黒幕

 自ら箒にまたがるのではなく、何らの魔力も宿っていないカゴに押し込められて空を飛ぶというのは、何とも言えず不安な気持ちにさせられるものである。


 ――もし、このカゴがバラバラになって、宙へ投げ出されたら……。


 そう思うと、周囲を囲う格子へしがみつかずにはおれなかった。

 そんなミヤの精神を安定させてくれたのは、他でもなく、ピエールからの念話である。


 ――ミヤ様。


 ――ミヤ様。こちらを向かず、念話だけでお応え下さい。


 頭の中へ聞こえてきた声に、ばれないようほっと頬を緩ませた。


 ――よかった。


 ――お前は無事なのね。


 そう返すと、心から嬉しそうな思念が放たれてくる。


 ――はい!!


 ――イルの方も、脱出してます。


 ――何と、ヒルデスが助けてくれたんですよ!


 ――ヒルデスが?


 あまりに意外な名前が出てきたので、表情へ出さないようにするのは苦労した。


 ――何だかよく分からないですけど、助けてくれるそうです!


 そもそも、どうやって拘束状態を脱したのか?

 脱したとして、どうしてわざわざ助けてくれるのか?

 色々と聞きたいことはあったが、ピエールがそれを説明するのは難しかろうと踏んで、あえてそれは聞かずにおく。


 ――ボクたちは今、ミヤ様たちの後ろから箒で尾行しています。


 ――必ず助けますから、希望を捨てないで下さい!


 ――ん……分かった。


 あまり念話に集中して怪しまれては元も子もないため、そこで一度、会話を打ち切る。

 イルとピエールが脱出し、自分を助けるべく後ろからついてきてくれていた。

 その事実は、絶望的な状況下で確かな希望として感じられたのである。


「この状況で、顔色一つ変えねえとは、なかなか大したタマじゃねえか」


 不息に横合いから声をかけられ、ハッとなった。

 見れば、ミヤの入れられたカゴと並走するようにして、ゲルマンが箒を寄せていたのである。

 カゴを吊るしているのは四人ばかりなので、彼の箒は手空きとなっているのだ。


「……別に、表情を変えたところで、意味がないからしてないだけ」


 そう言って、ぷいと顔を背ける。

 一瞬、念話をしているのがバレたかと思ったが……。

 どうやら、そのようなことはなく、闇の魔法使いはただ、話し相手が欲しかっただけのようであった。


「おー、おー、吠えやがるぜ。

 だが、いつまでそんな態度が続けられるかな?

 お前、今どの辺りを飛んでて、どこの方角へ向かっているか、把握してねえだろ?」


「……そうだとしても、関係はない」


 図星を突かれ、少し顔が赤くなったのを感じる。

 地理の知識に疎いミヤは、学院を出た時と同じく、自分の現在地というものが一切掴めていなかった。


「ハッ……!

 あんな化け物みたいな術を使ってても、そこはまだまだガキってことだな。

 少しばかり、ほっとしたぜ」


 そんな自分を見て、ゲルマンがにやにやととした笑みを深める。

 どうも、その様子にどこか含むものを感じて、いぶかしげな表情を浮かべた。


「……何か、あるの?」


「いや、別に何もねえぜ。

 このまま飛んでけば、嫌でも分かることだからな」


 ゲルマンの不快な笑みは、消えることがない。

 どうも、彼らの目的地が関係しているようだったが……。

 それを問う前に、横槍が入った。


「――そこまでです。

 いけませんな、ゲルマン様。

 あまり、余分なことを教えられては……」


 そう言いながら、自分の入れられたカゴとゲルマンの間に箒を突き入れたのは、ルボスと呼ばれている老人である。

 飛び立つまで、彼は農夫が着るようなつなぎ姿だったのだが……。

 今は、ゲオグラーデの教師が着るような魔法使いの正装へと着替えていた。

 そうすると、元々の品が良いこともあって、ますます貴族家の人間じみてくる。


「わりい、わりい……。

 こいつには、してやられたからな。

 ちょいと、からかってやりたくなったのさ」


 そう言い残して、ゲルマンは少し離れた場所を飛び始めた。


「まったく……」


 ルボスは、そんな彼を見て鼻を鳴らしていたが……。


「まあ、その気持ちは分からないでもありませんがな……」


 つぶやくと、自身もまた、元の位置へと戻ったのである。

 ゲルマンは、自分にしてやられたからだと言っていたが……。

 ルボスの独り言には、何やら違う感情……。

 あるいは、感傷が込められているように思えた。

 彼らは何故、そのような心境になっているのか……。

 ゲルマンが語っていた通り、ニ時間ほどもするとその理由が明らかとなったのである。


 最初、目に入ったのは灯台のごとき光だ。

 しかし、地上に広がるのは森林地帯のようであり、そのような場所に灯台があろうはずもない。

 しかも、灯台のそれと異なり、この光は頂点のみが輝いているのではなく、巨大な建物の各所へ明かりが灯されることで形成されているのである。


 きらびやかな明かりに包まれた、その建築物……。

 湖を後背とした建物は、一見すれば城か何かのように思えた。

 五万人は収容可能であろう円形闘技場が併設されているのもまた、そういった印象を加速させる。


 だが、これなる建築物は、まつりごとのために造られたわけでも、いくさのために造られたわけでもない。

 では、何を目的としてこれほどの巨大建築が生み出されたのか……。

 その答えは――学問だ。

 未来を担う若者たちに教育を与え、一人前の魔法使いとして排出するべく生み出されたのが、この建築物なのである。

 いかに夜間であろうと、第二の故郷と呼ぶべきここを見間違えるミヤではない。


「ゲオグラーデ魔術学院……」


 半ば、ぼう然としながらその名をつぶやいた。


「いよいよ、到着するな……。

 おい、ルボスの旦那! 本当に大丈夫なんだろうな!?」


「のこのこと降り立ったが最後、学院の教師たちに囲まれるなんてのは、ご免だぜ?」


 自分の入ったカゴを吊るす箒にまたがった魔法使いたちが、次々に先頭となったルボスに尋ねる。


「何も問題はありません。

 どうか、心を整えておいて下さい。

 くれぐれも、我が君に対して粗相のないように」


 言いながら先導するルボスの表情に宿っているのは、喜びだ。

 長年をかけてきた大願……。

 それが成就しつつある喜びに震えているというのが、彼について何も知らぬミヤにも伝わった。


 闇の魔法使いたちは、さすがに、学院の発着塔へ直接降り立つようなことはなく、円形闘技場の方へと降下していく。

 そういえば、明日は光術祭だったか……。

 闘技場内は、来客を迎えるために様々な飾り付けを施してあったが、夜間の今は生徒も教師もおらず、しんと静まり返っていた。


 いや……。

 ただ一人、闘技場の中心でこちらを出迎える者がいる……。

 そして、自身の明かりとするためか、はたまたルボスたちへの目印とするためか、彼の杖からは魔法の光が放たれており……。

 ミヤにも、その姿を捉えることがかなったのだ。


「校長先生……」


 天地が逆転したような……。

 あるいは、世界が歪んだかのような……。

 そのような感覚に、支配された。

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