エピローグ

 それから……。

 ミヤを待ち受けていたのは、大いに忙しい日々であった。


 ――闇の魔法使いが、あれで全滅したとは限らない。


 ――故に、これへ対処するため、新たに闇の攻撃魔術も研究し、習得させていくことは必要不可欠である!


 とは、国王シャルルの言葉であり……。

 ゲオグラーデ魔術学院は、校長を失った混乱状態のまま、闇の攻撃魔術に関する部署を新設することとなったのだ。


 ミヤは、これへ大いに関わることとなった。

 何しろ、現在籍を置いている者で闇の攻撃魔術を習得しているのは、ミヤだけであり……。

 他に習得しているのは、イルナートとヒルデスだけなのだから、これは当然であろう。


 先生たちがそうするように、教壇へ立っての解説……。

 しかも、術の危険性から、講義を受ける者は、人品共に確かな人物として選びぬかれていた。

 それは、要するに、教師陣を始めとする遥か年上の大人たちであるのだ。


 ただでさえ口下手なミヤが、ずらりと居並んだ大人たちへ闇の攻撃魔術について解説するのだから、その疲労ぶりたるや筆舌に尽くしがたいものがある。

 はっきり言ってしまえば、もう一度ヴィタリーと戦う方が遥かに気楽であろう。


 学徒と指南役の二重生活……。

 大いに日常が変化したミヤであったが、ヒルデスとイルナートにとっては、より大きな変化が待ち受けていたといえるだろう。


 まずは、ヒルデス……。

 国王直々に過去の罪は不問とされた彼であるが、続いて言い渡されたのは、誰にとっても意外な沙汰であった。

 何と、彼は教育実習生として取り立てられ、ゲオグラーデの一員となったのである。


 ――ガ、ガラじゃねえ……!!


