ヒルデスという男
奪ってきた。
――食べ物を。
――衣服を。
――金を。
――装飾品を。
――……生命を。
ヒルデスという男の人生というものは、他者から奪い得るありとあらゆるものを奪うことで構成されている。
そうしてきた理由は、ごく単純なものだ。
――奪わなければ、奪われる。
……からである。
たまたま、闇の魔法使いの子孫として生まれた。
それはつまり、通常の人間が望めるあらゆる幸福を諦めなけれなならないということである。
もしも、闇の魔法使いの血を引いているとばれたなら……。
あるいは、その証として闇の攻撃魔術を伝授されていることがばれたなら……。
ヒルデスは、王国の魔法使いたちに大勢で追いかけられ、囲われ、捕らえられることだろう。
その先は、言うまでもない。
――死刑だ。
人間として持ち得る最も大切なものが、問答無用で奪われるのだ。
このバティーニュ王国において、闇の魔法使いに対する弾圧は極めて苛烈なものであり、王家の手先である正統な魔法使いたちは、嬉々としてこれを遂行するに違いない。
だから、素性も魔術を使えることも隠し、生きてきた。
――ふざけるな!
――オレが何をした!?
……その想いを、常に胸へと抱いたまま。
ヒルデスの人生が、奪うことで成り立ってきたというならば……。
始まりは、奪われたことであるのだ。
自分で選ぶこともできない血筋により、理不尽にも全てが奪われたところから始まったのである。
だから、自分は悪くない。
素性を隠した男に、ろくな仕事などあるはずもなく……。
唯一、受け継いだ技術は人を殺めることに特化したものなのだ。
ならば、それを使って幸福を掴むことに、何を遠慮する必要がある?
学院を卒業したお偉い魔法使いたちは、魔術で身を立て、豊かな生活を満喫しているではないか?
その一念によって、生きてきた。
そうする内に、ヒルデスの血筋を辿ってきた今の仲間たちが接触してきたわけだが……。
――現在の体制を、転覆させる。
――かつて、闇の魔法使いたちが成せなかった大願を、今度こそ成就させる。
――光を闇に。闇を光に。
――虐げられてきた我らが、奴らから全てを奪い、頂点に立つ。
その提案は、ひどく魅力的なものであり……。
彼らへ加わり、力を貸すことには一切の躊躇がなかった。
だから、とこやみの杖奪取という今回の指令にも、勢い込んで挑んだのである。
--
目を覚ました時……。
ヒルデスの胸に去来したのは、
――今度こそ、オレが奪われる側になったのか。
この、一念である。
いつか、こういう日が訪れるのではないかという、漠然とした予感はあった。
奪うという行為には、常に奪われる危険性が伴う。
これまでは、それをかいくぐり続けてきたわけだが……。
ついに、それへ失敗したということである。
――ドジを踏んだな。
諦観と共に、その現実を受け入れた。
まさか、あのような子供たちにしてやられるとは、思いもしなかったが……。
残酷な現実というものは、いつだって思いもよらぬところから襲ってくるものなのだ。
習性から、周囲の様子を素早く観察する。
どうやら、ここは小屋の中であるようだった。
結界があるようなので、内部は見れなかったが、外側はすでに確認済みだ。
ゲルマンと共に、この忘れるべき森へ飛来した時……。
いの一番に確認したのが、ここだったのである。
そういえば、手足を拘束され転がされているのは自分だけであり、どうやらゲルマンは捕まっていないようだ。
別の部屋に隔離してあるとなれば話は別だが、この状況でそこまで気が回るとも思えぬ。
まずは、自分だけが捕まったと考えてよいだろう。
「お、目を覚ましたみたいだぞ……」
通常、家事というものは、女がするものであると相場が決まっているが……。
どうやらここでは違うらしく、暖炉で鍋をかき回していた仮面の少年がこちらに気づく。
「大人しくしてほしい。
そうすれば、手荒な真似はしない」
見たこともない術を使い、自分を倒した少女――ミヤが、奪ったのだろうヒルデスの杖を振りながら、そう宣告した。
あらためて見ると、本当に幼い――ガキだ。
ただでさえ小柄な上に、大きな丸眼鏡をかけているのが、より幼い印象を加速させており……。
とてもではないが、自分とゲルマンを退けた立役者であるとは思えぬ。
だが、事実は事実として受け入れねばならないものであり……。
「ハッ、尋問でもするつもりか?
オレは何も喋らないし、魔法で口を開かせようとしたって、無駄だぜ?」
ヒルデスにできるのは、このような憎まれ口を叩くくらいであった。
とはいえ、これはあながち強がりではない。
光の防衛魔術には、相手の心……その表層部を読み取る魔術が存在する。
しょせんは表層部に過ぎず、質問に対し虚偽の返答をしているか否かが分かる程度のものだが、効果は絶大だ。
正統な魔法使いは、かつての時代……これを利用して隠れ潜んでいた闇の魔法使いたちを狩り立て、現在においては犯罪捜査に活用しているのだった。
当然ながら、ヒルデスたち当代の闇魔法使いは、これへの対抗策を講じている。
自分自身へ事前にかけておいた術によって、かけられた読心の術をあざむくことが可能となるのだ。
実際、マリアとかいう新参の仲間は、これで学院の教師を欺くことに成功していると聞いていた。
術の効力は長く、また、今回のような作戦行動へ赴く際には、必ず事前にかけ直している。
このガキたちがどれほど根気強いかは知らないが、魔術によって自分から情報を得ることは不可能に近いだろう。
「知っている。
だから、魔術を使うような無駄なことはしない」
淡々とした口調で、ミヤが答えた。
「ハハッ、分かってるじゃねえか。
なら、どうする? 拷問でもするか?」
「そんなことはしない。
やり方も分からない。
私としては、学院に連れて行くので、自分が闇の魔法使いであることを白状してほしい」
「ブワァーカ!
んなことするわけねえだろうが。
例え拷問されたって、俺は何も答えないし、魔術を使ってみせることもないぜ。
連れて行ったところで、お前がそこら辺の人間を捕まえて闇の魔法使い扱いする狂人と思われるだけだ」
「むう……」
それだけ答えると、ミヤが困ったような顔をしてみせる。
どうやら、こいつらには自分を始末する覚悟も拷問する度胸もないらしく……。
ヒルデスにとって、それは付け入る隙として映った。
「ま、せいぜい、好きにするこった。
ああ、便所の世話だけは頼むぜ? ここを汚したくねえならな」
だから、どこまでも強気にそう言い切り、そのまま床へ寝そべったのである。
「ミヤ、とりあえずは何も聞けなそうだ。
ひとまず、飯にしようぜ」
「ん……分かった」
どうやら、すぐに何かを聞き出すことは諦めたらしい。
ガキたちが、自分を放って食事を始めた。
その中に、もう一人いた金髪の娘がいないのは気にかかったが……。
ひとまず、ヒルデスは目を閉じ、眠るふりをしながら使い魔との交信を開始したのである。
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