闇の魔法使い
ミヤが想定していた、闇の魔法使いの戦法……。
それは、ルガーロやブレンサなど、強力な遠隔攻撃を惜しみなく放ってくるというものであった。
だが、実際に対峙したヒルデスなる闇の魔法使いが見せた闘法は、全く異なるものだったのである。
「ヒャアッ!」
挑発を終えたヒルデスが、自らの杖をびしりとしごく。
そして、呪文を唱えた。
「キレーア!」
すると、彼の握った杖が光に包まれ……。
その光は杖を包み込んだばかりか、長剣のごとき長さへと伸びる。
その状態で構えると、まるで光の剣を手にしているかのようだったが……。
実際のところ、殺傷力は刀剣のそれを遥かに上回った。
それが証拠に、腰をかがめ、両手もだらりと下げる独特の構えにより切っ先が地面へ触れると、触れた大地がジジッ……と音を立てて蒸発したのである。
予想していたのとは、異なる魔法の選択。
ミヤはその事実に動揺しつつも、すかさずとこやみの杖を突き出した。
「――ルガーロ」
手加減など加えず、全力で放った空圧の拳。
これはもはや、拳などと呼べる代物ではない。
例えるなら――見えざる鉄塊。
ミヤ本来の実力に加え、とこやみの杖により増幅された魔術は、イルの真横をすり抜けて闇の魔法使いを押しつぶすべく迫った。
「ヒャハッ!」
だが、その威力を目の当たりにしようとも、ヒルデスの余裕が消え去ることはない。
彼は、まるで地を這うヘビのような独自の歩法により、空気の塊をすり抜け、こちらに接近してきたのである。
「――キレーア」
阻んだのは、イルだ。
自身も同じ魔術を発動したイルが、光の剣を大上段から振り下ろす。
「――ハハッ!」
しかし、それは当たることがない。
この男……何と柔軟な体をしているのか。
地を這う姿勢のまま、急激な方向転換によりイルの斬撃を回避し、のみならず、反撃の一撃を足元に放ってきたのである。
「おおっと!」
イルは、素早く足を引くことにより、横薙ぎの斬撃を回避したが……。
ヒルデスの猛攻は、それで終わらない。
「ヒャアッ!」
カモシカのごとく立ち上がりながら、上へ振り上げての斬撃。
これをイルは、身をひねることにより回避する。
だが、振り上がった斬撃は、そのまま下へと振り下ろされる二段構えの攻撃であった。
通常の刀剣と異なり、手にした杖本体の重さしかなく、刃先を気にする必要もないからこそ可能な連撃だ。
「――くっ!」
これに反応できたのは、野生児のごとく育ってきたイルだからこそだろう。
彼は自身の刃を振り上げ、打ち下ろされた斬撃を受け止めた。
――ジッ!
――ジジイッ!
魔力によって生まれた刃同士がぶつかり合い、反発する音が響き渡る。
「ハアッ! お前、やるじゃねえか!」
鍔迫り合いの体勢を維持しつつ、ヒルデスが実に楽しげな声を漏らした。
「まさか、そこの小娘以外にも闇の魔術を使う奴がいたとはなあ!
学院出身のお偉い魔法使い様じゃあ、この攻撃には対応できないぜ!
褒めてやらあ!」
実際、ヒルデスの言葉通り……。
ミヤは、この攻防に割って入る隙を見い出せずにいる。
下手な魔術を使えば、イルに当たってしまう可能性があり……。
そんなことをすれば、足を引っ張ってしまうのが明らかなのだ。
これが――闇の魔法使い。
彼らは、光の防衛魔術では防げない強大な攻撃魔術を編み出したのみならず、正統な魔法使いが苦手とする肉弾戦すらも我が物としているのだ。
どこまでも、対魔法使いの戦闘に特化した魔法使い……。
ミヤたち通常の魔法使いとは、そもそも、戦闘における心構えそのものが違うのである。
「褒めてくれて……ありがとうよ!」
だが、肉弾戦という意味ではイルも負けるものではない。
素早く繰り出した蹴りが、ヒルデスの腹を穿つ。
「――おおっ!?」
体重の乗った一撃は、確かに痛打となったようだ。
たまらず、ヒルデスが後方へと後ずさる。
「おおりゃあっ!」
そこからは、イルの攻め入る番であった。
豪快に振り下ろされた光の刃が、闇の魔法使いへと迫る。
「――ちいっ!」
ヒルデスはさらに下がることで、この斬撃を回避したが……。
イルの本命は、斬撃ではなかった。
「でぃあ!」
刃は振り下ろされた状態のまま、空いた手で掌底を放ったのである。
「――おうっ!?」
反応が間に合わず、ヒルデスは大きく突き飛ばされた。
イルはこれを見逃さず、さらに間合いを詰め、肘打ちや足払いを繰り出していく。
光の剣を用いた
それこそが、イルの狙いだったのだ。
「んの、ガキィ……!」
このような事態は、想定していたいなかったのだろう。
刃を振るうよりも早く繰り出される格闘攻撃に、ヒルデスが顔を歪める。
「……なんてな」
だが、次の瞬間には、再び余裕の笑みを見せたのだ。
闇の魔法使いが見せた余裕……。
その理由は、横合いの茂みから放たれた漆黒の稲妻であった。
「――なっ!?
ぐうあっ!?」
反射的に飛びのけたのは、さすがイルという他にない。
だが、稲妻を完全に回避できたかといえば、そうではなく……。
「くっ……ううっ……」
右足のすねには、大きな火傷を負ってしまっていた。
「おいおい、随分と苦戦してるじゃねえか。ヒルデス」
そう言いながら、茂みから一人の男が姿を現す。
やはり、黒く染め上げた皮装具に身を包んでおり……。
剃り上げているのか、頭髪は一本たりとも見当たらない。
手にした杖は、二十三センチほどの長さであり、柄の部分にドクロの装飾が施されている。
また、もう片方の手には箒を握り締めていた。
「そう言うなよ、ゲルマン。
こいつは、作戦ってやつだぜ。
お前が近くにいるって分かってたから、わざわざ引き寄せてたんだ。
狙いがつけやすくって、ありがたかっただろ?」
「まあ、そういうことにしといてやるよ」
ゲルマンと呼ばれた闇の魔法使いが、箒を捨てながらヒルデスの隣に並び立つ。
――二人。
闇の魔法使いは、二人いたのだ。
「くっ……」
足を負傷したイルが、膝立ちの姿勢で二人を睨み付ける。
負傷に加え、二対一では勝敗など明らかだ。
「――イル!」
「――大丈夫ですか!?」
ゆえに、彼を庇うようにして、ミヤとピエールも前に出た。
「はっ! 健気だねえ!」
光の刃を携えたヒルデスが、余裕の表情でこちらを見やる。
「気をつけろよ。
とこやみの杖は、聞いてたよりヤバイ代物だ。
魔術の撃ち合いじゃなく、こっちで確実に仕留めようぜ」
「おう。
……キレーア」
ゲルマンなる魔法使いも、自身の杖を光の剣へと変化させた。
「ミヤ、逃げろ。
お前じゃ、勝てる相手じゃねえ……!」
背後から、仮面の少年がそう告げる。
だが、逃げるわけにはいかなかった。
彼ら闇の魔法使いを倒すためにこそ、自分はあの部屋で学んだわけであり……。
何より、逃げればイルが殺されるのだ。
「大丈夫。
――勝つ」
だから、自分を奮い立たせるようにしてそうつぶやく。
闇の魔法使いたちは、接近戦で自分たちを切り刻むつもりだ。
ならば、それに対処するには……。
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