第7話 死んだ人間のことなんて、さっさと忘れようぜ

 退屈な裁判は数日にわたって行われた。

 金田をイラつかせたのは、被害者側からの主張だった。

 女の過去の話から始まり、重い心臓病を患っていたこと。10歳まで生きられないと絶望したこと。運よくドナーが見つかり、たくさんの寄付によって手術を受けられたこと。

 金田にとってどうでもいい無駄な話が続いた。


 そもそも10歳までしか生きられなかったのだから、俺に人生を明るくするために死ねて良かったんじゃね? としか思わない。

 被害者の家族は女の無念を語り、金田の人格を否定し、涙ながらに厳罰を求めた。しかし涙ながらに読まれた文章は、嗚咽で半分も聞き取れず、金田は何度か噴き出してしまいそうになった。


「何を笑っとるんだ! おまえは!!」

 金田の表情に気づいた被害者の父親が鬼の形相で睨みつける。

 けれども、顔のデカい細身の体形で、喧嘩すれば余裕で勝てそうだった。睨まれたとしても身の危険すら感じなかった。

「別に。気のせいじゃね?」

 金田は小馬鹿にしたように言った。

「静粛に!」

 裁判長が良く響く声で叫び、周囲の者が被害者の父親を取り押さえる。父親はなおも金田を睨みつけながらも、大人しく引き下がった。


(だっせ)

 金田はしんそこ父親を見下した。

 真に怒りがあるのなら周囲を振り切ってでも、自分を殴りにくるべきだ。まあ、余裕で返り討ちにしてやるが。

 裁判長に止められただけでおさまる怒りなど、その程度でしかない。

 そもそも、グダグダと死んだ人間の話をしてどうなるというのだ? 生き返ったりでもするのか? 死んだ人間は絶対に生き返らない。そんなことも分からないのか? いなくなった人間に固執するよりも、生き残った人間のことを考えるべきだ。

 死んで未来のない娘のことをよりも、未来のある俺の人生をもっと大事にしろよ。


「被告人は被害者の想いを真摯に受け止めなさい!」

 金田はイラっときた。なんでテメエに命令されなきゃならないんだ。

「裁判長! 私の目にはどうみても彼が反省しているようには見えません! もしも反省しているというのであれば、今この場で笑ったことを謝罪させるべきです!」

 検察官もここぞとばかりに割り込んできた。正直めんどくせーと思った。

 ここで大人しくしなければ罰が重くなることは理解している。だが、舐められるくらいなら、10年でも20年でも服役してやる、と金田は思っていた。


「金田翔平くん、謝りなさい」

 津愚見に睨まれ、金田はしぶしぶ言うことを聞くことにした。

 実のところ金田は、津愚見が嫌いではなかった。向こうが自分を嫌悪していることは知っている。というか津愚見は隠す気すらない。

 けれども自分を見下して馬鹿にしてくるというよりは、明確な敵として嫌っている感じだった。さらには法律を変えるというデカい夢を持っていることも好感がもてた。津愚見はほかのいい加減な大人たちとは違い、心の中に芯を持っている。

 そんな自分の想いを持ちながらも、仕事を全うするために金田を弁護してくれている。そんなツンデレっぷりを気に入っていた。


 しゃーねーな、という気持ちになる。

「早く謝れ!」

 素直に謝ってやろうと思ったのに、検察官の科白にイラついた。

「ちっ、うるせーな。反省してま~す」

 思わず本音が混じる。

「な、なんだそれは!!」

 被害者の父親が激高した。

「それが人に謝る態度か!! おまえは美沙を! 娘をなんだと思っている!!」

 クソジジイに煽られて黙っている金田ではなかった。

 精神をズタボロにしてやろうという醜い怒りが込み上げる。


「何って、生オナホだろ? みんなで堪能させていただきました。あざーす! ちなみに俺にぶっ殺されてザマな~す!」

「くっ、くっ!!!! こ、こ、このぉおおおおおおおお!!」

 怒りに我を忘れた父親が襲いかかってくる。

 けれどもあまりに怒りに体の制御が追いつかないのか、足がもつれて転んでしまった。

 無様な姿だ。

 情けのない姿だ。

 もの凄くダサかった。

「あはははははは! マジでウケるぅ!!」

 金田は堪らず大笑いしてしまった。視界の隅に、目頭を押さえる津愚見の姿が映った。



 金田の最後の態度で、裁判官の印象は最悪となったらしいが、津愚見が優秀だったため、少年院送致処置となった。

「へへ、ちゃんと仕事をしてくれたようだな、先生」

「黙れ、クソガキ。俺が検察官だったら、貴様は少年刑務所行きだ」

「は? 何が違うんだよ?」

「自分で調べろ、クソガキ」

「ひでえな」

 金田は友人に接するような態度で言った。


「じゃあな。二度と会うことはないと思うが…」

「ああ、先生には世話になったな」

「願わくば…」

 津愚見は眼鏡を人差し指で上げてから言った。

「──死ね」

「いや、最後の言葉が『死ね』ってなんだよ」

 けれども津愚見は応えずに、後ろを振り返ることなく去っていった。

「おもしれえ先生だったな」


 金田と津愚見。少年犯罪者と少年法の撤廃を目指す弁護士。

 思想相反するふたりには、今後なんの接点もないように思われた。


 金田は、もう二度と津愚見と会うことはないと思っていたし、対する津愚見のほうも、クソガキが更生などするはずないから、どこかの裁判で名前を目にすることになるだとうとは思っていた程度だった。

 けれども、運命は数奇な道をたどる。

 金田は津愚見の前に、津愚見の夢を邪魔する存在として現れ、同時に少年法撤廃における最後の鍵となった。また、金田にとって過去を知る津愚見は、なんでも話せる頼れる存在となってしまう。

 犯罪者と犯罪を憎む者。

 その間には、決して友情ではないが、それ以上に硬い絆のようなモノが結ばれていた。決して認める事のできない絆が。

その絆はどんな色をしているのだろう? おそらくは業の深さを理解し、真に反省した者だけが見ることのできる色。


 反省のカラーだ。

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