿みたいな生き方してんだよ!」

「おまえが教えた生き方だろ!!」

 北村文弘は煙草を地面に叩きつけた。


「一度道を踏み外したら、こんなふうに生きるしかねえだろ!」

「は? それはテメエの努力が足りねえだけだろ? 俺は真面目に更生できたぜ」

「人殺しのゴミが何言ってんだよ! テメエのせいで俺の人生は滅茶苦茶だ! 何勝手に更生してやがんだよ! いつもいつもそうだ! テメエはいつもズルいんだよ!!」

「それのどこが悪いんだよ? いつまで他人の所為にするつもりだ? 変わりたきゃ、必死になって変われよ!」

「…昔の俺はショウちゃんが怖かった。だけどな! 俺だって成長してんだよ!」

 北村はポケットからナイフを出してきた。

「ぶっ殺してやる」

「やってみろ」


 金田は無防備に北村へ近づいて行った。

 動揺した北村がナイフを振り上げた。

(変わってねえな、ブンちゃん。緊張するとすぐに大振りになる)

 金田は素早く北村の脛を蹴り上げた。痛みで呻いたタイミングで、ナイフを持つ手を蹴り上げる。そのまま武器を失った北村を力の限り殴り続けた。北村も殴り返そうとするが、喧嘩の強さでは北村は金田の足元にも及ばなかった。今もその距離は縮まっていない。



 遠くでパトカーのサイレンが聞こえてきた。

 同時に北村も地面に倒れた。

 事の経緯を見守っていたヤリサーたちは、自分たちの負けを悟って逃げ出した。

「おい! おまえらの顔は覚えたからな! 次にあったらぶっ殺す!」

 金田の怒声に、か細い悲鳴でヤリサーたちは返事をした。

「じゃあな、ブンちゃん。いろいろ悪かったな。だけど、頑張れは更生できっからよ。諦めんな」

「くくく。何が更生だよ…。ショウちゃんは全然、何も、変わっていない。いずれ人を殺すだろうよ」

 金田は北村の科白に答えず、その場を後にした。



 半裸の桃果に自分の上着を着せたため、財布もスマホも持っていなかった。仕方なく約2時間かけてアパートまで歩いて帰ってきた。

 そこには、桃果と田所、織田の三人が待っていた。

 2時間近く経っていたため、桃果の酔いも若干醒めているようだった。

「無事でよかった」

 安堵の表情をする田所と織田を押しのけて、桃果が突進してきた。そのまま金田の胸に顔をうずめる。

「馬鹿! 心配したんだから!!」

「そりゃ、こっちの科白だ。遊ぶ場所くらい考えろ」

 桃果に抱きつかれた動揺を隠すため、突き放すような態度をとる。

 桃果が涙に濡れた目で、じっと金田を睨みつけてくる。


「…なんだよ」

 その口を桃果の口が塞いだ。

 刹那、金田の中で何かが弾けた。桃果の細い体を抱きしめ、激しいキスを返す。

「あわわわわ!」

「はわわわわ!」

 突如始まった濃厚なキスシーンに、田所と織田が動揺の声をあげた。

「ふ、ふたりとも! い、いちゃつくのはいいから、せめて部屋でしろ!」

 真っ赤になった織田の科白に、そうだな、と金田は思った。桃果の肩を抱いて、部屋に連れ込む。

 仮に抵抗されたとしても、金田はその手を放さなかっただろう。


 そしてこのあと、めちゃくちゃセックスした。

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