第9話 厳しい躾けって、つまりは虐待だよな?

 金田は少年院で3年の時を過ごした。途中、仮退院の話もあったが、勉強に集中したくて断っていた。

 昔はあんなに興味がなかったのに、今は勉強の虜だった。

 すいすい理解できるし、どんどん知識も溜まっていった。

 自分が成長していく様が楽しくて仕方ない。

 毎日10時間近く勉強していた結果、驚くほど学力が伸びた。

 目標としていた国公立大学に一発で合格した。


「日本の教育制度の弊害だな」

 金田に勉強を教えていた法務教官の荒巻が言った。

「成長速度の違う生徒を同じクラスにまとめて、均一の授業をやらせる。その結果、勉強のできる子は授業中にほかのことを考える癖がついて授業に集中できなくなり、勉強のできない子は、授業についていけなくて面白くなくなる。得をするのは『普通』の生徒だけだ。日本には飛び級制度が必要なんだ」

「そしたら、勉強ができない奴はますます可哀想じゃね?」

「金田はいま小学校の勉強をしているが、すいすい理解できてるだろ?」

「ああ。自分でも不思議だけどな」

「勉強をしていなくても、脳は成長しているんだ。極端に言えば、大人になれば誰だって、小学校の内容であれば理解できる」

「できない奴が、ここにはいっぱいいるぞ」

「それについては、『ケーキを切れない非行少年たち』という漫画があるから、シャバに出たら読んでおけ。まあ、とにかく勉強ってのは積み重ねで、その過程で穴があると、上に何も載せることができなくなるんだ。その意味では立ち止まって、理解するまで待つことが必要なんだ。小学生であっても」

「親が発狂するだろ? 無能な親ほどガキの順位付けにはうるさい」

「まあ、そういう部分もあるかな」


 3年の月日は、金田の精神を大きく変化させていた。

 15歳から18歳という月日は、わずか3年ではあるが、中学3年生と高校3年生では、誰しも大きく自我が変わった経験はあるだろう。

 金田も同じだった。

 過去の自分が犯した罪の記憶はあるが、どうしてそんなことに夢中になっていたのか、自分でも上手く説明できなかった。ただ、馬鹿な事をしたという後悔はある。


「中二病ってやつだな」

 少年院を退院する日、荒巻が語ってくれた。

「思春期特有の精神状態で、自分はもっと凄い奴なんだ。隠された能力がある。そんなふうに背伸びした行動を指す。主にアニメや漫画のキャラに成りきるイメージのほうが強いが、不良やワルの精神も、この中二病の一種と考える説があるんだ」

「まあ、わかる気がしますね。あの頃の自分は、なんであんなに舐められることを恐れていたのか。それがすべてだと思っていました」

「過去は消えない。おまえの犯した『黒歴史』は残る。だがな、これからどう生きるかが重要だ」

「はい。ありがとうございました」

「それと金田。ひとつ重要な話があるんだ……」



 金田は共同墓地の前に立っていた。

 そこには金田の母親の名前が刻まれていた。

 被害者の遺族に金を渡すため、昼夜問わず働き、体を壊してしまったらしい。そうでなくとも、犯罪者の母親という理由で、さまざまな誹謗中傷を受け、心も病んでしまっていたらしい。


(母さん…。マジかよ。こんな息子で…わりい)

 金田の中に母親との思い出に、悪い記憶はなかった。

 確かに貧乏で仕事も忙しく家にいないこともあった。だけどそのぶん、友達と遊ぶ時間もあったし、のびのびと過ごすことができた。また忙しい合間に、時間を作っては公園や動物園に連れて行ってくれた。

 悪い事をすればちゃんと怒られていたし、充分な愛情を注いでもらっていた。


 今思い返してみても、母親の教育に問題はなかった。

(悪いのは俺だよ。かあさんはちゃんと叱ってくれていたのに、それが嫌で家を飛び出した)

 仮に批難される点があるとすれば、水商売をやっていたことだ。それで周りからからかわれ、喧嘩で強くなることで自分を守るようになった。

 だが、職業差別する奴のほうが悪くはないか?


 ──彼の犯罪は、環境による部分が多い。


 ふと、自分を弁護してくれた国選弁護士の言葉を思い出した。

 イケメンで知的な眼鏡。自分を常にクソガキと呼ぶ、少年法を憎む弁護士。

 3年も前なので名前は忘れてしまったが、彼は金田を弁護する際、いろんなモノの所為にした。

 アニメが悪い、漫画が悪い、セックスが悪い、父親が居ないのが悪い、ゲーム機が無いのが悪い、お菓子をよく食べていた、部屋の中に太陽の光が入らないのが悪い。

 いま考えても見ても、おかしな理屈ばかりだ。

 どうして、「犯罪者が悪い」ではなく、「何かの所為」にするのか?


