ミヤを救え!

「おいおい、マジかよ……。

 一応、確認しとくけどよ。見間違いってことはねーだろうなぁー?」


 偵察に行ったピエールからの報告を聞くなり、ヒルデスの発した第一声がそれである。

 今、イルたちのいる森林地帯は静寂に包まれており……。

 むしろ、夜間になってこそ生物の営みが活発となる忘れるべき森と比べれば、雲泥の差があった。

 ただ、生物の数が少ないだけではない。

 植生というものも大きく異なり、少なくとも、これまで大型の生物へ襲いかかるような自律型の植物は見かけていない。


 ここは、ゲオグラーデ魔術学院の付近に存在する森林地帯である。


 ――おいおい、連中まさかゲオグラーデに向かってるんじゃねえだろうな?


 とは、尾行する最中にヒルデスが告げた言葉だ。

 そして、彼の推測は当たっており……。

 ミヤを連れ去った闇の魔法使いたちは、学院に併設されている巨大な建造物――闘技場というらしい――へ降り立ったのだ。


 当然ながら、そこまでのこのことついていけるはずがない。

 そのため、イルたちは途中の森林部に降下し、姿を消したピエールのみが偵察に向かったのである。


 そして、今、偵察を終えた彼女は、再び人間の姿に戻って、見たものについて説明してくれていた。

 だが、それはヒルデスにとってみれば、信じがたいことだったようなのである。


「まさか、ルボスの言う我が君とやらが、学院の校長だったなんてよ……。

 正直、頭がおかしくなっちまいそうだぜ」


 そう言いながら、ヒルデスはどかりと地面に腰を下ろした。

 衝撃的な事実というものは、時に実態を伴う疲労として表れるらしく……。

 今の彼は、何時間も森の中を駆けずり回ったかのような姿である。


「その、こーちょーっていうのが、相手の親玉だったの……。

 そんなに、驚くことなのか?」


 しかし、いまいち何が意外なのかよく分からないイルとしては、そのように尋ねざるを得なかった。


「おー、おー、意外も意外。

 超意外だぜ」


 そんな自分に、座り込んだままのヒルデスが、大げさに肩をすくめながら告げる。


「ゲオグラーデの校長先生様と言やあ、この国に暮らす魔法使いたちの頭だ。

 当然、闇の魔法使いたちを弾圧するのにも力を入れてる。

 どころか、若い頃は先陣に立って闇魔法使いたちと戦ってたって話だ。

 それが、まさかな……」


 がっくりとうなだれさえするヒルデスであったが、それはイルからしてみれば、当然のことであるようにも思えた。


「擬態する動物ってのは、本当に上手く周囲へ溶け込むもんだ。

 それを考えると、闇の魔法使いがそれを倒す側に加わってたっていうのは、そこまで驚くもんでもないんじゃねえか?」


「ヘッ……世間ってもの知らねえガキは、簡単に言ってくれるぜ。

 その倒す側に加わるっていうのが、どれだけ無理難題か分かっちゃいねえだろ?」


 不貞腐れたようにヒルデスが告げると、これまで黙って会話を聞いていたピエールが、我慢できぬと割り込んでくる。


「今は、そんなこと問題じゃありません!

 どうやって、ミヤ様を助け出すかです!」


「だな。

 巣材を眺めているよりかは、それでどんな巣を作るか考えた方が健康的か」


「何だあ? 聞いたことねえ例え話しやがって」


 イルとしては、気の利いた言い方をしたつもりだったのだが……。

 小首をかしげながら、ヒルデスが立ち上がった。


「まあ、噂に名高いヴィタリー・トラフキン様がオレたちの親玉だったってのは、驚いたけどよお……。

 逆に考えりゃ、その足をすくってやるってのは、なかなか面白いかもしれねえなあ」


「お、やる気じゃねえか?」


 問いかけると、闇の魔法使い……いや、闇の魔法使いだった男というべきだろうか。

 今は素直に仲間だと思える男が、にやりとした笑みを浮かべてみせる。


「まあなあ……。

 野郎は、今まで学院の校長っていう絶対に安全な席から、オレらをいいように使ってくれてたんだ。

 他の連中が、どう思ってるかは知らねえけどよ。

 オレからすりゃあ、面白くはねえぜ」


 ある種の動物は、群れ社会を作り、その中で絶対的な階級を敷く。

 群れで下位に属する者は、狩りなどで常に最前線を任されているというのに、いざ獲物を仕留めても、食すことを許されるのは、上位者の食い残しや骨ばかりということもあった。

