第2話 俺だって将来のことは考えている


 金田は北村たちと別れた後、よしみにしている中古業者へ寄った。害虫からゲットしたスマホを売りさばくためだ。

スマホは機械の部品だけでなく、そのソフトも高値で売れる。クレジット番号だけでなく、電話帳やSNSから他人の個人情報を盗めるし、ゲームのアカウントも売ることができる。害虫ほど良いアカウントをもっているので、高値だ。2要素認証もスマホを物理的にゲットしているとザルでしかない。

「そういや、ショウ。今日の夜は暇か? 用心棒をやってほしいんだが」

「構わないぜ。そういや橋爪さん、最近見なくね?」

 橋爪とは金田と同じく用心棒家業をやっている元ヤクザの男だ。

「パクられたんだ。5年は出てこれねえ」

「ああ、どおりで」

 金田はそっけなく答えたが、内心では思うことがあった。5年という時間には正直ピンとこないが、誰でもやるような「やんちゃ」で5年もムショに入るのは割に合わない。

(ほんとこの国の法律はクソだな)


 金田は母親と二人暮らしだったが、ここ数カ月は帰っておらず、知り合いが借りているシェアハウスに住み着いていた。そこは、その知り合いが経営するデリヘル嬢たちが共同生活しており、羞恥心の薄い彼女たちは、裸同然で歩き回っていた。

「あら、ショウちゃん、お早いお帰りで」

 デリヘル嬢のエリが話しかけてきた。

「害虫狩って換金してきたんだよ」

「さっすがはショウちゃん、カッコイイ。儲かった?」

「まあまあかな」

 リビングで適当に世間話をしながら時間を潰していると、だんだんと他の嬢たちも集まってきた。今起きてきた者、仕事終わりの者。

「あ、ショウちゃん、帰ってたんだ! よかった!」

 黒髪ショートで褐色肌の嬢が目を輝かせて、金田の元へやってきた。ミヤビだ。

「なんだよ?」

「エッチしよ! 無駄に上手い客がいてさ! ムラムラしてんの!」

「本番やってねえのかよ?」

「タイプじゃなかったんだよ~! 」

 宮崎出身のミヤビは18歳と年が近く、明朗快活な性格をしているので、金田とは気が合った。また最近まで陸上で短距離をやっていたため、体の抱き具合も最高だった。金田の持論だが、短距離陸上をやっている女には名器が多い。

「いいぜ。仕事まで時間あるしな」

「やった!」

「じゃあ、そのあとは私で」

 エリも手を挙げてきた。

「めんどくせえ。ふたり一緒にしようぜ」

「「嫌だよ~」」

 ミヤビとエリの声がハモった。よく分からない感覚だが、互いがセックスしている姿は見ているはずなのに、3Pは嫌いらしい。

 金田は彼女らに対し恋愛感情は一切持ち合わせていなかったが、若くて男気の強い金田はよくモテた。なんだかんだでここにいる嬢たちの半分とはセックスを経験していた。

 金田は、なんだかんだで大事にされており、毎日快適で、寂しいとか孤独とか、そういった感情とは一切無縁であった。


「なあ、ブンちゃん、エイト。そろそろ人を殺してみないか?」

 金田の科白に二人はぎょっとした表情を浮かべた。だがすぐに苦笑いに差し替える。

「ショウちゃん、やべえな」

「急にどうしたん? ムカつく奴でもいんの?」

「急にじゃねえよ。前から思ってた。今のうちに人を殺しておくべきだってな」

「いやあ、やめたがいいんじゃない? ショウちゃんと会えなくなるの寂しいし」

 鈴原がヘラヘラと笑いながら言った。

「それだよ。実は橋爪さんがパクられたんだ。大した内容じゃないのに、5年も出てこれねぇ。だけど俺たちは違う。未成年はどんな悪いことやっても許されるんだ」

「でも、年少に行かされるべ」

「たった1,2年だろ? 前に行ってた奴に聞いたんだが、学校に行くのとなんら変わらないってさ。学校は3年も無駄にするが、年少だったらその半分くらいだ。こっちのほうが効率が良いに決まってんだろ?」

「ショウちゃん。学校に行く奴は自分の考えがなくてロボットみたいな連中だって言ってたじゃん。わざわざ行かなくても良くね?」

「逆だよ。今のうちにやっとかねえと、将来損する。俺だって将来のことは考えているよ。大人になってから舐められないようにするには、自分がどんだけヤバい奴かわからせてやる必要がある。だから殺人なんだ。どんなに偉そうにイキってみせても、『実は人も殺したことありません』じゃ、かっこつかねえだろ? 口だけの奴ってのは絶対に舐められるんだよ。そうだろ?」