「社会は性善説を信じているのさ」

 弁護士の先生は吐き捨てるように言った。

「それにドラマや映画の所為だな」

「また、それかよ」

 過去の金田は呆れたように言った。

「…ドラマや映画は、どうしても『非日常』を描く必要がある。売れるためにな。だけど、あまりにも現実からかけ離れた内容だと、客の頭に入って来ない。そこでちょうどいいテーマが、戦争と犯罪だ。犯罪を描いた場合、警察などの正義が主人公となるのが王道だが、しばらくすると飽きがくる。そこで次は犯罪者が主視点となる作品が必然的に現れる。だが、本当の悪党を主人公にしてしまっては、客は当然ファンにならない。だから演出家は、悪いキャラにも人間味を持たせ、共感できる設定をつけ、受け入れられるかたちにした。これがバカ受けした。犯罪者が更生や反省をすれば、頭の悪い連中は涙を流して感動した。この流れが学園モノに取り込まれた時点で最悪の状況が生まれた。少年法を守ろうとするクソ野郎どものは、このクソみたいな演出にコロリと騙された馬鹿どもだ」

 


 金田は近くのレストランで遅めのランチを取ろうとした。

 母親の件はショックだったが、腹は減るし、久しぶりにシャバに出てレストランで食事。欲求のほうがやや勝った。

 近くから大人の怒鳴り声が聞こえたのは、そのときだ。

 どうやら父親が、4歳くらいの子供を叱っているらしい。内容的には、上手にご飯を食べられず、落としてしまったかららしい。母親もいるが、緊張した面持ちで子供の落とした食べ物を拾っていた。怖くて逆らえないときの負け犬の表情だ。

「なんで何度も同じこと言わせるんだ! そうやって傾けたら落とすに決まってるだろ! ほら! また!!」

 怒鳴られた子供はギャンギャンと泣きはじめた。食べた物が口からボロボロと落ち、さらに父親の怒りを買う。


 金田はため息をついて立ち上がった。

「あの、ちょっといいっすか?」

「なんだ? おまえは?」

 父親はやや動揺した態度で答えた。

(戦闘力は…たったの5か。ゴミだな)

 何度も不良相手に喧嘩してきた金田は、見ただけで相手の強さを推し量れるようになっていた。


「食べ物落としたくらいで、そんなに叱ることっすかね?」

「おまえには関係ないだろ!」

 金田は振り返って自分のテーブルを指差した。そこにはホクホクと湯気を立てるステーキがある。

「飯を食ってるときに怒鳴り声あげられて、関係ないはないっしょ?」

「うちの家族の問題だから関係ないって言ってるんだ! うちの子供の教育に口出しするな! 食事すら満足にできない子供に育ったらどうするんだ!?」

「俺はですね。食事をするときに、食べ物を落とさないで食べることができますよ」

「?? そりゃ、そうだろ?」

 何言ってんだ? という表情を父親はした。


「俺の母さんは、俺が食べ物をこぼしても一度も叱らなかった。傾けると落ちちゃうよ、って優しく言ってくれただけだ。でも、大人になればみんな落とさなくなる。叱る意味なくね? まだ出来ない時期ってだけですよ」

 自身の行動を論破されたとあって、父親は顔を真っ赤にした。

「おまえに子育ての経験があるのか! 子供に躾けは大事なんだよ! 将来犯罪者にでもなったらどうするんだ?」

「食べ物落とすと、どんな犯罪者になるんですか? むしろあんたのほうが虐待って犯罪で今すぐに逮捕されそうですけど!?」

 金田は若干、ムカついてきていた。


 親の教育が大事? じゃあ、あんたらは親の言うとおりに育ってきたのかよ? 勉強しなさいと言われてゲームばっかりしてなかったか? 安定した職につきなさいと言われて、夢ばかり追いかけてなかったか? 結婚まだなのと言われて、すぐに結婚したか?

 俺の母親はまっとうだった。

 でも、俺は人を殺した。最低な人間になった。


 ほらほらほら!

 生きた証人がここにいるぜ! 親がまっとうでも犯罪する奴はするんだよ!

「このクソガキが!!」

 父親がたまらずといった感じで、金田の胸蔵を掴んできた。母親が止めに入るが、相手にされていない。

(まあこんなクズ殴っても仕方ねえし。大人しく殴られとくか)

 金田がそう思ったときだ。

 二人組の男が近づいてきた。そして胸の内ポケットから警察手帳を見せてきた。

 父親は途端に青ざめて、手を放した。母親のほうも目を見開いて怯えている。


「本当に見張りってつくんですね」

「当たり前だ。おまえのような凶悪な犯罪者が自由に歩き回れると思うなよ」

 刑事の科白に、父親と母親が小さく悲鳴をあげた。

 自分を見る目が恐怖で濁っていた。

 これなら素直に話を聞いてくれそうだ。やはり、舐められたら負けなんだな。

「俺は人を殺して今日少年院から出てきたばかりです。少年院には親から虐待を受けて、それが原因で非行に走った奴がいっぱいいました。もしも、そちらのお子さんを犯罪者にしたくないのなら、決して叱らずに温かい目で見守ってやってください」


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