 とは、彼の弁であるが、過去に行ったという諸々の余罪に目をつむってもらう以上は、拒否できる権利などあろうはずもない。

 結果、彼は学院の教師たちが身にまとう正統な魔法使いとしての装束に身を包み……。

 せめてもの抵抗として、攻撃的な髪型はそのままに、今日もカスペル先生などから指導を受けているのだった。


 本人は、あくまで嫌々ながらやっているという姿勢であるが……。

 生徒たちからの受けが案外と良いのは、本来持っていた面倒見の良さによるところであろう。

 彼もまた、生まれ方が異なっていれば歩めたはずの正道へと帰還を果たしたのだ。


 そして、イルナート……。




--




「何というか……。

 毎日、行儀作法やら何やらを教えられての生活っていうのは、落ち着かねえな。

 これなら、森で狩りでもしていた方がよっぽどしっくりくるぜ」


 そう言いながらも、カップを掴むまでに見せた一連の作法は完璧の一言であり……。

 改めて王家の一員として迎えられて以来、課されている数々の教育へ前向きに取り組んでいることが伝わってきた。


 イルナートの姿は、もはや先日までに見せていた修行者じみたそれではない。

 仮面が外れたのは無論のことだが、王子としての正装に身を包んだその姿には、まごうことなく貴人としての空気が宿っている。

 とはいえ、王族たる者が身につけねばならぬ事柄は数多い。

 この正装が、魔術学院の制服へと変わるまでには、まだ、いくらかの王宮内教育が必要となることだろう。


「そうは言うが、これが本来、君の歩むはずだった人生だ。

 僕たち王族の人生というものは、自分のものであって、自分のものじゃない。

 支えてくれる国民へ報いるためにも、毎日、しっかりと頑張らないとな」


 そう言いながら、完璧以上の所作で茶に口をつけたのはアルフォートだ。

 こうして、同じ茶会の席を囲むと、なるほど、双子であるというのが、嫌でも伝わってくるくらいに瓜二つの顔を持つ二人であるが……。

 イルナートの方が、少しばかり野性味のある髪型をしているため、そこが見分ける相違点となっていた。


「へーへー。

 ……まあ、俺も早くこの学院へ通いたいし、真面目に頑張るさ。

 ミヤがいて、母さんが通っていたこの学院にさ」


 そう言いながら、イルナートが窓の外を見やる。

 おそらく、ジョグ先生に監督されながら自主練をしているのだろう。

 外の空では、数名の生徒が箒にまたがり飛行術の訓練をしていた。


 ここは、学院内に存在する談話室である。

 基本的に貴族家の人間が通う学校であるため、学院にはこのような設備も存在するのだ。

 とはいえ、給仕の家臣まで連れ込んでいるのは、彼らが王族であり、この茶会がイルナートの教育も兼ねているからこそだろう。


「ふふーん。

 ボクはもう、ミヤ様と堂々と一緒にいられますもんね。

 どうです、イル?

 うらやましいでしょう?」


 お行儀悪く焼き菓子を食べながら言ったのは、ピエールである。

 元来が液状生物である彼女の扱いに関しては、一悶着あったものだが……。

 主に国王の力添えにより、人ならぬ身でありながらミヤと共に行動する特別待遇となっていた。

 なっていた、が……。


「……お前はもう少し、礼儀作法の勉強が必要。

 さもないと、一緒に連れ歩くことはできなくなる」


「そんなあ!」


 がく然とするピエールであるが、こればかりは頑張ってもらうしかない。

 ミヤとて、ドラコーン公爵家の令嬢であり……。

 その供を務めるには、相応の品格というものが求められるのだ。


「はっはっは!

 礼儀作法初心者同士、頑張ろうぜ!」


 しょげるピエールを見て、イルナートが快活に笑う。

 そんな彼を見て、アルフォートが薄い笑みを浮かべた。


「そうだな……。

 早く、外に出しても恥ずかしくないと父上に認めて貰わないと、いつまで経っても学院に編入して貰えないぞ」


 そこで、アルフォートの笑みがイタズラ気味なそれになる。


「そうなると、ミヤを誰かに取られてしまうかもしれないな。

 依然、僕との婚約は解消されたままだし、僕とて、今さら復縁を申し込むほどの恥知らずじゃない。

 そして、先の出来事でミヤは否が応でも注目を浴びていて、中には気になると言っている男子も多くいるんだな」


「――なっ!?

 そ、それは困るぞ!」


 兄の言葉に、双子の弟が食ってかかった。

 しかし、そんな彼を見て、ミヤはといえばこくりと首をかしげたのである。


「困るって、何が?」


「ええっ!?

 い、いや……それはだな……。

 とにかく、色々と困るんだ」


 イルナートはそう言うと、顔を赤くしながらぷいと顔を背けた。


「はっはっは……!」


 アルフォートはそんな弟を見て、ますます楽しそうにしたのである。

 そんな二人を見ながら、ミヤはクッキーに手をつけた。

 イルナートの供としてやってきた料理人が焼いたそれは、焼き立てということもあり、何とも香ばしく、美味い。

 その味を高めているのは、この場に漂うおだやかな空気であるとみて間違いないだろう。


 実に……。

 実に、平和で、おだやかな時間だった。


「ピエール」


「はい、どうしましたか?」


「アルフォート殿下」


「ん、何だい?」


「イル」


「やっぱり、その呼び方がしっくりくるな。

 ミヤたちだけは、これからもそう呼んでくれ」


 名前を呼んだ三人が、どのような用件かとこちらを見る。


「別に……呼んでみたくなっただけ」


 そんな三人へ、ミヤは無表情にそう告げたが……。

 どこか満足そうであったことは、きっと伝わったはずだった。

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「闇の魔法を研究している者とは結婚できない」と婚約破棄を言い渡されましたが、あなたが新しいパートナーに選んだ娘こそ闇の勢力に属していて、私は彼女からあなたを守るために研究していたんですが……。 英 慈尊 @normalfreeter01

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