第6話 裁判なのに笑っちゃいました

 金田にとって裁判は退屈なものだった。

 延々とどうでもいい話を聞かされて、外に出ることもできない。暇で日まで無意味な時間。

 学校と同じだった。

 ここに居る連中は、みんな高学歴なんじゃないのか?

 それなのに、どうしてこうも無駄な話をするのか?

 女を殺したことも事実で、素直に認めている。あとは年少にいれて、さっさと社会復帰させてくれればそれでいい。簡単だろ?


 あまりにも退屈すぎて、金田は大きな欠伸をした。

 無駄に大きな欠伸は、隠しようもなく法廷中に響き渡る。

「見てください! あれが反省している人間の態度ですか!?」

 検察官が金田の欠伸を指摘した。何かと金田を悪く言ってくる。ムカつく敵だ。

「被告人。ここは法廷です。しっかり聞きなさい!」

 裁判長も苦言を述べた。検察官がニヤリと笑う。

「うるせえなクソジジイ。だいたいなんだよ、ヒコクニンってよ? 俺の名前を知らねえのか? 耄碌してんじゃねえぞ」

 予想外だったのか、金田の科白に裁判長は一瞬たじろぎ、次に顔を真っ赤にした。


「被告人いい加減にしなさい! 反省の色が見えないと罪が重くなりますよ!」

「反省の色ってなんだよ? どんな色してんの?」

「裁判長。よろしいでしょうか?」

 金田と裁判長の間に走った緊張を切り裂くように、津愚見がすっと入ってきた。

「裁判中における被告人の欠伸は確かに見るも者を不快にし、およそ重大事件を犯した裁判に臨む態度として不適切で極めて遺憾に思いました。しかし、それは誤解です」

「誤解? どう誤解なんですか?」

 検察官が鼻で笑って言った。詳しくは知らないが、この検察官と津愚見は、過去にひと悶着あったらしい。

「欠伸のイメージは確かに悪いですが、医学的に見ると脳への酸素の供給を促す行為です。被告人の立場になって考えてみてください。彼は事の重大さを理解し、緊張から上手く酸素を取り込めていない状態なのです。さらに彼の過去の生き方を省みた場合、さまざまな不安や恐怖を若者特有の虚栄心をはることで乗り越えてきていました。彼が虚勢をはるのは反省していないからではありません。不安から身を守るための自己防衛なのです。被告人の友人である鈴原英斗は罪の意識から自殺しました。彼も直前まで虚勢をはっていました。けれども自ら命を絶つほどには後悔していたのです。どうかまだ少年である彼の心情をご理解願います」

 何言ってんだ、こいつ。と金田は思ったが、裁判長が感心したように頷いたので、良しとした。


 裁判の中で金田の境遇が語られると、当の本人である金田は、なんども首を傾げた。

 たとえば父親がいない点。

 津愚見は「父親のいない寂しさから非行に走った」と主張したが、最初からいないのに、寂しさもクソもない。金持ちが「執事やメイドがいないのは不便」と思うかもしれないが、最初から執事もメイドもいない生活に慣れている一般人からしたら、いないならいないで特に問題ない、となる。それと同じ感覚だ。

 彼らは同じく犯罪を犯した、北村や鈴原についてはどう思っているのだろう? ふたりとも両親は健在だし、特に家族とトラブっているという話は聞いたことがない。


 また、津愚見が「被告人はゲーム大好きで、リセットボタンを押せば人は生き返ると思っていた。だから安易に殺人に及んでしまったのです」と言ったときには、自分の耳を疑った。頭大丈夫か、こいつと思った。

 ゲームでリセットを押したとしても、現実の人間が生き返るはずがない。そんなの常識だろ? それい以前に、「生き返るから殺す」という言葉も意味不明すぎて、津愚見の正気を疑った。

 殺すというのは、相手をこの世界から排除する行為だ。

 生き返ってきたら、殺す意味がないじゃないか? なぜそんな無駄なことをすると思うんだ? 人を殺せるから人として箔がつくというのに、生き返ったらなんの自慢にもならない。馬鹿なのか? こいつ、と思った。


 話は金田の性体験まで及んだ。デリヘル嬢のシェアハウスで乱れた生活を送っていたために、性に対する抵抗がなく、安易にレイプしてしまった、と。

 これに対しても金田は理解ができなかった。

 そもそも女とセックスしたいという感情は、普通に誰でも持つものだろう? 大人だってそうだ。性風俗の需要をみても理解できるし、テレビではそこら中で不倫やセクハラがまかり通っている。

 セックスは食事や睡眠と同じ本能で、おまえたちはモテなかったり、パクられる事にビビっているから、それを我慢しているだけだろ? 津愚見は食べ物を見ないと人は腹が減ることはなく、ベッドを見ない限り眠くならないと思っているのだろうか?


 裁判は終始こんな感じで、津愚見は金田の思考を常に何の所為にしていた。噴飯ものの理屈だったが、まあ、それで罪が多少軽くなるのならいいかと思った。


 しかし、そんな金田も、やつれた母親の姿を見た時は、ちょっとだけ悪かったな、と思った。母親は涙ながらに子供のころの金田は素直で良い子だったと主張した。けれど許されない罪を犯したのは事実なのだから、法の下で厳正な裁きをしてほしいと語った。

 まあ、でも安心しろよ、と金田は内心で思った。

 俺の人生は今からハッピーになる。こんなに話題になった俺は将来芸能界に入り、たくさんの金を稼ぐだろう。そうしたら母親も、「若かりし日のやんちゃ」として、この日の事を笑って話すようになるだろう。

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