作戦

 ピエールが帰還したのは、翌朝のことである。


 ――ミヤ様! 大変です! ミヤ様!


 ――落ち着いて。そのまま家に入ってきては駄目。近くで待機。


 念話の射程圏へ入るなり、頭の中へ響き渡るような思念を響かせる彼女に眉をしかめながら、そう告げた。


 ――え!? どうしてですか!?


 ――家の中には、ヒルデスを捕らえてある。


 ――おそらく、こいつは使い魔を通じて仲間と連絡が取れる。


 ――そのままお前が入ってきたら、偵察に出してたことを伝えられてしまう。


 ミヤの言葉に、どうやらピエールは思い当たることがあるようだ。


 ――そういえば、確かにゲルマンという男はカエルを見ながら『ヒルデスは生きているようだ』と言ってました!


 ――さすがはミヤ様! 相手の行動を読み切っていたんですね!


 ――魔法使いなら当然。それより、近くで合流する。


 それでひとまず念話を打ち切り、イルの方を見る。

 この忘れるべき森での生活において、朝は早い。

 ゆえに、ミヤたちはすでに朝食――森の中で採れた芋を蒸かしたもの――を取り終え、ヒルデスにもこれを食べさせてやっていた。


「ん? どうした?

 俺の顔に、なんか付いてるか?」


 付いているといえば、特大の代物を着けている少年が、のんきにそう答える。


 ――ひとまず、これからどうするかは、普段の日課をこなしながら考えよう。


 その方針に従い、彼は狩りへ出るための準備を整え終えていた。


「……まあ、仮面が着いてる。

 それより、そろそろ出発する」


「ああ、そうだな。

 昨日の朝に仕掛けといた罠の様子もみたい。

 おい、おっさん」


 様々な道具の入った背嚢はいのうを背負ったイルが、相変わらず床へ転がされているヒルデスを見やる。


「おいおい、オレはまだまだおっさん呼ばわりされる年じゃねえぞ」


「そうなのか? わりいな、その辺のことは疎くてよ。

 それより、俺らはしばらく出ちまうけど、手洗いとかは大丈夫か?」


「……さっき行かせてもらったから、大丈夫だ。

 まあ、せいぜい気をつけるんだな」


「そっか、ありがとよ」


 寝転がりながら告げてくる相手……自分を殺そうとした男に礼を告げながら、イルがこちらに向き直った。


「それじゃ、行くか」


「ん……」


 ミヤ自身も必要な荷物を用意し、二人は森へと出たのである。




--




「ピエール、無事で良かったな」


「このくらい、お茶の子さいさいです!」


 小屋から少し離れた、森の中……。

 大型の鳥類となって待機していたピエールは、ミヤに似て非なる少女の姿へ変じながらそう答えた。


「よくやってくれた。

 さっそく、見てきたもの、聞いてきたものについて教えてほしい」


「はい! お任せ下さい!」


 ミヤの言葉へ、心から嬉しそうに……あるいは誇らしげに応じ……。

 ピエールは、自分が見てきたものについて、語り始める。

 それは、とうとう判明した闇の魔法使いたちが使っている拠点の情報と、彼らの間で練られている襲撃計画に関するものであった。


「敵の拠点が知れたのは、情報として大きい。

 これで、闇の魔法使いが他にいることを実証することができる」


 ピエールの話を聞いて、うなずく。

 ヒルデスたちの襲撃は、まったくもって予期していない凶事であったが……。

 ケガをしたイルには悪いが、吉兆へ転じたとみてよいだろう。


「落ち着いてる場合じゃないですよ!

 連中、今度は総勢で押しかけてくるつもりなんですから!

 いくらミヤ様が天才で、その杖があるといっても、多勢に無勢です!」


「ああ、全員がヒルデスやゲルマンってやつと同じくらいの実力だとして……。

 さすがに、太刀打ちはできないだろうな」


 腰に差したとこやみの杖を見ながらの言葉に、イルが同意を示す。

 だが、ミヤからしてみれば、それもかえって都合の良いことであった。


「わざわざ、迎え討つ必要はない。

 それよりも、敵が拠点を開けてくれる。

 この事実が、重要」


「え?」


「どういうことだ?」


 不思議がる二人をよそに、そこら辺へ落ちていた枝を拾う。

 そして、そのままかがみ込み、地面へ図を描いた。


「この二つの円は、それぞれ敵の拠点とこの森を示している」


 敵の拠点とした円から、この森とした円へ矢印を引く。


「向こうは、全員でこちらに押しかけてくる」


 それから、先に引いた矢印から大きく迂回する形で矢印を引いた。

 こちらは、森から敵拠点へ向かう形である。


「それと同時に、こちらが向こうへ行ってしまえば、空の拠点へ乗り込めることになる」


「乗り込んで、どうするんだ?

 連中がいないんじゃ、とっちめることもできないぜ?」


「ああ、いや……ボクは分かりましたよ!

 空の拠点に乗り込んで、証拠品を掴むんですね!」


 いまいち犯罪捜査などの観点に疎いイルへ代わり、ピエールがそう答えた。


「そう。

 マリアがやったのと、逆のことをする。

 といっても、向こうがやったのは半ば捏造だけど」


 あの日に起こった出来事を思い出しながら、うなずく。

 首尾よく、その農園を営むという人物が闇の魔法使いであるか、あるいはそれに連なっていると証明できれば……。

 後は、国の魔法使いたちの仕事となる。


「確たる証拠さえ掴めば、国の派遣した魔法使いが後は全てをやってくれる。

 心配なのは、相手の実力を見誤ってしまうことだけど……」


「そこは、学院でミヤ様が大暴れすることで、闇の攻撃魔術が脅威であることを証明してますからね!

 さすがに、万全の体制で挑みますよ!」


「……大暴れというのは、言い方が悪い。

 それでも、犠牲が出ないかは心配だけど……」


「前にも言っただろ?

 自分一人で、全てを解決する必要はねえんだ。

 外の世界には、色んな役割を持った人がいるんだから、その役割を持つ人に任せりゃいい。

 もちろん、できる限りの手助けとか助言とかはした上でな」


「ん……そうする」


 仮面の少年が告げた言葉に、こくりとうなずく。

 そして、一点、懸念事項となっていることを話した。


「ただ、今更だけどイルのことを巻き込んでしまう形になる。

 敵が押し寄せてくる以上、一人だけでここに置いていくわけにもいかない」


「まあ、こればっかりは向こうが悪いんだから仕方ないさ。

 家を空けちまうのは心残りだけどよ……。

 ひょっとしたら、母さんの残した結界が、連中をはねのけちまうかもしれないしな」


 イルは仮面に覆われた中、唯一見える口元に、にかりとした笑みを浮かべてくれ……。

 これで、作戦は決まりとなった。


「相手は、昼間に大勢で飛んで目撃される危険を犯したくないので、今夜に攻めてくるつもりのようです」


「なら、さっそく動く。

 こちらも相手に悟られないように迂回する以上、早めの行動がいい」


「おっさ……ヒルデスはどうすんだ?」


「そのまま家に置いておく。

 解放されてしまうかもしれないけど、使い魔を通じてこちらの行動が伝えられたら計画が水泡に帰す」


 そのような会話を交わしながら、ミヤたちは細かい部分をすり合わせていったのである。

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