空中尾行

 闇の魔法使いたちが拠点としていた、例の地下室……。

 そこで、液状生物の形態へ戻ったまま放置されていたピエールの体へ薬を染み込ませ、解毒を図る。

 どうやら、効果はてきめんだったようで、すぐに彼女はいつもの姿――ミヤと似て非なる容姿の少女へと変化を果たした。


「――ほわあっ!?

 ここは誰!? ボクはどこ!?」


 ……いや、これは効果があったと見るべきだろうか?

 きょろきょろと周囲を見回しながら彼女が言った言葉は、なかなかにちぐはぐである。


「うーん……。

 ちゃんと解毒薬が効いてるのかどうか、微妙な線だな……。

 元の姿に戻っちまってたから、経口薬なのに体へ染み込ませちまったし」


「まあ、大丈夫なんじゃねえかあ?

 こうして、人間の姿になれてるんだしよお」


 自分の隣でピエールを覗き込んでいたヒルデスに気づき、彼女がぎょっとした顔になった。


「――うわっ!?

 あ、あんたはヨルデス!?」


「……人の名前を間違えるたあ、いい度胸してんじゃねえか。

 やっぱり、こいつあ薬がちゃんと効いてねえのかもしれねえなあ。

 そもそも、今のって人間用なんだろ?」


 正面から名前を間違えられたヒルデスが、青筋の浮かんだ顔でこちらを向く。

 これには、イルも苦笑いを浮かべるしかなかった。


「ヒルデスだ。間違えてやんなよ。

 あと、もう少し落ち着け」


「これが落ち着いてられますか!?

 どうして、こいつがここにいるんですか!?

 まさか、自力で脱出を!?」


「その、まさかだよ。

 そんで、俺のことを助けてくれた。

 感謝しろよ。ヒルデスが俺の装備を取り戻しといてくれなかったら、こうしてお前を解毒してやることもできなかったんだから」


「はあ……。

 それは……ありがとうございます」


 イルにそう言われ、ピエールが困惑しながらも素直にお礼の言葉を述べる。

 ヒルデスはそれに、ただ軽く片手を振っただけで答えた。


「でも、どうしてヒルデス……さんが、ボクたちを助けてくれたんですか?」


「そこら辺は、俺も気になったんだけどな。

 聞いても、はぐらかされちまった」


 そう言って、ピエール共々ヒルデスの方を見やる。

 が、闇の魔法使いは明瞭な答えを返すことなく、そっぽを向いてしまったのであった。


「……別に、深い理由なんかねえよ。単なる気まぐれだ。

 後は、人のこと見捨てた連中に、ちっとばかり意趣返ししてやりたかったのかもしれねえな」


「そういうものなんですか……?」


 ピエールに聞かれ、またも苦笑いを浮かべる。


「俺に聞かれても、ヒルデスの気持ちはヒルデスにしか分からねえさ。

 でもまあ、本人がそう言うんだからそうなんだろ?

 とりあえず、今は頼もしい味方ってことだ」


「頼もしくはあるだろうが、味方かは微妙なところだなあ……。

 ま、あのミヤってガキを助け出すところまでは付き合ってやるよ」


 ヒルデスが、そう言って肩をすくめた。

 その口調も態度も、露悪的なものであったが……。

 イルには、不思議と彼に対する信頼感が芽生えていたのである。


「――そうだ! ミヤ様です!

 ミヤ様を、助け出さないと!」


 主の名前を出されたピエールが、すっくと立ち上がりながら両の拳を握り締めた。


「ああ、ピエールは助け出せたし、次はミヤだな。

 ヒルデス。ミヤがどこに捕まっているか、心当たりはねえか?」


「あるぜ。

 お前を助け出す前に、居場所を確認してきている。

 ただ、見てみりゃ分かるが、すぐに助け出すことは難しいだろうなあ」


 同じく立ち上がったヒルデスが、難しい顔をしながらそうつぶやく。

 それに、イルはピエールと顔を見合わせるしかなかったが……。


「とにかく、ついてこい」


 ヒルデスにそう言われ、ひとまず、地下室を脱出したのである。




--




 ミヤは大げさだと言ったが、やはりこの農園は、話に聞く村や町に比肩すると思える規模であり……。

 その片隅に移動してしまえば、働いている農夫たちが居住している施設からは完全に視認が出来なくなり、いかなる行動も取り放題であった。

 おそらく、土の力を蓄えるために今は休ませているのだろう畑の上……。

 そこで、リアカの術に照らされながら闇の魔法使いたちが行っているのは、空中移送の準備だったのである。


「あ、あれ!

 中央のカゴに囚われているのは、間違いなくミヤ様です!」


「でかい声出すんじゃねえ。

 てめえは、隠れ潜んでる自覚があるのか?」


 今は用がないためか、水をせき止められている用水路……。

 杖と装備に加え、小屋の一階へ転がされていた箒も回収したイルたちは、そこに潜り込んだ状態で接近を果たしていた。

 と、いっても、闇の魔法使いたちまでの距離は百メートル以上はあり……。

 見つかる危険があることを考えれば、これ以上の接近は困難であるといえる。


「……連中、カゴに入れたミヤを箒で吊るして、どこかへ連れて行くつもりのようだな」


 このような時は、忘れるべき森の狩猟生活で培った経験がものを言う。

 イルは、自身、意外なほどの冷静さで観察しながらつぶやいた。


「それだけじゃねえ。

 オレも、全員と顔見知りってわけじゃねえけどよ。

 多分、全員でどこかへ移動するつもりだ」


 同じく、顔を少しだけ用水路から出しながら観察していたヒルデスが、鋭い眼差しでそう言い放つ。


「ルボスの野郎、はりきって指示を飛ばしてるんじゃねえか。

 あいつが、こんなに気分を高めているのは珍しいぜ。

 ひょっとしたら、我が君とやらの所へ連れて行こうとしてんのかもなあ……」


「それ、当たりかもしれないぜ。

 あのルボスって爺さんが、ミヤを連れてく時にそんなことを言ってた」


 ヒルデスに向けてうなずくと、ピエールがこうしてはいられないといきり立ち始める。


「じゃあ、このまま放っておいたらその我が君って人の所へ連れてかれて、どうにかされちゃうんですか?

 なら、すぐにでも助け出さないと」


「助け出すっつったって、どうやってやるつもりだ?

 まさか、あの人数相手に、三人で万歳しながら突っ込むつもりか?

 オレぁ、自殺に付き合うつもりはねえぞ」


 ヒルデスの言葉には、同意する他ない。

 箒でカゴをけん引するべく作業している闇の魔法使いは、いずれも彼と同等かそれ以上の実力者と考えるべきであり……。

 とてもではないが、真っ当に戦って勝てるはずはなかった。


「……とにかく、俺たちも箒を用意して、尾行するしかねえな。

 ついて行って、隙をうかがうしかねえ」


 イルの出した結論に、ヒルデスもうなずく。


「ああ、箒で空を飛んでる時ってのは、後ろの方に注意が向かねえもんだ。

 後ろから飛んで行けば、ばれるってことはねえと思うぜ」


「なら、決まりだな」


 そう言って、手にしていた箒を握りしめる。


「イミテーターはおめえの箒に乗っけていけ。

 オレの後ろについてきて、絶対にそこから前へ出るんじゃねえぞ。

 ……連中、動き出すぜ」


 ヒルデスが言った通り……。

 けん引の準備を終えた闇の魔法使いたちは、それぞれの箒へまたがり始めた。

 そして、しばらくすると飛び立って行った彼らの後を追い、イルたちもまた空の人となったのである。

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