 本能で生きる動物であるならともかく、知性ある人間がそのような立場に置かれれば、どのような感情を抱くか……。

 ヒルデスの言葉は、その答えであるのかもしれない。


「それで、どうやって助け出すかになりますが……」


 ピエールの言葉に、三人で顔を寄せ合う。


「校長が親玉だったってことに驚いて話を切っちまったが、情報はそれだけじゃねえだろ?

 連中は、どんな布陣でお嬢ちゃんを捕らえている?

 いや、そもそも……校長が親玉だったとして、わざわざ学院になんぞ集めて何をするつもりだ?」


 ヒルデスが問うと、ピエールは見てきたものを思い出しながら語り始めた。


「ミヤ様は、闘技場内の物置きに捕まっています。

 どうも、すでに中身の資材は運び出しているので、明日は誰も用がないからのようですね。

 闇の魔法使いたちも、同じように付近の物置きへ待機しています。

 それで、肝心の連中が何をするかについてですが……」


 そこで、ピエールがずいとイルたちへ顔を寄せてくる。


「戴冠式、と言っていました。

 ミヤ様は、その生け贄に捧げるのだとも……」


「戴冠式、ねえ。

 学院の校長じゃ飽き足らず、国そのものまで取ろうってのか?

 まあ、話に聞く校長の実力に、あのとんでもねえ杖が加わっちまえば、かなうやつなんざいねえか。

 当然、杖は校長の手に渡ってるんだろう?」


 ヒルデスの言葉に、ピエールがうなずく。


「あのルボスというお爺さんが、それはそれはうやうやしく渡していましたよ」


「ハッ! 自分のものにしちまう手もあっただろうによお。

 つくづく、我が君一筋ってえわけかあ」


 肩をすくめたヒルデスが、不意に真剣な顔となった。


「おめえらは実感がねえだろうが、状況は最悪だ。

 ただでさえ最強の魔法使いが、とこやみの杖でさらに強化されちまってる。

 間違っても、正面から戦うことはできねえぞ」


「それじゃあ、その校長っていうのは放ったらかしにするのか?」


「バカな正義感は燃やすんじゃねえ」


 ヒルデスの視線は――鋭い。

 命のやり取りというものを、幾度も超えてきた男のそれであるのが感じられる。


「どうにかして、連中の隙を突いて、嬢ちゃん助け出すことだけを考えるんだ。

 で、助け出したらとんずらだ。

 他のことは何も考えるな。

 今は、てめえらのことだけ考えりゃいい」


「ああ……ふふ」


「あんだあ?

 何かおかしいこと、あったか?」


「いや、俺たちのこと、随分と心配してくれるんだなと思ってさ」


 いぶかしげにするヒルデスへ、笑みを浮かべながら告げた。


「確かに、すっごくボクたちのことを気づかってくれてますよね。

 何だか、お兄さんというやつができたみたいな気分です」


 ピエールまでがそう告げると、ヒルデスは赤くなった顔を横に向ける。


「チッ……。

 バカなこと言ってんじゃねえ。

 ともかく、方針はこれで決まりだ。

 ピエール。てめえは、また透明になりながら偵察してこい!

 イル! お前はオレと一緒に待機だ!」


 果たして、自分たちの名を初めて呼んだことに気づいているのだろうか……。

 そのことをますますおかしく思いながらも、イルたちは彼の指示に従ったのであった。

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