「まあ、そうかな」

 北村と鈴原は互いに相手の顔を探りながら、小さく頷いた。

「だから殺人くらいやっとかないと駄目なんだ。だけど、大人になってから殺人をすると割に合わねえ。やるなら今しかないんだよ。それにテレビに出るような有名人は、みんな若い頃にすげえエピソードを持ってるんだ。俺は将来有名になりたいからよ。今のうちに伝説つくっときたいんだ」

「ショウちゃんなら有名になれると思うよ。だけどそういうことするとテレビに出られないんじゃね?」

金田は北村に視線を向けた。北村はビクッとなって答える。

「ほら、最近は炎上とかしちゃうじゃん」

「ビビッてんのか?」

「いや、そうじゃねえけど」

 鈴原はムッとして言い返した。

「炎上なんて上等だ。今の世の中、如何に話題になるかが大事なんだよ。地味でなんのエピソードもない奴に世間が注目するか? 逆に犯罪やって注目を集めて、それで有名になった奴はいっぱいいる。話題にならなきゃ駄目なんだよ。それはテレビに出ている連中がいい証拠だろ? パクられたかどうかは別として、みんな犯罪やってんじゃん。前科くらいなきゃ駄目だってことだよ。それに、炎上なんてのは、アンチどもの醜い嫉妬なんだよ。気にする必要もねえ」

「ま、まあ。そうだけどさ」

「言いたいことは分かるぜ。だから、今なんだよ。今殺人しておけば、あいつはヤバい奴だって、男として箔がつく。口だけじゃねえって一目置かれる。けど、大人になって殺人をすれば、同じことしても馬鹿扱いだ。俺だって理解している。だから、今のうちに殺人をしておいて、有名になってから説教してやるのさ。『大人になってまで犯罪するなんてダサえぜ』って かっこよくねえか?」

「あ、それはマジで痺れるね」

「だろ? 同じ言葉でも、殺人してない奴が言っても説得力がねえ。実際に人を殺して真面目になったからこそ、心に響くんだ。絶対に人気出るね」


 北村たちと別れた後も、金田の頭の中には、先ほどの会話が渦巻いていた。

 今のうちに人を殺す。

 それは、金田の人生設計において、夢を叶えるために必須の犯罪であった。

(だが、誰を殺す?)

 問題はターゲットだ。喧嘩で相手をぶっ殺すか? それはそれでカッコいいかもしれないが、事故だと思われる可能性がある。怒りに任せてついやり過ぎてしまった単なる単細胞。伝説になるような残虐性からはかけ離れている気がした。

(もう少し計画的に、殺す必要のない相手を殺すほうがいいな。有名人を殺すか? だが変な理由をつけられたら困る。おっさんを殺しても世間は同情しない。…やっぱり女だな)

 金田は過去にも何度か殺す相手を想像していた。

 政治家や有名人を殺せば話題性は大きい。だが殺した相手のほうに話題を持っていかれる可能性もあるし、変に社会のためとか恨みがあるとか動機をつけられるのも困る。あくまで残酷でイカれた奴だと思われたいのだ。

 イジメで相手を自殺に追い込むのは論外だ。自殺なんてする奴が100%悪い。精神が貧弱なのだ。さらには、ゴミが自殺しても世間は騒がない。

老人ホームや幼稚園を襲うのもあるが、どこかカッコ悪い。それに殺るとしたら一人だ。いくら未成年の殺人は許されると言っても、人数が増えればシャバに出られなくなる。あくまで将来のための殺人であって、将来を犠牲にするなら本末転倒だ。

誰を殺す?

 結論として毎回出てくるのが女だった。

若い女を拉致して監禁。全員でレイプしたあと、命乞いをさせながら殺害。世間の同情も適度に引けるし、残虐性もある。しかもレイプと殺人が目的だけなら、「若い男なら仕方ないね」と世間の理解もあるだろう。

 テレビで神妙な表情で「レイプは犯罪です」と言っている有名人が、ドラッグレイプで逮捕されたり、セクハラや性接待を強要したりなんて、ザラにある話だ。ヤラない奴はただのヘタレで、ヤッても捕まらない奴は頭がいい。大人になってから捕まるのはマヌケだ。

(女だな…。やっぱり殺すなら女がいい)

 ふと金田の脳裏にミヤビの顔が浮かんだ。気の合う女ではあったが、別に殺すことに躊躇いはない。エリでも他の女でも、感情面では大差はなかった。

 だが、風俗嬢では駄目だ。同じ穴のムジナ同士の恋愛沙汰と捉えられてしまう。それに世間では風俗嬢が殺されても誰も気にしない。害虫くんと同じで殺されて当然と思われている。

(普通の女。真面目でなんの引け目もない。できれば、話題性のある…)

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