新術

 ――あの術は使えない。


 ――少なくとも、この局面では。


 この半年間、闇の攻撃魔術への対抗策として、密かに用意していた術……。

 ミヤは、その使用を即座に断念した。


 ――あれは、あくまでも魔術戦を想定した術。


 ――接近戦では、効果を発揮しない。


 正直に言うならば、キレーアという術の有用性を見くびっていたという他にないだろう。

 圧倒的な破壊力を持つことに加え、光の防衛魔術に対する一方的な優位性を誇る他の術に比べると、このキレーアという闇魔法はどうにも地味なものとして感じられた。

 それゆえ、何らかの補助的な使い方をする術であろうと、タカをくくってしまったのである。


 だが、実際は違った。

 優れた戦闘技術を持つ者がこの術を行使すれば、通常の魔法使いには抵抗するすべがなくなるのだ。

 そう、例えば――ミヤのような魔法使いは。


 ――スパイウェを始めとする遠隔魔術も、避けられる。


 実際、初撃として放った空圧の拳は、難なく見切られ、かわされてしまっている。

 例え、スパイウェを連打するなどして手数を増やそうとも、大同小異の結果となることだろう。


 ――なら。


 用意しておいた術は使えず、手持ちの術を使おうとも回避される。

 その事実を踏まえ、ミヤが導き出したのは第三の……そして、あまりに大胆な発想であった。


 ――今、この場で新しい魔術を編み出す。


 ――こいつらを、倒すための術を。


 魔術というものは、ただ杖を振るい、呪文を唱えれば発動するというわけではない。

 重要なのは、魔力の配分であった。

 一口に魔力と呼ばれることも多いが、この力は、単一の性質しか持たぬわけではない。

 学説によって、四大元素の名が与えられていたり、また別の名が与えられたりしているが、ともかく、魔法使いの内側には性質の異なる魔力が複数秘められており……。

 それらを適切な配分で練り上げることこそが、魔術の発動において重要であり、高度な術になればなるほど、複雑な配分が必要となるのだ。


「おいおい、このお嬢ちゃん。何もできねえでいるぜ?」


「無理もねえな。今から死ぬとなったら、誰だってそうなる。

 なあおい? 相手がおれらだったのは幸運だぜ?

 おれもヒルデスも、別に相手をいたぶる趣味はねえからな」


 ヒルデスとゲルマンが、そう言いながら余裕たっぷりにこちらを見据える。

 彼らの油断は、こちらの好機だった。

 このわずかな隙をもって、最適な魔術を構築しなければならない。


「ミヤ様」


「お前は下がっていて。殺されるだけ」


「なら、お前も逃げるんだ」


「ケガ人は黙ってて」


 ピエールとイルに短く答えながら、必要な魔力配分を割り出す。

 土台とするのは、精神体を生み出す魔術――ユハンモだ。

 ただし、あの魔術で生み出すような巨大で鈍重な精神体は必要ない。

 もっと小型で、小回りが利き、目前にいる二人の魔法使いと渡り合えるような、攻撃的な精神体が必要だった。


 光の防衛魔術を行使するのに必要な魔力配分から、不要な物を取り除く。

 代わりに、闇の攻撃魔術で使われる魔力配分を加える。

 通常ならば、これで魔術が発動するはずなどない、あまりに乱雑な魔力配分……。

 それを補助したのが、とこやみの杖だ。


 ――イイイイイイイイイイン!


 杖が、ミヤにしか伝わらぬ鳴動を発した。

 ただ術の威力を増幅するのみが、この杖に秘められし力なのではない。

 術者の魔力配分を修正し、補助する力と知恵すらも備わっていたのである。


 ――いける!


 確信と共に、杖を振るう。

 舞踏会のステップにも似た動作は、杖が導くままに取った動きであり……。

 口をついて出た呪文は、心に浮かんだ言葉をそのまま発したものであった。


「――ユカンナ」


 果たして、急造の術は――発動に成功する。

 術者であるミヤの両隣に、一体ずつ精神体を生み出したのだ。

 精神体の背丈は、成人男性ほどであり……。

 術の完成度が低いからか、姿はどこまでもおぼろげで、今にも霧散して消え果てそうであった。

 ただ、それぞれが手にした光剣の輝きは――揺らめかない。

 キレーアと同等の威力を秘めたそれが、おごそかな動きで闇の魔法使いたちに向けられた。


「何だ……?

 こんな術、光にも闇にもねえぞ」


「はっ!

 どうせこけおどしだろうよ」


 いつでも反応できるよう、油断なく身構えていたヒルデスたちが、不敵な笑みを浮かべる。

 ミヤにはそれが、三重に重なって聞こえた。

 いや、音ばかりではない。

 視界も……。

 この意識すらも……。

 三つに分断され、一つの脳で処理されているのである。

 尋常な生物ではあり得ない感覚に、脳が焼き切れてしまいそうだ。


 だが、ここで倒れるわけにはいかない。

 ミヤは……。

 本体を除くミヤたちは、闇の魔法使いに向け、果敢に光剣を構えた。


「ヒャアッ!

 やる気か!?」


「相手になってやるぜ!」


 同じく光剣を手にしたヒルデスたちが、それを振り上げながら一気に精神体たちへ迫る。

 しかし、それが精神体を切り裂くことはなかった。

 ばかりか、何もない虚空をむなしく空振りしたのである。


「――なっ!?」


「――にっ!?」


 驚く闇の魔法使いたちを、二体の精神体は背後から見ていた。

 ミヤ自身、驚くほどの俊敏さである。

 急造の魔術によって生まれた精神体は、剣が振り下ろされる一瞬の間に敵の背後へと回り込んだのだ。

 そして、隙だらけの背中を見せられ、黙っている必要はない。

 精神体たちは、やはり素晴らしい速さで手にした光剣を打ち込んだ。


 ――ジジイッ!


 これを受け止めたのは、敵ながらさる者であった。


「ちいっ!」


「何だこいつら!?

 は、はええ!」


 鍔迫り合いとなった闇の魔法使いたちが、初めて心底から焦る。

 もし、ミヤに剣術の心得があれば、ここからさらに攻め込むこともできたかもしれない。

 あるいは、術の完成度がもう少し高ければ、か……。

 ともかく、三つの感覚を強制的に同時処理させられているミヤの脳では、単純に押し込む動作をするのが精一杯であった。


 だが、それで十分……。

 こちらもまた、一人ではないのだから。


「ミヤ様!」


 ピエールが、ゲルマンに向かっていつの間にか拾っていた石を投げる。


「ルガーロ!」


 同時に、キレーアの術を解いたイルが、ヒルデスに向け空圧の拳を放った。


「げっ!?」


 見た目は少女のピエールであるが、その実は液体生物であり、筋肉量の配分なども自在である。

 脇腹に投石を受けたゲルマンは、苦しそうに呼吸を荒らげていた。


「ぎえっ!?」


 より深刻なのがヒルデスであり、無防備な背中へ闇の攻撃魔術を受けた彼は、そのまま吹き飛ばされて昏倒する。


「ぐっ……!?

 やってられるか!」


 相棒が倒され、もはや敗色は濃厚。

 ゲルマンが選んだのは、逃走であった。


「おおら!」


 最後の力を振り絞って鍔迫り合いしていた精神体を押しのけると、そのまま、先ほど捨て去った箒へ飛びついたのである。

 飛びつき、そのまま飛翔してしまう。

 それを追う余力は、ミヤに残されていなかった。


「あうっ……」


 魔力以上に重要な何かを消耗し尽くし、精神体を消し去る。


「ルガーロ!」


 一方、イルは上空へ飛び立ったゲルマンへ空圧の拳を放ったが、これはかわされた。

 上空へ消えていく闇の魔法使い……。

 これを見逃す手は、ない。


「ピエール、追って。

 ……ばれないように」


「はい!」


 返事と同時に、彼女の体が大型の鳥へと姿を変える。

 そして、ゲルマンを追って上空に飛び立った。

 途中で姿がかき消えたのは、体を透過させたからに違いない。


「一人で行かせて大丈夫なのか……?」


「大丈夫。

 ピエールなら、やれる」


 イルの言葉に、自信をもってうなずく。

 ともかく、戦いはこれで終わったのだった。

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